宴会の鬼退治
意外と鬼の皆様が好きかもしれない。
ユイは騒ぎ声を頼りに宴会場を探していた。
やがて宴会場の付近に来たのだろう。
辺りに従業員は一人もいなくなってしまった。
宴会場は別館になっていた。
「随分と警戒しているんだな。」
「万が一、『彼女ら』が本館で暴れ出したら困るからな。」
いつのまにかお燐が後ろに立っていた。
「どうかしたか?仕返しにきたとか八つ当たりに来たのなら相手してもいいんだが。」
「そうしたいのは山々だがさとり様から様子を見るよう言われたのさ。」
ユイはお燐に向き合うと首を傾げた。
「宴会場に俺を近づけないように?」
「それもあるが、宴会場から『彼女ら』が出てこないように。」
「『彼女ら』はいったい何者なんだ?」
「鬼。それもかなり強力な。」
「なるほど。それは警戒する訳だ。だったらなんで受け入れた?」
「それはさとり様の考えだ。あたいの知ったこっちゃない。」
「お前さんが理解できないだけじゃなく?」
お燐はイライラしたのか髪の毛を逆立てる。
三つ編みのツインテールがなかったら感電したかのように見えたかも知れない。
「なんでさとり様はこんな奴のことを受け入れたのかあたいには理解できん。」
そう言うとユイを睨んだ。
しかし、その場に彼の姿はない。
お燐が辺りを見回した時、別館の扉が閉まるのを見た。
その早業にお燐はため息を吐くしかない。
「猫は元々素早い動きができる生き物だけどその猫すら確認できない程の動きをするなんて化け物じゃないか。」
そういうとお燐は猫へと姿を変え、本館へ戻って行った。
一方、別館に入ったユイは別館の大きさに圧倒された。
別館自体が部屋のようになっており、靴を脱ぐ場所以外は全て畳に覆われている。
「コイツはすげぇ。」
そう言うと、まるで自分の家の様にスリッパを脱ぎ宴会場の中に足を踏み入れる。
宴会場はたくさんの妖怪達で賑わっている。
「新入りはしばらく隅の方でちまちま酒でも飲んでるかな。」
ユイは盃と適当な肴、それから一升瓶を抱えて隅へ向かった。
まず酒を盃に注ぎ、ぐいっと飲み干してから肴に手をつける。
そしてまた酒を盃に注ぎ、一気に飲み干す。
その時奥の方から声が聞こえた。
「おいそこの!見ねえ顔だな!新入りか!?いい飲みっぷりだな!こっちに来て飲めや!私の盃が飲めないなんで言わせないぞ!」
酒が回っているのか彼女の声はガラガラだ。
しかし、酔っている様子がない。
よほど酒に強いのだろう。
「お目が高い。」
そんな事を呟くとユイは立ち上がり盃と肴を持った。
「お前さん、俺が歩いてくるときに幻覚が見えたらそれ以上飲むのはやめときな。」
そう言うとユイは彼女に向かって歩き出した。
歩きながら、髪と目の色を徐々に変えていく。
彼女の元に着く頃には、白い髪は赤に変わり、金と銀のオッドアイの目は黒になった。
ユイの「文字を操る程度の能力」で髪と目の色を変えたのだ。
「ははは!なるほど随分面白い一発芸だな!」
「気に入った様で何より。」
そう言うとユイは持ってきた盃と魚を下ろした。
そしてそこにどかっと音を立てて座り込むと黄色い星を貼り付け赤い角を生やした彼女に向かって盃を差し出した。
彼女の手足には、鉄の枷がはまっており、乱暴に引き千切られたかのように鎖が尾を引いている。
「ほう?この『星熊 勇儀』にお酌をしてほしいと?」
勇儀、と名乗るその鬼は急に深い声でユイに問うた。
その問いにユイは唇を歪める。
「おい!命知らずな新入りが私に盃を出したぞ!」
勇儀が叫ぶと周りからはどっと笑いが湧いた。
「私に盃を出すと言うことは何か勝負でもするつもりか?」
「ん~、じゃあ飲み比べでもするか?」
「乗った!」
