キトラの竜
ユイ君のシーンはぶっちゃけサブだったり…
森の転移の魔法陣が完成するまであと1日。
陽射しが降り注ぐ中、創筆が森の防衛をしていた。
弓を使って次々と敵を射る。
「ここまで歯応えが無いと逆に怪しいな…」
そんな事を呟きながら望遠鏡を使って相手の位置を割り出していく。
「どこかに実力部隊が潜伏しているかもしてませんね。」
陰が答える。
「ねえ陰さん。ユイさんって夜行性なの?」
「なぜそう思ったんですか?」
陰が不思議そうに聞く。
創筆は相変わらず望遠鏡で索敵しながら答える。
「いや、真っ昼間なのに熟睡しているから。」
そういって創筆は別の木の枝で寝ているユイに目をやる。
「どんな時間帯でも寝れるだけですよ。文字で傷は治せても体力は回復しませんから。」
「夜間の方が敵は多いかもしれないけど…ちょっと待って。」
そういうと創筆は素早く身を伏せた。
次の瞬間、銃弾が創筆の側を掠める。
「そろそろ移動するかな。」
それを聞くと陽は寝ているユイを担ぎ上げると先に移動を開始した創筆を追った。
「ひょっとしたら、侵入されているところもあるかもな。」
「一応各所に罠を貼ったので多少はなんとかなるでしょう。創筆殿の動物達もいますし。」
森の中を進みながら陰と陽は会話を交わす。
時々、不思議な行動をする動物達が居るのを2人は気付いていた。
こちらをじっと見つめたり、果実を投げてきたりするのだ。
「あの子達なりの友情表現だからあまり気にしないで。受け取った方が喜ばれるけど。」
どこからか飛んできた木苺を片手でキャッチして頬張りながら創筆は言う。
「敵だと判断した場合は石投げたり、ひどい時はその敵から奪った武器とかで攻撃したりするから。」
「随分好戦的なんだな。」
陽が飛んできたクルミを左手で受け止めると起用に殻だけを握り潰して中身だけを口に入れる。
「森とどう接するかで動物は変わってくる。迂闊に攻撃しないことが身を守る術よ。」
そんな会話をしながら別の防衛点に来た。
陽が適当な木の枝にユイを降ろす。
ユイは少し目を開いて何やら文句らしきものを呟くと再び眠りに落ちた。
創筆が望遠鏡を取り出して索敵を開始する。
「…南に小隊、5人は居るかな。他は…」
ガサッ。
その時、創筆達の後ろで茂みの揺れる音がした。
陰と陽が剣を手に持つと警戒態勢をとる。
だが、その後はなんの音もしなかったので警戒を解いた。
しかし、それが狙いだったようだ。
創筆の左右から兵士が現れると創筆に銃口を向ける。
狙いは勿論、頭だ。
「動くな。」
抑揚の無い声で兵士が口を開く。
(コイツら腕利きだ。創筆をただの暗殺対象としてしか見ていない。これが寄せ集めの兵士なら女として見るだろう。大方キトラお抱えの連中と言ったところか…ということはまさか! あれがまだあるのか!?)
陰と陽の後ろにも兵士達が立っており銃口を向けている。
「キトラ様から、ユイ以外は生きたまま連れてくるよう命令されている。一緒に来てもらおう。」
「断る。」
「選択肢は与えられていない。」
陽が断ると兵士は有無を言わさない口調で答えた。
「ユイを始末しろ。」
隊長と思われる兵士が指示する。
「やめろ!」
陰が叫ぶが、銃を背中に突き付けられた。
兵士の1人がユイのいる木の枝に歩いていく。
「…にゃに?」
ユイが目を擦りながら寝ぼけた声を出す。
「お前を始末しに来た。」
兵士が答える。
「なるほど、状況把握。」
次の瞬間ユイを殺そうとした兵士が吹っ飛ばされた。
「ユイを第一優先にしろ!」
枝から飛び上がって陰と陽に銃口を向けていた兵士の目の前に降り立つ。
「よっ! 元気してる? お前さん方も大変だな。アイツは理不尽の塊だもん。俺ならとっくにやめてるね。」
そんな一方的な会話をしながらなんの躊躇いもなく竜の腕で兵士達の頭を抉りとる。
切り口(抉り口)から勢いよく大量の血を噴き出す頭のない兵士を踏台にしてユイは創筆を拘束していた兵士の懐へ飛び込んだ。
兵士の胸元にあったナイフを引き抜くと所有者の喉を刺す。
更にそのまま兵士の後ろに回り込むと創筆を挟んだ反対側の兵士に銃を発砲した。
兵士が崩れ落ちる。
残るは兵士達に指示していた隊長だけとなった。
「どうする? 殺されるか、自殺するかは選ばせてやるぜ。」
ユイは竜の腕を隊長に向けながら問う。
「…キトラ様の為!」
そう言うと隊長は銃をユイに向ける。
しかし、その銃が発砲される事は無かった。
陽が銃ごと隊長を斬る。
鮮血と共に隊長はその命を散らした。
「…お見事。」
ユイはそう呟くと兵士達の亡骸を竜の腕で力任せに殴り付けて粉々に消しとばした。
血飛沫が顔に飛ぶ。
その後は何も無かったかのように欠伸をすると創筆に顔を向けた。
「良いか、これが殺す者の覚悟って奴だ。何かの為に忠を尽くす。それを考えて行動しろ。」
一息にまくし立てるとユイはその場で座り込み眠りに落ちた。
「怒ってるな。」
