月の都
ハル姐の意外な特技が明らかになるかも?
ハルヴィアは、喫茶店でコーヒーを作っていた。
「ハルヴィアちゃんの淹れるコーヒーは美味いね。飯も美味いし、本当に恋人とかいないのかい?」
常連客がハルヴィアに声をかける。
「ははは、いないいない。以前も言ったけど私は人間じゃないからね。まぁ、できれば私より寿命の長いやつがいいな。」
「ほんとに出来た子なのにねぇ。」
そう言うと、常連客はコーヒーをすする。
その時、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃい…あれ、妖夢じゃないか。どうかしたかい?」
店に入ってきた妖夢の目は赤く腫れていた。
「ハルヴィアさん…ユイさんを…助けて頂けませんか?」
妖夢のただならぬ雰囲気に、ハルヴィアは店の看板を「CLOSE(閉店中)」にひっくり返す。
「で、あいつに何があった?」
店が閉店して、客が全員出て行ったのを確認してからハルヴィアは妖夢に問いかけた。
「実は…」
妖夢はユイが呪いで倒れた事とそれを解く為に月の都に交渉に行くことを話した。
「なるほどね。あの『神霊の依神』と交渉する必要があると。」
「はい。そう言うことになります。」
「おっし、任された! 月には少し遊びに行ったことがあるんだ。」
ハルヴィアは右手で胸を叩く。
「ありがとうございます! 今からでも良いですか?」
「はいよ。」
そういうとハルヴィアはエプロンを脱ぐと、近くの椅子に掛けた。
「よし行こう。」
「随分と簡素な装備ですね。」
「なるべく、身軽な方が良いからね。」
そういうと、ハルヴィアは喫茶店の戸締りをすると白玉楼に向かって歩きだす。
「里を出たところで飛ぶよ。」
「分かりました。でも、あんな急に店を閉じても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。開店時間は『店主の気が向いた時』って書いてあるから。」
「自由奔放な喫茶店ですね…」
「あくまで趣味の範囲だからな。」
そんな会話を交わしていると人里の外に出た。
「よし、飛ぶよ。」
ハルヴィアは本来の鳳凰の姿に戻って羽ばたいた。
妖夢ものその後に続く。
白玉楼へは数分でたどり着いた。
「ユイは?」
「自室で寝ています。」
それを聞くとハルヴィアはユイの部屋に向かって駆け出した。
襖を開けると包帯に血を滲ませたユイが布団に横たわっていた。
「ハル…姐…?」
「ユイ、その血は?」
「古傷…全部…開いた…」
「私が治す!」
ユイは首を振る。
「無理…永遠亭の…医者でも…治せなかった。」
ハルヴィアは肩を落とす。
「絶対に、2つとも、持って帰る。」
一言一言噛みしめるようにしてハルヴィアはユイに言う。
ユイは頷くと目を閉じた。
居間に戻ると紫が座布団に座って茶を飲んでいた。
「この2人で間違いないかしら?」
紫が聞く。
その後ろに立っていた永琳は黙って頷く。
「妖夢、永琳の手紙は?」
「持ちました。」
それを聞くと紫が湯呑みを置いて立ち上がる。
「こっちにいらっしゃい。隙間を開くわ。」
2人は黙ってついて行く。
中庭まで来ると紫が立ち止まった。
指を空中になぞって隙間を開く。
「月の都、綿月邸へお2人様ご招待よ。」
何か含んだ言い方をして紫は隙間を指し示す。
それから、2人にカードを渡した。
「《隙間「無限幻想郷」》だな。」
ユイの見送りで見たことのあるハルヴィアはカードの名を口にすると懐に仕舞った。
「ただ、向こうには私の上位互換の能力である『海と月を繋ぐ程度の能力』を持った綿月 豊姫がいるから使えないかもしれないわ。くれぐれも気をつけて。」
