創刀
お久しぶりです。
ユイは妖怪の山に来ていた。
「この辺に腕利きの河童がいるって聞いたんだがなぁ…」
その時、川辺から弾幕が放たれた。
ユイは安定して弾幕を躱す。
「ここは妖怪の山。部外者は立ち入り禁止だ。」
突如現れた白狼天狗がユイに告げる。
「いやいや、山の麓で関所は通ったぞ。」
「大天狗様の許可がなければ通ることは許されない。即刻下山せよ。」
ユイはその白狼天狗をじっと見つめた。
「お前さんのその盾、もうすぐ寿命だぞ。直すなり新調するなりした方がいいぜ。」
「聞こえなかったのか? 下山せよ。」
「腕利きの河童を探しているんだ。よければ案内してくれないか? そこで危害を加えない様に見張っていればいいじゃないか。」
ユイが提案する。
「ダメだ。規定違反に値する。」
白狼天狗は刃をユイに向ける。
(ここまで来たらちょいと実力行使かな?)
両者が戦闘態勢に入ったとき、間延びした声が聞こえた。
「あれ~? ユイ先輩じゃないですか? 椛さん、この人は敵じゃないですよ。」
声のする方を見てみると、1人の男がこちらを見ていた。
「バルト殿の客人だったか。失礼した。」
椛、と呼ばれた白狼天狗はおとなしく刃を収めた。
「いえいえ~、刃傷沙汰にならなくてよかったです。ところで椛さんのその盾、そろそろ寿命ですから修理するか新調するかした方がいいですよ。」
ユイから言われた事と全く同じことをバルトは述べた。
「…むう、修理をお願いしてもいいか?」
どことなく拗ねた様子で椛は盾を差し出す。
「お安い御用です。いつぐらいに直せば?」
「…明日に頼めるか?」
椛はやや顔を赤くして、注文する。
「明日でいいんですか? 一応、日が沈む前には直せますが。」
「…頼んでもいいか?」
「もちろん。おふたりともついてきてください。」
そういうとバルトは歩き出した。
「まさか、お前さんも幻想入りしてるとは思わなかったぜ。」
「先輩が幽閉されてからはそれなりに苦労はしましたよ。もっとも、私だけじゃなく『第二軍』はみんな苦労したんじゃないですかね。」
「失礼。バルト殿とユイ殿はどういう関係なのだ?」
椛が問う。
「先輩とはえらく昔の竜人の集落にあった軍の上司です。」
バルトが質問に答えた。
「ユイ先輩は、集落の『七賢人』っていうところで『第二賢人』っていうなかなか偉い地位にいたんですよ。で、私は先輩の下でモノ作りをしてたんです。」
「バルトは本当に何でも作れたんだ。こいつに作れないものなんてほぼほぼないんじゃないかね。」
「いやいや、なんでも作れても発想がなくちゃなにも作れないのと同義ですよ。」
バルトは苦笑交じりに首を振る。
「なんでも作れてもなかなかいい発想が思い浮かばなかったので今はある方と同居してるんですよ。」
その後、しばらく3人で話し合いながら山道を進んでいくと、一軒の家にたどり着いた。
「ここが私の家です。」
そういうと、バルトは腰からカギを取り出すと鍵口に差し込んでひねり扉を開けた。
「ただいま戻りました。」
「おぉ、盟友よ! 遅かったじゃないか!」
奥から青い髪をした少女が出てくる。
「…盟友、随分と人を連れてきたんだな。」
「人じゃないですけどね。椛さんは盾の修理に、先輩は…何のようでしたっけ?」
「入ってから話す。」
「だそうです。」
少女はしばらく考え込んだ後、扉の前から体を退けた。
「ところで盟友、例のものは持ってきたかね?」
少女がバルトに耳打ちするが、残念ながら周りにも聞こえていた。
「持ってきていますよ、はいこれ。」
そういってバルトはキュウリを手渡す。
「分かっているじゃないか! この河城 にとりの扱い方を君も分かってきたみたいだな!」
「ちょっと待った。おたく今、『河城 にとり』って言ったか?」
ユイが口を挟む。
「そうだ。私こそ水平思考のエンジニア、河城 にとりさ!」
にとりは得意げに胸を張る。
「お前さんを探していたんだがこうも簡単に見つかるとは。」
ユイが面白そうに言う。
「で、何か御用か、盟友? いまならお安くしておくぞ?」
「お前さん、刀は作れるか?」
その問いににとりは悔しそうな顔をした。
「普通の鍛冶だったらバルトの方が上手いんじゃないか?」
「えぇ、作れますよ。」
その答えにユイは頷いた。
「バルトの腕は信用してるぜ。」
「よしてください。」
バルトは謙遜する。
「で、どんな刀をご所望ですか?」
謙遜しておきながらもちゃっかりその依頼を受けようとするのはバルトが清濁併せ吞むことが出来る竜人だからだろう。
ユイもそれに気づき、軽く笑いながらも話を進める。
「『神髄太刀』を作る。」
それを聞いた途端、バルトの表情が一変した。
「そうですか…では、こちらで話しましょうか。」
バルトは奥にある自分の部屋へとユイを案内する。
「椛さん、ひょっとしたら盾の修理は時間がかかるかもしれません。にとりさんに依頼されることをお勧めしますよ。」
その言葉を最後にバルトは扉を閉めた。
「どういうことだ…?」
にとりの声がその場に響いて消えた。
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「さて、先輩。どういうことですか?」
扉を閉めたバルトが最初に発した言葉はこれだった。
「そのままの意味で受け取ってもらって結構だが?」
「誰に送るんですか?」
「何のことだ?」
「騙されませんよ。あの太刀は結婚前提で送る物です。」
「十分な強度を誇るから、自分で使う連中もいる。」
「…黙って依頼を受けろと?」
「無茶を言っているつもりはないぞ。」
「……」
バルトは押し黙ってしまった。
(あいつの頭は何を考えているのかが俺でも分からないことがある。さて、一体どんな一手を打ってくるか。)
「…分かりました。納得しておきましょう。材料は?」
「今から作る。」
「何年かかると思ってるんですか!?」
バルトが驚いたように言う。
「先輩、あそこに随分と長いこといた所為で頭もやられてしまいましたか? 『神髄太刀』は…」
「竜人の骨髄。そのくらいは覚えているさ。でも俺はそいつを量産できる。」
「どういうことですか?」
「俺の『文字を操る程度の能力』で腿の大腿骨を斬っては生やす。」
あまりに突拍子もない話にバルトは言葉を失った。
「中々ぶっ飛んだ作戦ですね…」
「そのおかげで今まで生きてこれたもんでね。」
「いいでしょう。でも誰が先輩の足を引っこ抜くんですか?」
「ハル姐。」
その言葉にバルトは固まる。
「ハルさんまで…幻想入りしているんですか?」
「そうだ。ハル姐の鳳凰の爪で俺の足を斬る。」
「となると、大腿骨一本から取れる骨髄は…」
バルトは紙と筆を持ってくると、筆を走らせて計算をする。
「5日で、揃えられますね。」
その計算結果にユイはうなずく。
「そんなもんだろう。」
「それでも随分と異常な速さですよ。」
「まあそうだろうな。」
バルトは改めて元上司の規格外っぷりに呆れるより他なかった。
こうして刀作りが始まり、バルトは悲鳴を上げながら金槌で作っていったそうな…




