龍人空舞
昔々、あるところにそれはたいそう美しいお姫様がいたんだとさ。
そのお姫様は魔法の鏡を持っていてそれをあらゆる叡智を持っていたんだと。
ある時そのお姫様の下に1人の旅人が謁見したのさ。
そしてその旅人はお姫様の鏡を見せてもらったんだとさ。
そして、旅人は3つの質問をした。
「鏡よ鏡、この世で1番美しい娘は誰?」
「この世で1番美しいのは白玉楼の庭師です。」
「鏡よ鏡、この世で1番醜い野郎は誰だい?」
「この世で1番醜い野郎は5番目の車輪です。」
「鏡よ鏡、今俺がすべきことはなんだい?」
--------------------
「そしたら鏡はこう答えたんだとよ。『それはこの世で1番醜い輩を殺すことです。』ってなぁ!」
そういうとユイは竜の手でキトラを力任せに殴る。
「ぐぉ!?」
隙間から飛び出してきたユイにキトラは為す術の無く吹っ飛ばされた。
「ただいま幻想郷。そして…」
ユイは妖夢を抱き起すと手首をナイフで切り、その血を妖夢に飲ませた。
それを飲んだ妖夢は安心したようにため息を吐くとうつろだった目をゆっくりと閉じた。
「ただいま、白玉楼の庭師さん。」
「…おかえりなさい…ユイさん。」
妖夢は寝言のようにユイに答える。
「そのまま寝てな。竜人の血は癒す効果がある。」
妖夢をそっと地面に横たえるとユイはキトラが吹っ飛ばされた方向へ向かった。
「…どうやってあそこから抜け出した、『殺戮の魔天』!?」
「別にどうだっていいだろ。お前にとって大事なのは『結果』であり『過程』は問題じゃない。そしてお前は、『俺に殺される』という『結果』を得ることとなる。」
次の瞬間、キトラはユイからとんでもない気配を感じた。
「その気配は…!?」
「あぁ、紹介するよ。『カーリー』、殺戮の女神だ。」
驚愕するキトラにユイはにやりと笑うと背中に差した剣を引き抜く。
「さて、初仕事だぞ。『黄金』、『白銀』。」
「かしこまりました。」
「私らの鋭さを見せてやりますよ。」
黄金と白銀は己の刀身を太陽で輝かせながら言う。
「くっ!」
我に返ったキトラはユイから距離を取り、両手を広げる。
「さて、お勉強を始めようか、キトラ。」
ユイは飛んでくる何かを避けながらキトラに語り掛ける。
「まずお前さんの弱点から話し始めるとしよう。お前さんの戦闘方法は相手から距離を置き、元素を固めて攻撃するというものだが…」
ユイは一息にキトラの目の前まで迫ると黄金を振り下ろす。
「これは相手が接近してきた際に不利な戦闘方法だ。接近戦特化の相棒を付けることをお勧めするぜ。」
「グハッ!」
キトラが口から血を流して更にユイから距離を取る。
「ひゅう、こいつ。中々エグい血が流れてますよ!」
「こら黄金。余計なことをしゃべるな。ユイ様に叱られるぞ。」
キトラの斬触を黄金が報告する。
「いや、気にするな。」
ユイはそういうと魔法陣から陰と陽も取り出す。
「そしてもう1つお前に伝授しよう、キトラ。非常に根本的なところだ。『この世には2種類の戦闘者がいる』。1つは俺のように戦場で暴れることを得意とする戦闘者。そしてもう1つは!」
ユイはキトラに斬りかかる。
キトラはそれをすれすれで左に躱した。
「頭を使って動かすことを得意とする戦闘者だ!」
後ろに現れた陽がキトラの背中に斬りかかる。
「クッ!?」
キトラは結界を展開して陽の斬撃を防ぐ。
しかしそれは囮だった。
キトラの懐に潜り込んだ陰が腹に向かって鋭い一撃を放つ。
キトラの腹からは鮮血が噴き出した。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