紫が警告する。
「行ってまいります。」
妖夢が先に隙間へと入って行く。
「んじゃ。幽々子さんとやら。愚弟の事任せた。」
「えぇ、あなたにも妖夢の事任せたわ。」
ハルヴィアが妖夢の後を追うと隙間が閉じた。
奇妙な感覚の後、整然とした屋敷の前にハルヴィアは現れた。
突然現れた奇妙な者に町の民は興味深そうにこちらに視線を向ける。
「大丈夫でしょうか?」
妖夢が不安そうにハルヴィアに近寄る。
「大丈夫。」
ハルヴィアは慣れたように綿月邸へと歩みを進める。
「止まれ。」
案の定、門兵に止められた。
手にはレーザーの様な警棒を持っている。
「少しばかり、綿月姉妹に招待されてね。」
兵士が目を細める。
「その様な情報は受け取っていない。」
「そうかい? こちらはたしかにアポを取った筈なんだがね。」
「名前を言え。」
「そうさね。『麗仙』なんてのはどうだい? 麗しい仙人で麗仙だ。素敵な名前だろ?」
「あまりふざけていると容赦しないぞ。」
ハルヴィアは飄々をした態度を崩さない。
「こちらは、大真面目だ。そちらこそ、本当は情報を忘れているだけじゃないのか?」
「いい加減にしろ!」
遂に堪忍袋の尾が切れた門兵が警棒でハルヴィアに殴りかかってくる。
ハルヴィアはそれを簡単に躱すとドンッと掌を門兵の腹に叩き込む。
門兵は無言で崩れ落ちた。
「あらあら、随分と脆いね。そこはちゃんと眠っていると効かない筈なんだが。」
そう言うとハルヴィアは門兵を跨いで中に侵入した。
妖夢も後に続く。
中は広い庭になっていた。
「おぉ、広いね。流石は月の使者のリーダーといったところか。」
ハルヴィアは嬉々としてあたりを見渡す。
妖夢は太刀の柄に手を置きいつでも抜刀できる様にしていた。
「ハルヴィアさん。これ不法侵入じゃありませんか? なんでこんな事を…」
妖夢が問う。
「恐らく、紫さんの後ろにいたあの永琳って言う医者。恐らく、月の民の間では犯罪者になってる。」
「どういうとこですか?」
「随分昔に風の噂で聞いただけだが月の頭脳とまで言われた者が姫と一緒に地上に堕とされたって言う話を聞いたことがあるんだ。」
「それが…」
「恐らくあの医者。もちろん何か根拠がある訳でもない。ただそんな予感がしただけさ。それでも名前は伏せといた方がいいと思ってな。こうして不法侵入している訳だ。」
そんな事を話しながら綿月姉妹の住んでいる屋敷にハルヴィア達は裏口から侵入する。
「さて、ここの地図を探すところから始めないとな。その綿月姉妹とやらに会わないと。いや待てよ。これこっちが探す必要あるのか?」
ハルヴィアが何やら不穏な事を呟く。
「ハルヴィアさん。何をするつもりですか?」
ハルヴィアがその考えを実行に移す前に妖夢が急いで聞いた。
「わざと捕まる。」
「何を考えているんですか!?」
妖夢が素っ頓狂な声をあげた。
「まぁ落ち着けって。私らが捕まればその綿月姉妹が侵入者がどんな面しているのか確認に来るだろう。そこで妖夢ちゃんが手紙を見せて納得してもらえば万々歳だ。」
ハルヴィアが得意げに話す。
「理屈としては間違ってはいないと思いますが…」
「これは理屈じゃない。ちゃんとした事実になる。月の連中はプライドが高い。そんな赤っ恥をかかされたらきっと報復に出る。月の連中の悪い癖だ。」
美徳でもあるがな、とハルヴィアは付け足した。
妖夢は渋々、その作戦に同意する。
「さて、じゃあ倉庫を探してそこにある物を片っ端から壊していくか。」
「ハルヴィアさん。もしかして、楽しんでませんか?」
