竜人の唄
では! 幻想郷の平和を記念して! そしてこれ以上の幻想郷の侵略がないことを祈念して! 乾杯!」
「乾杯!」
ここは博麗神社。
キトラの侵略を食い止め、キトラを地獄へ送ったことを祝って多くの者達が宴会を楽しんでいた。
音頭を取ったのはもちろんユイだ。
各々料理や酒を手に談笑している。
「ねぇ聞いた~? 人里を天邪鬼と守った奴の話~?」
「あのキトラとユイとの戦いは迫力満点でしたね~」
「ちょっとあんたたち! 何いつものように博麗神社を宴会場にしているのよッ!」
「夜なら私の活躍場所もあったのにねぇ、そう思わないかしら、咲夜?」
そんな会話を耳に挟みながらユイは盃を煽る。
もちろん、そばにいるのは勇儀と萃香の2人組だ。
「おら呑め呑め~」
萃香が絶えず瓢箪から酒を注ぎ、勇儀が注がれた盃を渡している。
「ちょっと待てって、酔わないけど早いから!」
鬼2人が回す酒に溺れながらユイは会場を見回す。
(あれが人里を天邪鬼と守ったっていう『元』人間か…)
ユイは異様な空気を持つその人物を目の端に捕らえた。
目を逸らしたいほどの恐怖感を放っているのに不思議と見入ってしまう。
それと同時にユイは懐かしい気持ちを覚えた。
(まさか…ね。)
ユイは鬼たちを何とか説得してその場を離れてもらった。
「随分とモテモテじゃないの。」
隙間から紫が顔を出す。
「あ~…あれは以前俺が鬼どもを呑み潰したからだ。」
「へぇ~?」
「…なんだよ?」
「いえ、あの一部始終を妖夢ちゃんは全部見てたみたいよ?」
紫が目をやるとその視線の先には妖夢がこちらを睨みながら箸を動かしていた。
「…図ったな?」
「まさか~。」
最後にとんでもない爆弾を落として紫は隙間の中へ消えていった。
「…まったくだ。」
「そんなあんたに私はうんざりよ。」
霊夢が腕を組んでユイを見下ろす。
「俺はあの隙間妖怪に招待されただけだぜ?」
「だからこそ余計に質が悪いのよ。結局これだけの宴会を片付けるのは私ひとりなんだから。」
まったく勘弁してほしいわ、とぼやきながら霊夢は鬼たちの方へ向かっていく。
「弟~! よくキトラを倒してくれたなぁ~?」
酒が回って真っ赤なハルヴィアがふらふらとユイに近づく。
「はぁ…なんで落ち着いて飯が食えないのかねぇ?」
ユイは愚痴をこぼしながらハルヴィアの相手を始める。
「いや~、妖夢ちゃんは頑張った! 偉い! 偉いよ~?」
ハルヴィアは妖夢を抱きしめながらほおずりをし、白髪をクシャクシャと撫でる。
「よくあのキトラと対決してくれたね~! 偉い偉い! そんな妖夢ちゃんにはご褒美をあげよう! 大儀であった!」
妖夢の意見など聞く様子もなくハルヴィアは近くにいた妖怪から盃を取り上げると妖夢に呑ませる。
「うむ! いい呑みっぷりだぞ~! はははっ! 踊れ踊れ~」
完全に壊れたハルヴィアの後頭部にユイは手刀を叩き込み黙らせる。
「まったく…ほんと、良くも悪くもハル姐は行き過ぎるからなぁ。」
ユイは刺身を指でつまむと口の中に放り込む。
「えっと…ありがとうございます。」
妖夢がユイの盃に酒を注ぎながら感謝する。
「どういたしまして、これ以上絡まれない様に気を付けろよ?」
「はい。」
そういうと妖夢は博麗神社の台所へと戻っていった。
次にやってきたのはバルトだ。
そばにはにとりも連れている。
「ユイ先輩。」
「おう、バルトか。それに河童のにとりも一緒と来た。もしやお前さん方…?」
ユイが眉を上げると2人は同時に顔を真っ赤にした。
バルトの白髪がより一層赤面を際立てている。
「やっぱりか! おめでとさん! いや~俺と知り合ってから一向に恋人を作らなかったお前がついにか~! めでたいね~!」
「えぇ…まあ…」
バルトは言葉が見つからないようで目を白黒させている。
そんなバルトを見かねてにとりが話し出した。
「これから私とバルトで色んなものを発明しようと思っているんだ。良かったら買ってくれよ、盟友?」
「あぁ、気に入ったものがあったら買うとするよ。だから俺が気にいる様なもんを作ってくれよ?」
「これは一本取られたな。頑張るよ、そうだろうバルト?」
「えっ? えぇ、もちろんですよ。」
バルトは急に話を振られて驚いたように目を見開いた後慌てて同調する。
「バルト、お前今別のことを考えていただろ?」
「…はい。」
「まったく、しっかりしてくれよ。」
「すいません。」
ユイはなんとなく2人の力関係を理解した。
「尻に敷かれない様に気を付けろよ?」
一応忠告しておくユイ。
「善処します。」
バルトは顔を顰めながら頷いた。
(こりゃあ厳しそうだ。)
ユイは苦笑しながら盃を煽る。
「では僕たちはこの辺で。」
そういうとバルトは去っていった。
「驚いたな、あのバルトが恋人を持つとは。」
老人がユイのそばに近寄ってくる。
「だよなぁ、俺も内心かなりびっくりしてるんだぜ、師匠?」
「あぁ、その話なんだがな。名前を考えたんだ。」
「名前?」
老人の急な報告にユイは目を丸くする。
「万桜龍だ。」
「万桜龍ねぇ…」
「あぁそうだ。桜の中舞う龍で万桜龍だ。」
そういった万桜龍の姿は青年の姿をしていた。
「その姿は?」
「名前とはその存在を示す呪文だ。改めて己が名乗ることで姿が変化したんだろう。」
「…まぁ、これからよろしく頼むぜ。万桜龍師匠。」
「あぁ。よろしくな、ユイ。」
そういうと、万桜龍は宴会場に戻っていった。
「さて、あの不思議な『元』人間を…ってあれ?」
ユイはあたりを見回すが先ほどまでいた彼の姿が見当たらない。
「帰ったかな?」
そんなことを1人呟いてユイは盃をゆっくりと煽る。
水鏡には残り火のように穏やかに光る赤い目が見返していた。




