無意識と温泉
温泉に行きたい…(受験生)
ここは隙間妖怪、八雲紫の家。
その居間に机を挟んでユイは紫と話していた。
「というわけで。あなたとは別居ね。」
「いやいやいや。というわけも何も理由を聞かされてない以上はいそうですか、って引き下がれねえんだがな。」
「いいでしょう。一、異性を同居させることが怖い。二、私は式だけで十分生活はやっていける。三、…あなた体から変な匂いするのよ。」
「なら反論させてもらおう。一は文句はない。二、ならなぜ俺を解放しようとしたし。三、こちとら約3000年も風呂に入ってねえんだ。その間に臭くならない方法があるなら逆に教えてもらいたいね。」
「一に関しては文句ないのね…」
紫が苦笑しながら言う。
その時、藍が両手に荷物を抱えて居間に入ってきた。
「紫様。彼の荷物を整えました。」
「そう、ありがとう藍。」
「おい、なんの荷物だ。」
「それはもちろん、地底の温泉に行く為の荷物よ。」
「おんせん?」
「知らないの?」
「知らないな。」
「温泉は地下からお湯を吹き上げる泉のことでその泉もお湯です。一般的に体の汚れを落としたり、体を温めたり、健康な体を作る手助けをしたりと用途は様々です。」
藍はユイに丁寧に説明したがその口調はどこか小馬鹿にしたものを含んでいた。
「ふーん、そんなものがあるのか。俺の場合そういうときは大抵川で水浴びしたり、竜人は耐火性だから体に火を付けてなんとかしてたな。」
「随分と派手なことをしますね…」
そう言うと藍は持っていたものをユイに手渡した。
「一応、一泊二日ぐらいならできる荷物にしてあります。お金の方は向こうの方々に言ってあるので問題ありません。」
「そうか。…って待てい!家の話から離れてるだろうが!」
「じゃ、楽しんできてね。」
紫は微笑むとユイの足元に隙間を開いた。
「なっ!八雲紫テメこのやろぉぉぉぉぉ!」
そんな断末魔の叫びを残してユイは隙間に吸い込まれて行った。
紫はしばらく間を置いた後、立ち上がって藍に声を掛けた。
「さてと。藍、行くわよ。」
「どちらへ、ですか?」
その問いに紫は振り返ってニヤリと悪戯を企む様な顔を見せた。
ところ変わってユイはというと…
「うああああああああああああ!」
地底の上空に投げ出されていた。
世界にはあらゆるものが重力に支配されている。
ユイもその一つだった様だ。
地面へとんでもないスピードで引っ張られる。
「うぐっ」
ドサッ。
そんな音を立ててユイは路地裏に墜落する。
「ん?その割には無事な様な…」
見ると下に何か敷かれている。
それは少女だった。
黒い帽子をかぶり、ベージュ色の袖の大きい服を着、白から緑へとグラデーションされているスカートを履いている。
明度の高い水色とも黄緑色とも取れる髪の色をしており、顔立ちは幼さの残る顔をしているが記憶に残りずらい顔をしている。
「ッ!」
あまりの驚きに反射的に少女から離れる。
「どうするかな。この娘っことあの隙間妖怪。ん?」
ユイは改めて少女を見た。
なにやらおかしな物が転がっている。
「これは…目?」
それは閉じた目だった。
目には管の様なものが2本繋がっておりそれは少女が履いている黒い靴に至っていた。
「見れば見るほどに不思議な娘っこだ。」
その時少女が身じろぎした。
ユイは少女をゆり起こす。
「おい、娘っこ。起きろ。生きてるか?意識はあるか?」
「ん〜?」
ユイの様々な質問を少女はなんとも奇妙な声で返した。
パチリ、と少女が目を覚ます。
ゆっくりと少女は起き上がるとユイをまじまじと見つめた。
「お、起きたか。」
「…あなた、誰?」
「空から落とされた竜人だ。お前さんの上に墜落したんだよ。」
「ん〜、そうだっけ?」
「なら、お前さんは常に上を見て歩いたことはあるか?」
「どうだろう?そういうことはあったかも知れない。」
「変わった娘っこだ。竜人のユイと言う者だ。お前さんの名前は?」
「古明地こいし。地霊殿の主のさとりお姉ちゃんの妹だよ。」
「さとり…古明地さとり?…すまん、この幻想郷には来たばっかりで名前を聞いてもピンとこない。」
「じゃあ、外の世界から来たの?」
「外の世界?」
「何も知らないのね。この幻想郷は地図上にはどこにもないのよ。」
「何処にもない…紫さんの能力か。大方、あの隙間の力を応用してこの幻想郷を作り上げたんだろうな。」
「で?外の世界に居たんだよね?」
「一応な。ただ…」
そこでユイはふと少女に目をやった。
「お前さん、俺に何を喋らせようとしたんだ?」
「外の世界のことだよ。」
「すまん、質問の仕方が悪かったな。お前さんはどうやって俺に外の世界の事を喋らせようとしたんだ?」
しばしの沈黙の後こいしが僅かに笑みを浮かべた。
「えへへ、バレてたかぁ。私は無意識を操ることができるんだよ。」
「なるほど、それで俺がああもベラベラと喋る様になったと。だが、俺は現在の外の様子については全く知らん。随分と長いことあるところで世話になってたからな。」
「ふ〜ん、それはそうとあなた体から変な匂いするわね。」
「おう無意識娘。残念ながらちょいと前に別の方から同じ言葉を頂いたばっかりなんだが。と言うかそれが目的でここに来たんだったな。」
「地底の温泉に来たの?ならついて来て。それから離れない様に手、繋いどこ?」
「俺にそんな趣味はない。」
「違うよ、今の私は意識を持っている。でも、何かの拍子に無意識になってあなたを温泉に連れて行くって言う目的を忘れちゃうかも知れないから。普段と違ければ忘れないかな、と思って。」
そう言うとユイの手をつかんで歩き出した。
「おい、足速い!お前さんは大丈夫かも知れないけど俺の体が死ぬから!」
ユイ達がその場を離れてからしばらく後、そこには猫が佇んでいた。
毛を逆立てると猫の周りに何か集まる。
猫が一声鳴くと、何かは猫の周りをほどける様に消えた。
その後地面をジッと見つめると猫はユイが向かった方に足を進めた。
無意識ちゃん登場