「いやいや、そんな事はないさ。」
ハルヴィアは口では否定しているがその目はキラキラと光っていた。
やがて、倉庫を見つけるとハルヴィアは物色を始める。
「ほう、地球ではまずお目に掛かれない逸品ばかりだね。こりゃ、壊す前に何かもらおうかな。」
「ハルヴィアさん、目的が変わっています。」
その時、けたたましい音が鳴り響いた。
「なんの音ですか!?」
「作戦成功だ! 今に衛兵が来るぞ!」
その声を合図にしたかの様に兎の兵士達が銃剣をこちらに向けて突撃してくる。
「動くな!」
周りは既に兎達に囲まれている。
妖夢は思わず抜刀した。
「妖夢!」
いつになく鋭い声でハルヴィアが注意する。
「…すいません。」
妖夢は刀を鞘に収めた。
兎達は困惑した様に仲間同士の顔を見回している。
ハルヴィアが両手を上に上げる。
「降参だ。降参。その代わりにあんた達のご主人に会いたい。」
「…何者だ?」
薄い青髪に垂れ耳の兎がハルヴィアに問う。
「そうさね、『麗仙』ってここじゃ名乗ってる。」
「『レイセン』はこの私だ!」
レイセンと名乗るその兎は銃剣をハルヴィアに突きつける。
ハルヴィアは臆した様子もない。
「レイセンか。相当可愛がってもらっているんだろうな。」
ハルヴィアはカラカラと笑う。
「何がおかしい!」
「いや、これだから月の生き物は面白い。己を至上だと勘違いし名前すらも被ることを許さない。いやはや、傲慢だねぇ。全く。」
レイセンが怒りのあまりハルヴィアに突撃した。
ハルヴィアは苦もなくそれを躱すとレイセンの持っていた銃剣を奪い取る。
「あっ…」
その途端、レイセンは怯えた様な表情を見せる。
他の兎達も一歩下がり銃剣を構えた。
だが、警戒する兎達をよそにハルヴィアは銃剣をレイセンに返した。
「うん、いい武器だ。よく手入れもされているし、新品ではなくきちんと何発か撃った跡がある。比較的信用しやすい銃だ。だが、あんたの技量には合っていないな。残念ながら肝が座っていない。もう少し、怖いものにも挑む勇気ってのを持ち合わせた方がいいな。」
そういうとハルヴィアはまた両手をあげて抵抗の意思がない事を示した。
「もう1度要件を言わせてもらおう。あんたらのご主人達に会いたい。」
兎達は顔を見合わせると縄を手にゆっくりと近づいてきた。
「そんなに慎重にならなくても逃げはせんよ。」
ハルヴィアが言う。
やがてハルヴィアと妖夢は手に縄をかけられた。
兎達はそのままどこかへ2人を引っ張っていく。
「レイセン、私達はあんた達の主人に会えるのかい?」
「えぇ、会えるわよ。牢屋越しでね。」
2人はそのまま牢屋に放り込まれてしまった。
妖夢の刀は当然没収だ。
「…玉兎も随分賢くなったんだな。前は優しさを見せれば簡単に釣れたのに。」
「お生憎様。玉兎は進化するんだよ。穢れた地上のあんた達とは違ってね。」
「…恐れ入ったよ。」
縄をかけられてもまだハルヴィアは余裕綽々と言った様子を保ち続けている。
その様子がかえって玉兎達を不安にさせた。
そのため、現在檻の前には兎が2羽が銃剣を手に警戒している。
「どうするんですか!?このままだときっと斬首されますよ!」
ハルヴィアはじっと考え込む。
「妖夢、1つ絶対に守ってほしい事がある。」
「話を誤魔化さないでください!」
「皆の前で絶対に私の本名は出さないでくれ。」
いつになく真剣な表情に妖夢は思わず頷いてしまった。
「よし、作戦に変更は無し。」
そう言うとハルヴィアは檻の前にまで歩いて行った。
「なぁ、兎ちゃん達。」
名前が分からなかったので適当に呼ぶ。
「なんだ?」
1羽が無愛想に答える。