「あぁ、怒ってる。」
陰と陽が創筆を見ながら言う。
「どう言う事?」
「お前さん、『10くらいはいけるかな…』って言ってたろ。そう言う風に覚悟ある者を軽々しく数で数えても良いのかって話だ。」
創筆の問いに陽が答える。
「あぁ、そう言う事。だったらなんでユイさんはあの亡骸を…」
「消しとばしたのか? 簡単な話だ。キトラの晒し者を防ぐためだ。」
「晒し者?」
「キトラは役に立たずに死んだ兵士の体を犬に喰わせるのさ。公衆の面前でな。」
そう言う陰の表情はどこか気鬱そうだった。
「さて、ユイがまた起きるまで辛抱しててくれ。」
陽がフォローするように言うと創筆はそれを察してか索敵に戻った。
腕利き兵士達の襲撃から3時間経った。
あたりは日が暮れ始めフクロウの声が何処からか聞こえる。
ユイはすっかり目を覚まし、陰と陽を無造作に鞘に収めている。
「さてと、お前さんは外部への狙撃を引き続き頼んだ。俺は招かれざる客の接客でもしてくるよ。」
そう言うとユイは森の中へ消えていった。
木から木へと飛び移っている最中に陽が剣の状態で声を掛ける。
「ユイ。」
「あぁ、分かってる。ちらっと話を聞いたが本当にいたとはな。」
「間違いない。昼間の連中、『キトラの竜』だ。」
キトラの竜。
ユイが『磔の牢獄』に入る前からあったキトラお抱えの精鋭中の精鋭を集めた軍事組織だ。
「おそらくさっきの奴らは『鱗』。守ることに特化した連中だ。そいつをこっちに寄越すって事は『爪』や『牙』の戦闘特化もいる。ひょっとしたら…『例の部隊』も動いている可能性もある。」
「しっかし、まだあの組織は生きていたんだな。」
陽が半分感心したような声で言う。
「だが竜人だったのはあの隊長格の奴だけだ。後の連中は人間。少なからず兵力は落ちたんだろう。」
そう返すと、ユイは森の探索を続ける。
月が昇るまでにユイは全部で5つほどの小隊が侵入しているのを発見した。
「さて、どうしたものか…キトラとの戦いで結構体力は使っちゃったしな。」
「それ以前に狂気との戦いでかなり消耗させられたんじゃないか?」
「それもある。まるで自分と戦ってるみたいで気味が悪いったらありゃしない。」
「あながち間違っちゃいないな。」
ユイは侵入者達の観察を始めた。
「あれは『眼』だ。しかもその中の1番優秀な『瞳』と来た。」
「瞳」と呼ばれる部隊を追いながらユイは呟く。
「偵察特化か。」
「あぁ、おそらくあいつらの情報を元に潰しにかかる寸法だな。全ては明日決まる。戦闘特化の連中もいるとしたらおそらく動かないだろう。発見するには困難だ。」
「で、結局どうする?」
「斬る。」
陰の問いかけにユイは即答する。
「そうこなくちゃ。」
そう言うとユイは陰と陽を鞘から解き放つと「瞳」の中に踊り込む。
「コンタクト!」
そういって銃を構える。
「味方の陣形の中で武器は使っちゃいけませんって習いませんでしたか!?」
そんなことを言いながら剣を振って銃弾を斬り落としながら次々と兵士達を斬り、刺して血溜まりに沈めていく。
まもなく、ユイによって「瞳」部隊全員が血に溺れた。
「偵察特化とはいえ、そこんじょらの傭兵よりかは圧倒的に強い筈なんだがな。」
陰が驚きを滲ませながら声をかける。
その姿は剣のままだ。
「伊達に『鬼龍』を名乗っちゃいないぜ。」
ユイは事も無げに言う。
「相変わらずめちゃくちゃな強さだ…」
陽が呆れた様な声を出した。
「ほれ、さっさと他の連中も潰すぞ。『牙』や『爪』も出来れば見つけたい所だ。」
ユイは2振りを振って血を払うと鞘に収め、他の部隊の全滅に向かった。
こうして同じ要領でその後「目」を5つ、途中で発見した戦闘部隊の「爪」を2つ、「爪」と同じ戦闘部隊である「牙」を2つ、野良の部隊15の会わせ25の部隊をユイは全滅させたのだった…
〈組織のビル〉
大きな窓から夜景の光が差し込む中、社長室の椅子でキトラはパソコンで資料を漁っていた。
「…やはりか。魂魄 妖夢。名前だけだが確認されている。というと『殺戮の魔天』は幻想郷の差し金か。なるほど、読めたぞ。」
キトラは背もたれに体重を預けながらユイのある言葉を思い出す。
(妖夢…ごめん。向こうで会うまでに剣術…磨いておいてな…)
無意識の内にキトラは左目の傷を指でなぞる。
キトラが何かを考え込む時の癖だ。
しばらくそうした後、ポケットからスマートフォンを取り出すと、電話を掛ける。
「もしもし? 私だ。明日の作戦に『あの部隊』を出してくれ。それから明日、私も向かう。軍用の準備をしておいてくれ。あぁ。計画が変わった。ユイも生け捕りにしろ。我々の夢をアイツは握っている。驚くべきことだ。アイツは幻想郷から来ている。そうだ、頼んだぞ。」
その言葉を最後にキトラは電話を切った。
「意外なボロを出したなぁ、『殺戮の魔天』。」
キトラはそういって不気味な笑みを浮かべた。
伏線ましましでお送りしました。