「ちなみにここから先の斬撃はただの私怨だ。まずは俺の分。」
ユイは手に持った白銀でキトラの腕に添って斬りつける。
「貴様ッ!」
「激昂する暇があるなら少しは抵抗してみたらどうだ? 次にハル姐の分だ。」
今度は反対の腕を斬りつける。
「お前が迷惑をかけた紫さんの分。」
キトラの腹にまた新しい傷が生まれる。
「そして最後に妖夢の分。」
ユイは淡々とキトラを斬っていった。
キトラをはるかに上回る斬撃の速さに為す術もなくキトラはその4撃を喰らう。
「ぐぅ!」
流れる様な攻撃とは裏腹にすさまじい衝撃を受けたキトラは後ろに吹っ飛ばされた。
空中で体勢を立て直したキトラは原子を操り結界を生み出す。
「この野郎!」
キトラは眼を見開きながら開いた両手をユイに向ける。
「おぉ怖い怖い。だが…甘いな。」
ユイは文字を出現させるとそれを足場にキトラの目に見えない攻撃を避け始める。
「なるほどな。お前さんの攻撃の絡繰りがなんとなく分かってきたぞ。要はそこに真空状態を作り出して攻撃をしているのか。」
ユイはキトラとの距離を確実に詰めてくる。
「おぉぉぉぉぉ!ユイィィィィィ!!!」
「キトラァァァ!」
キトラの叫びにユイも返す。
『あの世で罰を受けやがれぇぇぇ!!』
同じことを叫んだ2人は拳を突き合わせる。
そのまま2人は肉弾戦に移行した。
キトラが蹴りを放てばユイはその足に拳を叩き込む。
ユイが拳を放てばキトラはその腕を蹴り上げる。
2人は無言で攻撃を仕掛け続けた。
その目はただお互いを殺気立てて睨みつけている。
能力も使った戦闘で戦場が焼け野原へと変貌する。
「滅ッ!」
「塵になれぇ!」
『くたばりやがれぇ! このくそったれがぁ!』
2人はお互いの憤怒と共に怒涛の言葉を紡ぎ始める。
「いつだってそうだ、殺戮の魔天! お前は俺にはないものをすべてッ! そう、すべてだ! 全てを持っていた! そしてそのすべてを使って俺の努力を破壊する!」
「よく言うぜ、五番目の車輪! お前だってそうだ! いつもッ! お前は俺を表舞台に引っ張り出そうとこそこそ裏で画策して、俺を踏み台にしようとしてくる!」
2人は持てる力をすべて使って戦い続けた。
ユイは能力、降神術、カーリーの力で。
キトラは能力、キトラの竜の力で。
『あぁぁぁぁぁ!!』
もはや2人の口から発されるものは意味をなさず、ただ感情のままにお互いの破壊し続けた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
その龍の声の意味を聞いたものはいない。
次の瞬間、青い空に大きな影が落とされた。
空に舞うのは紅の龍と闇の龍。
2頭はお互いを喰らいあい、傷つけあい、血を流しあっていた。
「きれい…」
地上で2人の戦闘を見ていた妖夢は思わずつぶやく。
「きれいだろうね。元々の竜がきれいな見た目をしているんだ。」
寄ってきたハルヴィアが妖夢の体を抱え起こしながら言う。
その体はキトラとの対戦時より赤く染まり、かなりの激闘を繰り広げたことがうかがえる。
「でもあいつは7割の力で戦っているけどまだ全力を出していない。あいつは『龍の子』なんだから。」
「『龍の子』?」
「龍の下に直接生まれた子さ。竜人の間、ではなく龍単体の下に生まれた子らしい。アイツを育てた親はあくまでも他人さ。」
それだけを答えるとハルヴィアは再び龍たちの戦闘を眺め始めた。
紅の龍が尾を振ると血飛沫と共に闇の龍に赤い筋が入る。
闇の龍が前足を振るうと紅の龍の腹に黒い筋が走る。
2頭が吠える。
その振動は衝撃となって空を砕いた。