「実は、私の相方が重要な密書を持っているのは知っているか?」
「そんな嘘が通じ流訳ないだろう。」
「お利口なうさちゃんだね、感心感心。でももし。仮にもしだよ。私の言った事が本当だったら?」
「断じてない。」
「それが八意 ××の密書だとしたら?」
ハルヴィアはここで、月の民にしか出来ない発音で永琳の名を言う。
その言葉に兎は震え始めた。
「そんな訳…ないだろう…」
ハルヴィアはさらに鎌を掛ける。
「まぁ、嘘かどうかは自由に判断してくれ。本当ならあんた達はどんな罰を受けるのかね。ちらっとしか聞いたことは無いが、××の兎は主人の代わりに罰を負い続けているそうじゃ無いか。かわいそうに。そんな風にならないように私は祈るしか無いね。」
ハルヴィアは、更に嫦娥の月での名を出すと檻の奥に戻っていった。
「これで揺すったから、多少はなんとかなるだろう。」
ハルヴィアが小声で妖夢に言うと案の定、1羽が檻の前から走って出て行った。
「よし、これで2分の1だ。」
そう言うとハルヴィアは縄を外した。
「ありがとう。」
縄に向かってハルヴィアがお礼を言うと縄が動き頭を下げる。
ハルヴィアは妖夢の縄を解く。
妖夢は手首をさすりながら感謝の言葉を述べる。
「気にしなさんな。」
ハルヴィアがそう言ったところで死角から足音が聞こえてきた。
だんだんと近付いてくる。
(全部で3つ…兎が履いていたブーツが1、よく分からん足音が2…おそらく、あの2つが月の使者のリーダー達か。)
ハルヴィアはまだ見えぬ2人のリーダーに挨拶した。
「元気? 月の指導者さん方。少し、助けて欲しくて穢れた地上から参上したんだけどさ。よかったら助けてくれない? 私じゃ力不足で。」
足音がぴたっと止まる。
3人の姿はまだ見えない。
「…何故私達が指導者だと言い切れる?」
1人が警戒した様に言う。
「足音。他に質問は?」
ハルヴィアは一言で返した。
質問は飛んでこない。
しかし、何かひそひそと話し合っているのは聞こえた。
やがて、足音の主達が檻の前に姿を見せた。
「私は綿月 豊姫と言います。どうぞよろしく。」
「私が綿月 依姫だ。」
ハルヴィアはじっと指導者達の姿を見つめる。
豊姫と名乗った方は薄茶色の長髪を流し、穏やかな空気を醸し出している。
依姫と名乗った方はピンクの髪を黄色いリボンで後ろに束ねており、豊姫とは逆のピシッとした空気を生み出していた。
何より注目すべきは腰で物干し竿(湾曲の少なく刃渡りの長い刀)を差している。
「私はハ…っくしょん! 失礼、ここは地球の生き物には寒くてね。麗仙というもんだ。」
「魂魄 妖夢と申します。」
お互いに挨拶をする。
「で、八意様の密書を持っているという話を聞きましたが?」
「というより、兎達の報告では縄をかけたまま檻に閉じ込めたという話だが?」
「兎達が大袈裟で嘘つきなのは地上だけなのかい?」
ハルヴィアは驚いた様に肩を竦める。
指導者達にも思うところがあったのだろう。
しばしの間3人は苦笑する。
「確かに八意 ××の手紙は相方の魂魄 妖夢が預かっている。でも、不法侵入者の話なんてそうは信じられまい?」
「いや、信じよう。麗仙殿が八意様の名前を発音できるのが何よりの証拠。応接間でお話は伺いましょう。」
依姫はそういうと側にいた玉兎に檻の鍵を開けさせた。
「妖夢ちゃん。お先にどうぞ。」
そういうとハルヴィアは妖夢を先に行かせる。
妖夢が檻から出たのち、ハルヴィアも豊姫に手を借りで檻を出た。
(さぁ、交渉開始と行こうか。)
ハルヴィアは心の中で呟くと応接間に向かう玉兎達を追って歩き出した。




