呪痛
タンスの角に小指をぶつけた事がある人って実際どれくらいいるんだろうか…
「よし、始めるか。」
白玉楼でユイは妖夢と修行をする為に両手に木刀を構えて向かい合っていた。
「行きます!」
その一声で妖夢はユイに斬り掛かる。
何回か打ち合って様子を見る。
「よっと。」
ユイはそんな掛け声で妖夢の木刀を1振りを引っ掛けると弾きあげた。
妖夢は落ち着いて1歩下がると落ちてきた木刀を掴みとる。
構え直してユイを見据えると心做しか青い顔をしている。
「…ユイさん、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ。」
「藍は青より青し、ってか?」
ユイは笑う。
しかし、いつもの様な余裕のある笑みではなく何処か無理をしている様な笑みだった。
「休みましょう。」
「心配するな。俺は…」
そこまで言った時、ユイの口の端から赤い物が垂れた。
「…血?」
妖夢が駆け寄る。
ユイの体が崩れ落ちるが妖夢はそれを必死で支えた。
「幽々子様!!」
妖夢のただならぬ声に幽々子はすぐに駆けつけた。
「ユイさんが!」
ユイの衰弱した様子を見て幽々子はすぐに状況を把握した。
「陰と陽は?」
「ここに居る。」
幽々子の質問にいつのまにかユイを支えていた2人が答える。
「迷いの竹林に住む『八意 永琳』という人を呼んできて頂戴。ただそこは名前の通り迷いやすいから、竹林の前では『藤原 妹紅』という子の名前を叫んで。きっと、案内してくれるわ。」
陰と陽は頷くとユイから手を放し白玉楼を飛び立つ。
「妖夢、ユイを自室まで運べるかしら?」
「なんとか。」
妖夢はひとまずユイを縁側に横たわらせると自分も靴を脱ぎ縁側に上がるとユイの部屋に駆けていく。
布団を敷くとユイの元に戻り抱えてなんとか、部屋まで連れて行く。
布団に寝かせると冷たい手ぬぐいをユイの額に乗せた。
「熱い…熱があるんでしょうか?」
ユイの額に手をやりながら妖夢が呟く。
「妖夢、ユイの容態は?」
「なんとも言えません。顔が青いと思ったら急に口から血を吐いて崩れ落ちたんです。」
「いずれにしても、普通の風邪ではないわね。」
幽々子がユイを見ながら言う。
しばらくして陰と陽が月の頭脳、八意 永琳を連れてきた。
側には赤目の玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバもいる。
永琳は、ユイの部屋に通されるとまず、ユイの上半身をはだけさせた。
それを見た途端永琳は呻く。
ユイの体は傷だらけで血にまみれており、傷口はドス黒く染まっていた。
「これは、私の手には追えないわ。」
永琳は布団の向かい側にいた妖夢に宣告する。
「どういうことですか!?」
「簡単よ。医術の範囲外。ただそれだけ。」
永琳の隣に座っている鈴仙が言う。
「範囲外?」
妖夢がおうむ返しに聞く。
「えぇ、普通の傷ならなんの苦もなく治せたでしょう。でもこの傷は普通の傷ではありません。呪いなのです。傷の具合から見ると出血しているのは殆ど古傷。恐らく、これは昔の傷を抉る呪いではないかと。」
専門ではありませんがね、と永琳は付け加えた。
「呪い…」
妖夢が唖然とした様子で呟く。
「うぁ…」
その時、布団で横になっていたユイが身じろぎした。
体を揺すらせて上体を起こす。
「まだ寝てなさい。」
鈴仙が布団に戻そうとするがユイはそれを振りほどいた。
「…黄泉…醜女の…置き…土産。」
それだけ言うとユイは布団に倒れこんだ。
傷口から一層多くの血が流れる。
鈴仙は慌ててユイの止血を開始した。
「黄泉醜女? 日本神話のあの伊邪那岐追い子の?」
鈴仙が止血をしながら不思議そうに言う。
「黄泉醜女は確か黄泉の国から逃げようとした伊邪那岐を捕まえる為に伊邪那美が放った追手ですね。ここに乗っ取って言うなら『呪いを操る程度の能力』を使います。確かに彼女なら、出来ない事はないでしょう。それに『黄泉醜女の置き土産』は以前聞いたことがあります。彼女を倒した者の古傷を抉りまた、これまで傷つけてきた者の痛みを何倍にもして返すとか…」
妖夢はゾッとした。
ユイはかつて『鬼龍』とまで呼ばれた竜人だ。
そう呼ばれるだけの実績を持っているし、それに値するだけの生き物を殺戮している。
今、ユイが感じている痛みは妖夢の想像を絶するものだろう。
表面上はあまり、問題はないように見える。
しかし、内面ではユイはこの痛みと戦っているのだろう。
「…なにか、解決方法はありませんか?」
妖夢は永琳を必死に見つめた。
永琳はため息を吐く。
