無駄な遊戯
無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!!
ここは旧都。
かつて栄光と繁栄を為すがままにした月の元首都だ。
それを壊したのは何を隠そう、綿月姉妹と向かい合っているハルヴィアである。
「で? ルールは幻想郷のもので良いのかい?」
「えぇ、構いませんよ。」
そう返すのは、綿月 豊姫だ。
「とは言ってもお姉様はこれが初めてでしょう…」
そう突っ込むのは豊姫の妹、綿月 依姫だ。
「そろそろいいか?」
ハルヴィアが声をかける。
2人は頷くと依姫が一歩前に出る。
「向こうでは1対1がやり方でしたよね? 何方がいきますか?」
「私が!」
名乗りを上げたのは白玉楼の庭師、魂魄 妖夢だ。
腰には2振りの刀が収まっている。
気合いは十分だ。
「愛する人の為にですか…しかし、半端な穢れでは私は倒せませんよ?」
依姫が言葉をかける。
「倒す倒さないより、弾幕は美しさを競う物であることをお忘れですか? 勝負の決着は美しさの優劣に他なりません。」
依姫の言葉を妖夢は上手く流した。
ハルヴィアは面白そうにその会話を眺めている。
「ふむ、確かに勘違いしていましたね。ですが、穢れなく美しく戦いあなたを倒せばその口もしばらくは聞けなくなるでしょう。」
そういうと依姫は腰から物干し竿を引き抜き地面に突き刺す。
妖夢はそれを跳びあがって躱した。
立っていた所には何本もの刃が妖夢のいた跡を囲う様にして伸びている。
妖夢は空中で抜刀すると地面に着地し、依姫との距離を詰めるべく走り始めた。
依姫はそれを笑って待つ。
「『八雷神』よ、雷をもってかの剣士を焼き滅ぼせ!」
依姫が祝詞を唱えると巨大な雷が妖夢の行く手を阻むように落ちてきた。
しかし、妖夢は瞬間的に落雷位置を察知して避けている。
「雨を斬るのに30年。」
妖夢が雷を躱しながら呟く。
「空気を斬るのに50年。」
妖夢が近付いてくる。
「時を斬るのに200年。」
妖夢は依姫と一足一刀の間合いにまで入り込んだ。
「月の民を斬るのには何年かかるんでしょうね?」
妖夢はそんなことを言いながら依姫の懐に潜り込み、白楼剣で「突き」の動作で依姫の腹部を狙った。
「おそらく、あなたの到達できる世界ではないでしょう。」
依姫はそういうと祝詞を唱えた。
「『天宇受売命』よ、我が身に降り立ち至高の時を舞い踊れ!」
依姫の体が光り、独特のステップで妖夢の剣戟を躱す。
妖夢は次々と攻撃を繰り出すが、どれも同じ様に躱されてしまった。
「くっ…」
「美しくても否でも私を倒すことは出来ない。半端な穢れ、半端な浄心、半端な剣術、どれをとっても私に敵うとは思えません。」
妖夢は後ろに回り込もうとする。
しかし、それより早く依姫に後ろを取られてしまった。
「想いだけで人は敵いません。それに見合う実力が無くてはただの寝言と変わりませんよ。」
妖夢の首に物干し竿が飛ぶ。
なんとか躱すと妖夢は体制を立て直す為に後ろに飛び退いた。
依姫は追う様な真似はせず、じっとその様子を見ていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
妖夢は被弾こそしていないものの肩で荒い息を吐いている。
喋る暇もない様だ。
妖夢はある事を思い出していた。
<回想>
「ユイさんのあの剣術って我流何ですか?」
「まぁ、そうだな。めんどくさがりの俺がなるべく動かず、それでいて相手の体力を効率的に削る方法がアレだ。ただ、こいつは1体1で相手が剣の時じゃないと使えない物だけどな。」
「私でも出来ますか?」
「もちろん。まず弱点からだが、相手が剣で斬りかかってくる時だけなのが難点でな…」
<sideout>
妖夢は息を整えると楼観剣を肩に担ぎ、白楼剣をだらりと下げる。
見ない型に依姫は目を細めた。
「斬られるつもりですか?」
妖夢はクスリと笑う。
「私も最初、同じ事をあの人に聞きましたよ。結局一太刀も浴びせられませんでしたけど。」
「遊びはおしまいです。『建御雷之男神』よ、圧倒的な力をもってかの剣士を握り潰せ!」
そう叫ぶと、風が吹かんばかりの力が依姫を包んだ。
依姫は持っていた物干し竿で妖夢に斬りかかる。
しかし、その攻撃が妖夢に届くことはなかった。
軽く斜めに傾けられた楼観剣に流される。
「なっ!」
驚く隙も与えずに今度は下げていた白楼剣を無造作に持ち上げる。
(斬られる!)