ヒビの入った空からは星の光がまぶしく幻想郷に入り込む。
「幻想郷に…天が入ってきた。」
守矢神社の本殿まで撤退していた紫は天を見て呟く。
斜め後ろで見ていた藍もまた宙を見上げて絶句していた。
「これは…」
それ以上に言葉が見つからない様だ。
「ふむ、いうなれば『龍人空舞』といったところかな?」
いつの間にか紫のそばに現れたユイの師範が言う。
「師匠、あなた本当に全力で戦ってたんですか?」
軽く足を引きずっている創筆が老人の後を追う。
「何を言う。もちろん本気だったとも。あいつらが規格外すぎるだけじゃ。」
老人は眼を細めて龍人空舞を見る。
「…全くだ。」
ただそれだけを告げると老人は去っていった。
龍たちはもうどちらが赤く、どちらが黒いのか分からないほどに汚れていた。
それでも吠えて威嚇し、お互いの体に喰らい付き、爪を突き立ててお互いを殺さんと必死になっている。
その暴れぶりは身を一捻りしただけで天狗が操れないほどの風を拭き起こし、尾を一振りしただけで山を崩さんばかりの衝撃をもたらした。
体全てを使って相手を殺そうと飛び回り、幻想郷全てが見られそうな程高く登って稲妻を落とす姿はまさに「龍神」と呼ぶにふさわしいものだった。
そんな迫力のある戦闘だが、1頭の方に限界が近づいてきたようだ。
ほんの少しだが、もう1頭の龍に押し込まれつつある。
「ゴォォォォォォォォォ!!」
次の瞬間、感覚という感覚が麻痺しそうなほどの衝撃波と伴いながら優位を取っていた龍が体当たりをかます。
体当たりを喰らった龍は力なく魔法の森に向かって落ちていく。
「どっちなの!?」
ハルヴィア、妖夢、紫が魔法の森に向かって飛び出す。
森は酷い有様になっていた。
人の姿に戻ったのか龍の横たわっていた場所だけ広場が出来ており、その煙はいまだに視界を封じ続けていた。
3人は警戒をしながら魔法の森の中心部に向かう。
その時、煙の奥に人の形をした影が現れた。
「そこにいるのは誰なの!?」
紫が叫ぶ。
人影はその質問には答えず静かに3人に向かってくる。
「これはまさか…」
3人は臨戦態勢をとった。
「そこで止まりな! それ以上は近づくな!」
ハルヴィアが鋭い声を発するが人影はそれも聞こえないかの様にゆっくりと歩き続ける。
「あ…」
妖夢が刀を落とし、影に向かって走り出す。
「妖夢!」
「妖夢ちゃん!?」
2人は驚いたような声を出すが妖夢は影に飛び込む。
「…おかえり…なさい…! ユイさん!…おかえりなさい!」
妖夢は涙を流しながらユイを抱擁する。
人影はぎこちない動作で妖夢の白髪を撫でる。
その姿はボロボロになっていたが確かに「鬼龍」が妖夢に抱き着かれていた。
「あぁ…ただいま…妖夢…」
ユイは力なく答える。
「あなた…本当にユイなの?」
紫は信じられないとばかりに訊く。
「なんども言わせないでくれ…俺が新しい能力が開化する前は《隙間「夢幻幻想郷」》にはよく世話になったじゃないか…」
ユイは力なく笑いかける。
「…本物だ…ユイが…勝った…!」
ハルヴィアが泣きながら笑う。
「やったぞー!!ユイがッ! 勝ったぞー!!」
拳を空へ突き上げて叫ぶ。
その声がどこまでも響き渡っていった。
「本当に…勝ったのね…ユイは…あなたは…あのキトラに勝ったのね…」
紫も涙を流しながら笑顔を見せる。
「…幻想郷に…平和が…戻ってきてくれたのね…」
キトラとの「竜人戦争」が終わりました。
長い間ありがとうございました!
ほかに言いたいことは割烹で言うのでそちらをご覧ください。
十中八九自分の感想ですけどね(笑)