ユイの問いに勇儀は即答すると周りに呼びかける。
「おい!アレを持ってこい!」
「まさか姉貴、奴を潰す気ですか?」
「おうよ!新入りにはここのルールをきちっと守ってもらおうか!」
しばらくして一人が21㎝ほどの巨大な盃を持って来た。
内部には金箔で貼られた北斗七星が輝いている。
「この『星熊盃』は便利ものでな!酒の質をあげる性質を持つ!こうして挨拶も無しに来る輩には実力の差ってものを見せてやらんとな!」
「なるほど、察しはついた。無礼を働いたのは謝る。だがこちらも薄い酒には飽き飽きしていてね。飲み比べは受けてたとうか。」
それを聞くと勇儀はニヤリと笑った。
「潰れたらまた起こしてやるよ!」
そう言うと勇儀は一升瓶を逆さまにして星熊盃に開けるととユイに差し出した。
「飲め!」
「飲め!飲め!飲め!」
勇儀が言うと周りが囃し立てる。
ユイは星熊盃を傾けて酒を口に含んだ。
そのまま顔色一つ変えずに盃を傾ける。
やがてユイは普通の飲み物を飲むように盃を飲み干した。
周りからおぉ、と軽いざわめきが起こる。
「お前さんの番だ。」
そう言うとユイは一升瓶を同じように星熊盃に酒を注ぐ。
遊戯もまた顔色一つ変えずに余裕綽々と言った様子で盃を飲み干した。
そんな勝負が30分も続いた。
「酒だけって言うのも芸がなさすぎじゃねえか?肴が欲しい。」
「ダメだね!そんな風に酒の風味を薄めて何が楽しい!?」
「じゃあ一つ言わせていただこう。」
「なんだ!」
「薄い。そいつは酒を水に変える能力でも持っているのか?」
「強がるなって!」
「事実薄いんだからしょうがない。」
「そうか!なら大量に飲んで酔い潰すだけだ!」
「いつまでかかることやら。」
そんなことをぼやきながらユイはため息を酒と共に飲み込んだ。
さらに1時間が経過した。
まわりの鬼たちは全て酔いつぶれ、残っているのはユイと勇儀と見知らぬ鬼だ。
茶色いロングヘアーの頭の横には2本の角を生やしており、片方には青いリボンが結び付けられている。
そして勇儀同様手足に枷をつけているがこちらには鎖の先に球体やら三角錐やら立方体などがつけられている。
「お前さん、誰だ?俺は竜人のユイってもんだ。」
「伊吹萃香さ!勇儀とはかつて妖怪の山を納めていた仲でな!こうして宴会に参加しているのさ!」
「なるほど。酒に強いわけだ。」
「しっかしお前さんなかなか潰れないなぁ!宴会場にずかずかと乗り込む訳だ!」
「どうも。」
そう言うと勇儀が盃を傾けるのをじっと見つめていた。
勇儀の方も何もないかのように酒を飲み干す。
また、そんな勝負が小1時間続いた。
流石の勇儀も酔いが回ってきたのかやや顔が赤らんでいる。
「思ったよりも耐えるな。」
「お前に限界なんて無いのか…」
口調も変わり潰れかけていることが伺える。
萃香はというと30分程前に潰れて寝てしまった。
ユイは変わらず星熊盃を涼しい顔で飲み干す。
「だから言ったろ。薄いって。」
そのとき、ユイの向かい側から寝息が聞こえた。
目を向けると胡座をかいたまま勇儀が寝ていた。
「勝負あり、かな?まあいいや。ただこれ勝っても景品ってないんだよなぁ。まあいいや、こいつらの寝顔でも眺めてニヤニヤしてよっと。」
そういうとユイは勝負がまだ続いているかのように一升瓶を星熊盃に空けぐいっと飲み干した。
その後、彼は宴会を片付ける為におもむろに立ち上がった。
しばらく、片付けに行ったり来たりしたが、あらかた片付け終わると今度は鬼達に文字で具現化した毛布をかけていった。
「おし、こんなもんか。」
そういうとユイは勇儀と飲み比べをした場所に座り直し、星熊盃を手に持った。
ユイの宴会が太陽が昇るまで続いたことは他の鬼達は知らない。