とっさに判断した依姫は素早く、後ろに退く。
しかし、間を開けさせまいと妖夢が足を前に出すと同時に斬る。
依姫はなんとかそれを凌ぎ、今度こそ後ろに下がった。
「急に剣術が変わりましたね…」
「なるほど、あの人が言っていた事がやっと実感できました。教えるのが上手い人ではないんでしょうね。」
妖夢は独り心地で言うと構え直した。
「勝てなくても構いません。存分にあの人が言っていた事を実践させてもらいましょう。ここまでくるとスペルカード戦も何もあったものではありませんが。」
妖夢は依姫との間合いを一瞬で詰めると楼観剣をおもむろに薙ぎ払う。
依姫はギリギリでそれを受け止めると楼観剣を奪取しようと物干し竿を絡ませる。
妖夢は力を抜いてそれに従う。
「取った!」
依姫が楼観剣を巻き上げる。
しかし、妖夢は顔に笑みを浮かべると白楼剣で依姫の手首を狙った。
それは、恐ろしく、鋭く、速く、依姫の手首に吸い込まれていく。
依姫はそちらに気を取られて楼観剣を取り逃がしてしまった。
妖夢はそれを跳び上がって空中で手に取ると飛ぶ斬撃を振るう。
しかし、そこで依姫は祝詞を唱えた。
「『建速須佐之男命』よ、大蛇を穿つその太刀でかの剣士を斬れ!」
不思議な力が依姫に纏わりつき、妖夢の斬撃を弾いた。
その後も、妖夢は続けて斬撃を振るうが全て力によって弾かれている。
「須佐之男命は神々の英雄。それを破る事は出来ません。」
次の瞬間、依姫は妖夢の後ろにいた。
妖夢が振り向くより前に物干し竿を地面に突き刺す。
周りを刃が囲い、妖夢の自由を封じた。
妖夢に打つ手は、無い。
「そこまで!!」
ハルヴィアの声が響く。
拍手を送りながら戦った2人に声をかける。
「お疲れ様。妖夢のあの剣技は良かったねぇ。あいつの受け売りだろう? 依姫さんもやるねぇ。流石、月の使者のリーダーは伊達じゃないか。」
ハルヴィアは物干し竿をおもむろに引き抜くと依姫に返した。
妖夢がへなへなと崩れ落ちる。
「よしよし。よく頑張った。あんたは最後まであいつの為に刀を振り続けたんだ。」
ハルヴィアは妖夢を抱きしめる。
妖夢の目から涙が流れた。
「勝てなくても良い…それでもやっぱり…悔しいです…私は…どんな顔で…」
「それ以上は言わないで。血を浴びるのはわたしの仕事だ。」
ハルヴィアは決意に満ちた表情で、優しく妖夢に言葉を掛ける。
「こっからは私の時間だ。私に任せときな。」
ハルヴィアは妖夢を抱え上げると、少し離れたところまで連れて行くとその場におろした。
「見てな。私の身内を泣かせるとどうなるか穢れなき月の皆様に思い出させてやる。」
ハルヴィアは妖夢の前にしゃがみこむ。
「ハルヴィアさん…」
「そんな目で見るなよ。あんたは笑ってた方が可愛いんだから。ユイもそっちの方が心が休まるってもんだ。」
ハルヴィアは妖夢の口の端を指で持ち上げると立ち上がり豊姫の元へ歩き始めた。
「『壊れた鳳凰』は収拾がつかない。今にその冷たい澄ました顔もぶちのめしてやる。」
豊姫は扇子を持ってやってくる「遷都者」をじっと見つめていた。
次回、ハルヴィアさん大暴走の巻。




