吸血姫の黙考
紅魔館の一室でレミリアは紅茶を片手にため息を吐いていた。
机を挟んだ目の前には完全で瀟洒な従者が立っている。
「…紫の使い、竜人ユイがこちらに向かってきています。美鈴もいますがそう長くは持たないでしょう。」
「まったく、あの隙間妖怪の嗅覚は犬をも凌ぎそうじゃないの。」
「どうやら疑われているようですが如何なさいますか?」
「まぁいいわ。こちらも隠す気は元よりなかったもの。とりあえず、パチェとフランにだけは合わせない様にしなさい。
もし…あなたがやられたのなら私が直々に相手をするわ。」
「かしこまりました。」
咲夜は静かに頭を下げると部屋を出て行った。
…
………
……………
何があってもフランだけは守らなくては…
そうしないと私の目標が完遂することは永遠になくなってしまうから。
ぬるくなってしまった紅茶を啜ってまたため息を吐く。
どうも最近はため息が多いわね。
咲夜に新しく紅茶を入れてもらえばよかったわ。
…思考回路も落ち着かないなんて吸血鬼にしてはまだまだ若いけどもうボケてきたのかしらね。
でも、私は諦めない。
まだあの子への償いが出来ていないから。
ぴしゃりと両頬を叩いて目を覚まさせる。
とりあえず考えなさい。
あの忌々しい隙間妖怪をも倒して私は幻想郷の支配者になるのよ。
そのために彼はなんとしても倒さなくてはならない障害。
絶対に、確実に、血の一滴に至るまで殺しつくさなくては。
彼の実力は『竜人戦争』で嫌という程実感した。
あの龍の姿は時折悪夢として出てくるくらいだ。
あれが彼の本気。
あの力がこちらに向かってきた場合、消されるのは目に見えている。
でも、相当の本気で挑まない限りあの姿は出ないはずだ。
つまり、本気で挑む間もなく彼を始末できればベスト。
そういう意味ではうちにはとっておきの奴がいる。
せめて殺されないことを願うのみだ。
「紅茶が欲しいわね。」
「おかわりをご所望ですか?」
「えぇ、お願い。」
「かしこまりました。」
ふと現れる彼女にはもはや驚くものでもなくなった。
瀟洒に、そして完璧に私に仕えてくれるメイドだ。
最初のころは運命で見通せても驚いたものだけど長いこと一緒にいればそれは日常の一環になった。
ティーポットから私のカップへ入れられる紅茶は湯気を立てており、一時だけ徒労を忘れることが出来る。
紅茶の香りを楽しむのは至福の時間だ。
「そろそろかしらね。咲夜、彼の相手をしてきなさい。紅茶ぐらいは私でも淹れられるし。」
「しかし…」
「いいのよ。私の身の安全を確保できるなら少しくらい紅茶が不味くても我慢するわ。」
「…かしこまりました。」
咲夜は不安そうな顔をしたまま、私の目の前から消えた。
「…あなたはいつまで私と一緒にいられるのかしらね。できればあまり能力を使ってほしくはないのだけれど…」
空虚な空間に私は声を流し込む。
本当は分かっている。
『運命を操る程度の能力』なんて言っても自分の運命を変えることはできない。
残念ながら私が負けるのはすでに決まったストーリーだ。
それでも、私は諦めることが出来ない。
なぜかって?
それが私の物語であり、運命であるからだ。
「ねぇ、そうでしょ? 私を読んでる誰かさん?」