「よくある話みたいにキスで解呪出来ればどれだけ楽だったか…解呪するには髪飾りから生まれた山葡萄、櫛から生まれた筍が必要になります。これは伊邪那岐が黄泉醜女から逃げる為に投げつけた物です。残念ですが、幻想郷内で得る事は出来ないでしょう。」
「紫様にお願いすれば!」
「じゃあ、どこか当ては?」
妖夢の言葉を鈴仙が遮った。
「それは…」
妖夢が項垂れる。
「残念だけど今のユイは『詰み』にはまったの。それを覆す事は出来ない。」
妖夢の目からは涙が溢れた。
「うぅ…ユイさん…」
妖夢は子供のように泣きじゃくった。
「ウドンゲ、少し席を外してくれるかしら? これから話す内容はあなたには心地良い話では無いと思うから。」
「…はい。分かりました、師匠。」
鈴仙は広げていた医療セットを手早く片付けるとユイの部屋から出て行った。
「妖夢、1つだけ助かる方法があるかもしれません。」
妖夢が顔を永琳に向ける。
「本当ですか?」
「えぇ、でも…『彼女ら』はあまり友好的では無いかもしれません。あなた達は前科者という印象を受けているそうなので。」
「『彼女ら』とは誰なんですか?」
妖夢が問う。
その問いに永琳は一瞬躊躇してからゆっくりと答えた。
「…月の民です。」
「月の、民?」
妖夢は驚きに目を開いた。
幻想郷の民はかつて八雲 紫の計画で2度、月に侵攻した事がある。
確かに敵と見なされてその場で殺される可能性も否定は出来ない。
「私の方でも手紙は書きますが、絶対的な効果は保証出来ません。月の使者の2人の指導者の妹にお願いしてください。2人とも私のかつての教え子です。邪険にされる事は考えにくいでしょう。」
「あら永琳、私の庭師に何を吹き込んでいるのかしら?」
幽々子がユイの部屋に入ってくる。
「いえ、彼を治す方法を説明していただけですよ。」
「そう、彼の呪いを解く方法じゃなくて? それで妖夢を月に行かせようとかそういう事を言い出しそうな空気だったけど?」
すべて聞き耳を立てられていたようだ。
「私には今の所、最良の案がこれだけしか思い浮かばないのです。」
幽々子は扇子を顔の前にかざしてじっと永琳の様子を見る。
「…分かったわ。じゃあ、妖夢の他にもう1人連れて行くわ。」
「もう1人?」
「えぇ、最近幻想郷に入ってきたのよ。」
「その名前と種族は?」
「鳳凰のハルヴィア。」
幽々子は流れるように答える。
しかし、それは永琳を恐ろしく動揺させた。
整った顔に引きつった表情が走る。
「鳳凰の、ハルヴィア…ですね?」
「えぇ、そうよ。鳳凰の、ハルヴィアをお願い。」
「分かりました。したためてきます。避けれれば筆と紙を持ってきてくれませんか?」
そういうと永琳は手紙を書く為にユイの部屋を出て行った。
幽々子も後をついて行く。
2人を追おうとした妖夢だったが幽々子に手で制された。
「ユイの看病をしていなさい。」
鈴仙がやってきて部屋の襖が閉める。
「ふふ…ハル姐…らしいな…」
沈黙に耐えられなかったのか鈴仙に包帯を巻かれながらユイが言った。
やや間があるのはそれだけユイが痛みに耐えているのだろう。
「ハルヴィアさんは何をしたんですか?」
「それは…秘密だ…向こうで…誰かが…口走る…」
「それ以上は喋らないでください。傷口が開いて包帯を巻き直すのは非常にめんどくさいので。」
鈴仙が注意する。
「これは…申し訳ない…自重…しよう…」
ユイは素直に従った。
鈴仙は包帯を巻き終えると「失礼します。」と一言言って部屋から出て行った。
胴体には包帯が丁寧に巻かれている。
「寝ると…しようか…」
ユイはそう言って上体を倒すと目を閉じた。
「ユイさん…痛く無いんですか?」
妖夢が言う。
「痛えよ…これが…罰…殺しすぎた…罰…」
ユイは目を閉じたまま答える。
閉じた目からは涙が流れていた。
「正直…このままでも…良いと…思っている…死に…至る…傷…痛え…」
それを最後にユイは意識を手放した。
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痛イカシラ?
あぁ、痛え。眠っていても痛え。
私ニ主権ヲ譲ッテミナイ?
いつものアレとは違うな…
私ハ望ム者ニ与エル。
無理矢理取らないのか?
エェ。
何故?
ソレガ私ノヤリ方ダカラ。戦者ニ奪ウチカラヲ、守ルチカラヲ。
悪い。俺は今は戦える状態じゃない。
アノ娘ハ簡単ニヤラレル。ソレヲ守ルチカラガ欲シク無イノ?
…少し考えさせてくれ。
エェ、待ッテイル間少シ夫デ踊ッテコヨウカシラ?
そう言うと謎の気配は消えた。
最後の最後で謎の存在が出てきましたね…
謎の存在については最後の言葉を調べてみると案外簡単にみつかったりみつからなかったり…




