地獄からの使い
ユイの下に地獄からの使いが来たのはキトラを倒したすぐ後のことだった。
「少し失礼するよ。」
そんな声と共に入ってきたのは冥界の舟渡、小野塚 小町だ。
ユイは魔法の森にある家のハンモックで看病を受けていた。
「地獄の閻魔様がお待ちだ。キトラがお前を証人として召喚したいらしい。」
「俺はあいつに有利なことをいうことは出来ないぞ。」
「それでいいのさ。地獄で嘘は吐けない。」
「それでいいなら。」
「悪いねぇ、そんな怪我で無茶させて。」
「別にいいさ。外傷はもう無いからな。」
そう言ってユイはハンモックから起き上がる。
ユイが起き上がると小町は手を差し出した。
「あたいの手をしっかりつないでいてくれよ。そうしないと三途の彼岸から戻ってこれなくなるからね。船の乗るまではこのままだ。」
ユイは黙って小町の手を取る。
次の瞬間、ユイの目の前に広がっていたのは赤い水の流れる川だった。
「これはッ!?」
「三途の川さ。ほれ、あの船に乗るんだ。あの船なら肉体をつなぎとめる力があるから、そこまでは頑張ってくれ。」
そういうと小町は歩き出す。
「やれやれ。本当は私の仕事じゃないんだがなぁ…」
小町は道すがらに愚痴をこぼす。
「というと?」
ユイは空気を読んで小町にしゃべらせる。
「本当はキトラは別の十王閻魔が担当するはずだったんだ。でもキトラが死んだのは幻想郷だったもんで楽園の担当者である四季様が代わりに裁判を担当するようになっちまってさ。全く四季様の働きすぎにも困ったもんだ。」
「ははは…」
ユイは苦笑しながら大人しく小町に手を引っ張られていた。
「さぁ着いた。船に乗りな。」
小町はユイをエスコートするように先に船に乗り込むとそのままユイを引っ張り上げる。
船に乗った時点で小町は手を放した。
「これで良し、冥界よりも恐ろしいところに行く覚悟は出来たかい?」
「今は地獄よりも現世の方が恐ろしいんじゃないか?」
小町の質問にユイは質問で返す。
「ははは、言えてるねぇ。でも質問を質問で返すのはあまり頂けないな。」
小町は持っていた鎌を無造作に船に置くと船尾に立ち、櫂を手に取った。
「そこに座って地獄に着くのを待っていてくれ。なあに、すぐに着くさ。あたいの能力でね。」
そういうと小町は慣れた調子で船をこぎ出す。
三途の川は思ったよりも流れが速く、ユイは胃液が逆流してくるのを感じた。
「少し気持ち悪いんだが…」
「そういう時はなるべく遠くを見るんだ。」
ユイは吐き気と戦いながら目線をひたすら遠くに向けた。
「さて、そろそろ地獄だ。十王裁判はようやく始まる。」
小町の言う通り、対岸が見えてきた。
しかし、それを見た途端にユイは船から身を乗り出した。
込み上げてきた内容物を三途の川へと捨てる。
「おや、耐え切れなかったかい? まぁ、普通はそれが当たり前の反応なんだろうねぇ。」
対岸の地獄はまさに地獄としか表現のしようがない場所だった。
多くの魂が彼岸を彷徨い、その奥では絶えず悲鳴が鳴り響き、肉の焼ける匂いが漂い、赤い液体が川となり地面を流れていた。
「どうしても耐えられないようならあたいの鎌を握っていな。少しはすがるものがあった方があんたにとってもいいだろう?」
「なるほど、俺は…死んだらあそこに行くのか…」
ユイは顔を真っ青にしながらつぶやく。
「まぁそうなるだろうね。あんたは天国に行くには穢れ過ぎた。せいぜい、くたばらない様に頑張るんだね。」
アドバイスに従い、ユイはおとなしく小町の鎌を握ることにした。
「さぁ着いた。船からは1人で降りられるよ。最も、怖いようならあたいが手を貸してもいいんだぞ?」
小町は意地の悪い笑みを浮かべながら船をつなぐ。
ユイは文字を書いて杖を作り出すとそれに縋り付いて地獄へと降り立った。
「ま、地獄がどういうところか分かったところで裁判所に行こうか。」
小町は散歩にでも出かける様な足取りで腕を頭の後ろに組んで歩き始める。
「俺が体験してきた戦場でもさすがにここまでえぐいものは無かったな…」
「当たり前だよ。地獄を舐めてもらっちゃ困る。所詮、『地獄絵図』なんて言葉はただの猿真似さ。」
そこから1.2分歩いたところで2人は裁判所にたどり着いた。
「ここが裁判所だ。ここでキトラの魂は裁かれる。もちろん無罪なんてことはない。極楽なんて雲の更に上だろうね。」
「なぁ、お前さん。感謝するぜ。裁判所への道も『短く』してくれたんだろう?」
小町はまじまじとユイの顔を見る。
「あんた、よく分かったねぇ。ふつうは船酔いと地獄の様子を見れば自分の保身ばかりを考えてあたいが距離を弄ったことなんて分からないだろうに。」
「これも経験の賜物って奴かな?」
そういうとユイは裁判所から出てくる人物を見つめた。
「師匠!?」
老人はユイの目の前までくるとユイをはたく。
「痛ッ!」
「確かに儂はお前さんの師匠かもしれんが、今は地獄の役人だ。知り合いでは済まないからな。」
「…分かったよ。」
老人は軽く頭を下げるとマニュアルのように話し始める。
「よくぞ地獄の裁判所にお越しくださった。今回は罪魂の証言ということで貴殿は召喚された。この裁判所を案内しよう。」
そういうと老人は裁判所に入っていった。
隣にいた小町はもういない。
ユイは仕方なく老人に続いていった。
「今回、貴殿には罪魂との面談を5分のみ許されている。そこで格子越しではあるがそこで話すと良いだろう。」
そういうと老人は階段を下っていく。
下の階に着くと更にいくつかの角を曲がり、頑丈な扉のあるところまで案内された。
老人は腰にさげた鍵束を取り出すとその1つを鍵穴に差し込む。
解錠された扉の向こうには牢屋があった。
その1つへ、老人は案内する。
「ここが罪魂キトラの魂がある檻だ。これより面会を開始する。」
老人はそういうと持っていた砂時計をひっくり返した。




