蒼思奏愛
タイトルは誤字ではありません。
理由は本文で!
「今日、お前さんに渡したいものが届くから午前中は休みだ。」
あくる日の朝、ユイは朝食が終わったとき妖夢にそう言った。
「はぁ…」
妖夢は釈然としない気持ちで、食器を片付ける。
「何が白玉楼に来るんですか?」
「それは来てから自分の目で見てみな。」
ユイはそういうと妖夢に笑いかけた。
午前、2人は何をするという訳でもなく、居間で時間を過ごしていた。
「ほいほい、おまたせ~」
「渾身の出来ですよ、先輩?」
白玉楼に来客があったのは割とすぐのことだった。
ハルヴィアと小柄の男がユイに挨拶をする。
「そうかい。期待してたぜ、バルト。」
バルト、と呼ばれた男は照れたように笑った。
「先輩の頼みとあらばいくらでもお応えしますよ、第二賢人軍軍長。」
「あのくそ野郎にぶっ壊されたけどな。」
「ユイさん、この方は?」
話についていけない妖夢がユイに問う。
「あぁ、言ってなかったな。こいつはバルト。腕利きの職人だ。」
「お初にお目にかかります。バルトと申します。先輩が竜人の集落にいたころからの知り合いでして。」
バルトは、空色の目を細めて妖夢を見た。
銀の髪がキラキラと控えめに輝いている。
「妖怪の山に行ったらこいつがいたもんだからびっくりしたよ。ハル姐も知らなかったみたいだしな。」
「私も初めて見たときは驚いたよ。」
「いろいろありましてね。ところで先輩、ご注文はこの御仁ですか?」
バルトが方に担いだ細長い包みを叩く。
「そうだ、そういやお前さんに紹介してなかったな、この娘っこは魂魄 妖夢。一応俺の彼女だ。」
「魂魄 妖夢です。」
妖夢は頭を下げる。
「ほほう、先輩の彼女さんでしたか。なるほど、どおりで『神髄太刀』を作るわけだ。」
「だよなぁ。本当に、よくやるよ。」
バルトは納得したように頷き、ハルヴィアがユイに笑いかける。
その様子にユイは顔を赤くした。
「ほっとけ。」
ユイはそっけない返事をした。
「『神髄太刀』ってのは結婚前提で送る太刀で自分の愛を証明するための形なんだ。材料は自分の骨髄でな。竜人はそこが一番固いんだ。本当は長い時間をかけて作るものなんだが、こいつは能力に物を言わせて5日で材料を揃えたのさ。」
ハルヴィアが説明する。
「ユイさんが…私のために?」
ハルヴィアの説明で妖夢の顔は真っ赤に染まった。
「では、こいつは先輩が直接渡してください。」
バルトが恭しく、包みをユイに差し出す。
ユイはそれを片手で受け取ると、妖夢に差し出した。
「なんだ…その…ああ! らしくない! 俺のために月まで奔走していってくれてありがとうな。」
ユイは頬を掻きながら言葉を紡ぐ。
妖夢はそれを両手で受け取った。
太刀は思ったよりもずっと軽く、妖夢は危うく落としそうになった。
「竜刀『鈴音絶辰 心流』、そいつの名前だ。」
「竜をも絶つ刀、ですか。」
包みを解いて、刀を見る。
落ち着いた雰囲気をもった刀が包みから現れた。
鞘は竜の肌のように鱗で覆われた彫刻がしてある。
抜刀しようとすると妖夢をユイは慌てて止めた。
「庭で試しな。」
「そうでしたね。」
「もう抜刀するんですか。」
「どうなるかね。」
全員でぞろぞろと中庭移動する。
庭に来ると妖夢は静かに鞘から刀を引き抜いた。
シャラン、と鈴が鳴るような音とともに深蒼の刀身が姿を見せる。
その刃は恐ろしく鋭く、少し振っただけでその場の空を切り裂きそうな様を醸し出していた。
「なるほど、これが『鈴音』の由来ですか。」
「ご名答。」
刀を振って戻ってきた妖夢が口を開く。
「素晴らしい刀をありがとうございます。」
「礼ならバルトに言いな。俺は材料を用意しただけなんだから。」
ユイが手を振って流す。
「しかし、蒼か…」
ハルヴィアがぼそっと呟く。
「色が蒼いのがどうかしたのですか?」
妖夢が不思議そうに問う。
「蒼い刀身は『相思相愛』ですね。『神髄太刀』っていうのは刀は持ち主と素材の提供者との相性を示すんですよ。『刀言葉』とでもいったところでしょうか。」
バルトが説明する。
「蒼いから相思相愛ですか…」
「そういうことだ。さて、これで渡すものは渡したんだ。修行にするぞ。」
ユイが縁側から立ち上がる。
「はいっ!」
嬉しそうに顔を綻ばせて妖夢も後に続く。
「いやぁ、幸せそうですね。」
バルトがつぶやく。
「そうさね。でも、あれがあんたの望んだことだろう? 『ありとあらゆるものを作る程度の能力』であらゆる物を幸せにするっていうね。」
「えぇ。でも、僕の仕事は物を作るだけで、幸せとかを作るのはその方たち次第ですからね。気づいてもらい築いてもらう。それが僕の生きがいです。」
「よく言うよ。あんたは物ばっかり作ってるから幸せを作れないんじゃないかい?」
遠慮のないハルヴィアの言葉にバルトは苦笑する。
「集落にいたころは矛盾していましたからね。集落のみの幸せの為に武器を作る。そんな時代より今の方がずっといいです。自分の幸せが作れなくても周りの幸せのきっかけとなる。それが幸せですよ。」
「それがいつまでも続くことを願うよ。」
2人は庭で修行にいそしむユイと妖夢に目をやる。
妖夢の手には新しい太刀が握られていた。
「もう少し膝を柔軟に、腰に力を入れずに。」
「はい!」
妖夢の声がよく晴れた空に響き渡っていった。




