面談
師匠が砂時計をひっくり返すのを確認すると俺は檻の中に呼びかけた。
「キトラ。」
「どうした、殺戮の魔天。わざわざ俺の要望を呑むとは俺の無様な姿を笑いに来たか。」
檻の闇の中からキトラが現れる。
その姿は半透明で暗い空気を纏っていた。
空気というか…可視化できる雰囲気、とでもいったところだろうか。
「お前と話をしに来た。それに、いくつか質問もあるからな。」
「そうか。」
それを聞くとキトラはその場に座り込む。
「まず1つ。お前は…どうして幻想郷に?」
「『磔の牢獄』に頭を置いてきたか? お前にも察しはついているだろう。」
「…本当に、ただの支配のために?」
「そうだ。」
「そうか…」
「感傷に浸るような真似はやめろよ、殺戮の魔天。」
「すまん。」
俺は素直に謝る。
「続けろ。時間は限られているんだろう?」
もっとも生きているからその言葉は意味があったんだがな、とキトラは苦笑する。
「2つ目、お前は何か得られたか?」
「もちろんだとも、たとえ罪を犯そうとも私の人生に悔いなぞない。」
キトラは自信満々の表情で言い切った。
「本当に?」
「くどいぞ。私は一時は世界を支配しかけたのだ。第二次世界大戦を見ろ。ムッソリーニもヒトラーもスターリンも私が裏で糸を引いたおかげでユーラシア大陸のほぼ半分を手に入れた。あぁ、お前はまだ『隔離』されていたんだったな、殺戮の魔天。」
こいつ、事あるごとに俺を挑発してくるな。
まぁ、そんな安っぽい挑発に乗るほど俺もガキではないつもりだ。
そもそも人間基準だと生きてるのが不思議なくらいだしな。
「じゃあ3つ目の質問、お前は…今も俺を殺したいとは思っているか?」
キトラは格子越しに俺をにらみつける。
その後、少し考えるそぶりを見せた後にキトラは答えた。
「もちろんだ。だが、少し考えは変わったのかもしれないな。元々…俺はお前を素直に尊敬していた。だが、俺も名誉にかかわったことでお前に嫉妬し始めたのかもしれない。権力を手に入れるためには手段をいとわない事には後悔していないしこれからもしない。お前を殺したいのはそこからだ。最初は師として、次に敵として。」
「そうかい…」
正直キトラがこんな考えを持っているのはかなり意外だった。
なんというか、俺に向けられていたのは集落にいるときでも「磔の牢獄」に入れられている時でも、幻想郷に侵入したときでも殺意だったからだ。
だから、俺自身をただ殺したい程度に思っていたが…こんな考えを持っていたとはな。
生き物らしいといえば生き物らしい。
ふむ…
「キトラ、俺はお前さんにあるものを送りたい。」
そういうと俺は宙に指を走らせる。
「『慾滅懲龍』もし無期懲役じゃなかったらこの名前を名乗るといい。お前の来世は清らか、とまではいかないがあらゆる欲が滅する来世を過ごせるよう祈っているぜ。」
「…勝手なことを。」
そう言ってキトラは笑うと、俺が書き出した名前を格子越しに受け取る。
「なにも命の営みは1度ではない。また会おうじゃないか、ユイ。」
「やっと名前を呼んでくれたな。」
「戦った時も呼んでやったじゃないか。」
「俺は欲張りなんだ。」
「そのようだな。」
そういうとキトラは後ろ向きに歩きながら俺に話しかける。
「去るんだ、ユイ。俺は一級罪魂、本来ならお前と話すこともできない身…魂は流れ続ける。再びあったとき、何度でもお前を殺してやるよ。」
「いつでも来い、キトラ。俺は『鬼龍』、お前なんて話す価値もない程高みにいる身…そこに留まり続ける。再びあったとき、ここにお前を叩き返してやるよ。」
そういうと俺は師匠に合図した。
「いいのか、まだ時間はあるぞ?」
「あぁ。」
俺は牢屋を後にする。
コツコツと俺の靴音が暗闇によく響いていた。




