まほろばの森
師匠再臨
森の中心には老人がたたずんでいた。
「ふふふ、なるほどねぇ…『牙』と『目』か。」
ユイの師匠は眼を閉じたまま笑う。
千里眼で「キトラの竜」達の様子を見ていたのだ。
「さて、少しばかりちょっかいだしてやるか。」
老人は目を開くと走り出す。
普段の官服は脱ぎ捨てるとその下からは皮の鎧が姿を見せた。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」
真言を唱えて速度を上げる。
ものの数秒で老人は「キトラの竜」達の前にいた。
「元気か?」
「コンタクト!」
老人の挨拶に竜たちは銃で答える。
「遅い遅い。うちの弟子共の方がよっぽど良い動きをするぞ。」
老人は笑いながら鉄の弾幕を躱す。
「オン・ガルダヤ・ソワカ!」
銃弾を躱しながら老人は新たに真言を唱える。
「迦楼羅の炎風、お前さん方は見切ることが出来るかな?」
老人の姿が消える。
「キトラの竜」達は背中を合わせて警戒した。
上、下、右、左…
赤い気配が竜たちを包む。
「グハァ!」
1人が血を散らしながらその場に倒れる。
「まず1人。」
周りから楽しそうな老人の声が聞こえた。
「目」の何人かは追いかけることが出来ているのか時折銃を発砲する。
しかし、それ以上のスピードで老人が動いているので撃っても意味がなかった。
「これで3人目だ。」
その言葉でようやく竜たちは被害を確認した。
倒れた兵士の傷口は火傷の跡のようになっており治療を難しくしていた。
「『血』は来ていないのか? いれば治療できたのにな。」
老人はカラカラと笑う。
「さて、これ以上時間をかけるのも面倒だし、さっさとやるか。」
老人が宣言すると息つく間もなく兵士たちは地面に倒れた。
「甘い甘い。水あめでもこんなに甘くないぞ。」
老人はそういうと死体の1つを漁り始めた。
「ほう…こいつ、能力持ちか。」
老人が目を付けたのは1つの死体だ。
「でもなぁ、儂の能力は封印したし…まあいいか。」
そういうと老人は何処からかナイフを取り出すと兵士の首の肉を切り取る。
「いざとなったら『喰らえ』ばいい。出来ればやりたくはないけどな。」
老人はそんなことを呟きながら戦利品を魔法陣に放り込む。
「さて、ここら辺はこの1部隊だけか。骨がない。」
そういうと老人は地面を蹴った。
大空へと跳躍する。
「なるほど。あっちに3部隊、そっちに2部隊、そこにも5部隊…なんだ、結構いるな。」
老人の言う通り、見渡す限りに「キトラの竜」達は侵攻していた。
(人里も攻めてきたか…おそらく妖怪の山を回って人里に侵入してきたということか。包囲して衰弱させる作戦だろうな。)
それなら兵力を失うことはない。
いわゆる兵糧攻めだ。
「相変わらずやることがえげつない…」
ため息とともに愚痴が滑り出る。
「まずは相手の侵攻拠点、無縁塚をいかにして奪い返すかだな。見たところ戦車もある。大方、外の世界から持ってきたんだろう。または術者の中に空間術を使う奴がいるか…」
(最悪、単身で突っ込んでもいいんだが…)
老人とて易々と得た命を投げ捨てるようなことはしたくない。
「無縁塚をどうやって叩くかがカギだろうな…」
現地にいる分どうやって戦えばいいのかが分かる老人は1人で作戦を呟く。
千里眼を使ってキトラの居場所を探る。
「ほう、さすがは『元』七賢人。無縁塚全体に結界を張って千里眼を阻害するとは…」
千里眼は仙人や神の使う最も基本的な物だ。
単純だがその力は強く多少硬い結界でも簡単に看破できる。
その千里眼を阻害するだけの結界をキトラは張っていた。
「それだけでなく…物理結界か。儂の目はごまかせんぞ。」
老人は結界の中に炭素が漂っているのを見つけた。
しかし、その大きさは到底視認できるものではない。
真近で見ても分からないだろう。
それを老人は見抜いた。
「こりゃ無理だな。物理結界は相手が悪すぎる。あれはキトラだからこそできる技だ。大方キトラの能力の賜物だろう。」
老人はため息を吐くと地面に着地した。
「やれやれ、この老骨を今後どう扱うのかでは儂も対応を考えようかね。」
老人は腰を叩くと森の中へ引き返す。
後には無残な姿を晒す死体だけが残った。




