外界の調査と狂夢
やべえ、なんか必ずユイみょんでイチャイチャさせてる気がする…
「外の世界でやってほしいことがあるの。」
白玉楼に遊びに来た隙間妖怪、八雲 紫はそんな事をユイにきりだした。
「唐突だな。まあ、いつもの事か。」
そう言ってユイは紫の顔を見るが、紫の表情は真剣だ。
普段と違う様子の紫にようやくユイは顔を引き締める。
「なんの要件だ?」
「ハルビィアって居たわよね。」
ハルビィアはユイの幼馴染でユイが「ハル姐」と呼ぶ程仲の良い。
「あぁ。」
ユイは答える。
「呪いをかけた連中が特定出来たわ。」
「そうか。でそれと要件のなんの関係があるんだ?」
ユイは紫に問う。
「どうやら裏でもっと大きい組織が蠢いているみたいなの。それを調べてきて頂戴。」
「別に良いぜ。ついでにその呪いをかけた組織もぶっ潰してくるからまだ調べ足りないなら出発する日を考えておいてくれ。」
「分かったわ。5日待って頂戴。」
「はいよ。」
そんな会話を交わした後、ユイは準備を始めた。
陰と陽を呼び出す。
「剣の練習、付き合ってくれ。」
「「承知しました。」」
そう言うとユイから木刀を受け取った2人はユイに斬りかかる。
それを躱し、弾き、流し、時に攻撃して自分に衰えが無いのかを確認する。
「よし、ありがとう。」
しばらくしてからユイは2人に声をかける。
「…そういえば、今日はお前達に用があって呼びもしたんだ。」
「…用?」
ユイは紫から聞いた事をそのまま2人にも話す。
「…て事だから頭の片隅でいいから覚えて置いてくれ。」
「待て。」
珍しく声を上げたのは陰だ。
「どうした?」
「ハルヴィア様に呪いをかけた輩は今から潰す訳じゃないのか?」
陰と陽にとって、もっと言ってしまえば太極にとってもハルヴィアは自分達に意識をくれた母親のようなものだ。
物騒な意見になるのは仕方ない事なのかもしれない。
「行ってもいいが、もっとでかい大物を叩けばその下の組織は混乱するだろ? だからその大物を釣り上げる為の餌を今は釣っているんだ。しかし、事前情報もないままでは毒ざかなを釣り上げても分からない。その情報を得るためにしばらく待つんだ。」
「…分かった。」
渋々といった様子で陰は承知した。
「物分かりが良くて助かる。」
自己修行を終えると今度は妖夢の剣術指導だ。
休憩の間にユイは妖夢に言う事にした。
「だから、しばらくは指導はできないけど了解しといてくれ。」
「分かりました…生きて帰ってきてくださいね?」
「そう易々とは死にゃあせんよ。」
そう言うとユイは笑う。
午後になり、紅魔館の図書館で本を読んでいたハルヴィアを探すと同じ事を伝えた。
本には「ロミオとジュリット」と言う題名が書いてある。
意外と読書家らしい。
「…私も幸せな弟を持ったもんだね。」
そう言うとハルヴィアは笑う。
「ただ、やり過ぎてくれるな。お前は危なっかしい所があるからな。」
そう言うと笑いながらユイの頰をつまむ。
ユイは喋ろうとしたが結局黙って頷く事にした。
白玉楼に戻って午後の自由時間を過ごす。
こうして遠征の前日になった。
悪夢を見た。
人間との戦だった。
ばっさり斬った人間から血が飛び散る。
血。
赤く飛び散る血。
モット血。
イッパイ血。
モット寄コセ。
モット見セロ。
そんな単調な思考だけが頭を支配する。
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
狂気じみた笑い声が自分の口から響き渡る。
体の快楽に身を委ねながら次々と斬り捨てて行く。
モットモット寄コセ。
マダマダ寄コセ。
殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ、ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
その時腰に痛みが走る。
槍…槍! 槍! 槍!
痛イ痛イ痛イ痛イ!
邪魔ダ。
斬ル。
殺…
目覚めと共にがばっと布団を跳ね除ける。
月はまだ空に浮かんでいる。
その時、障子の扉が開けられた。
「…大丈夫ですか?」
妖夢が恐る恐る聞いてくる。
悪夢の声が現実にまで漏れていたようだ。
妖夢の手には2振りの抜き身の刀が握られている。
その時ユイは気づいた。
恐れられている。
そう思い始まるともう止まらなかった。
自然と涙が顔を伝い嗚咽が溢れる。
「ごめん…大丈夫…」
顔を手で覆いながらなんとかそれだけを口にする。
「大丈夫じゃないですよね。」
妖夢にきっぱりと言われた。
「そんな仮面を被ってバレないと思いましたか? なんで、あなたは本心をどこまでも殺そうとするんですか? どうして…私に素顔を見せてくれないんですか? あの時みたいに…私に見せてください…教えてください…あなたの…すべてを…」
そう言うとゆっくりと刀を鞘に収める。
パチン、と音を立てて刀が定位置に戻った。
ユイにゆっくりと歩み寄ると頭の黒いリボンを外す。
ユイの左手を手に取ると外したリボンを手首に巻きつけた。
リボンを外した妖夢の髪は肩にかかるまでの長さがあり、さらりとした白い髪が月明かりで輝いていた。
泣きじゃくるユイに優しく語りかける。
「お守りにしてください…『弱音や愚痴なんかも聞かせてくれよ』って言ってくれましたよね。今、お願いします…」
そう言うと妖夢は語り始める。
幽々子の事、祖父の修行の事、その祖父がどこかへ行方を眩ませた事、その不安。
話題はユイのことへ移っていった。
嗚咽がだんだんと小さくなっていく。
「…あなたが何人斬ったのかは知りません。でも、あなたは私の2人目の師匠ですよ。剣術を、生き方を、考え方の違いを、教えてくれた師匠です。そんな師匠がこんな風に泣いたら、私はどうすればいいんですか…」
そこまで言うと妖夢は顔を俯ける。
その時、ユイの腕が妖夢の体を抱きしめた。
「…えっ?」
「…おねがい…しばらくこうさせて。」
そのまま無言で妖夢を抱く力を強くする。
「…そんな事をしても逃げませんよ。」
「どうやら俺は欲張りみたいだ。」
そういうと自嘲気味に笑う。
時が過ぎる…
ユイは泣き疲れたのかそのまま寝てしまった。
「相当張り詰めていたみたいですね…」
妖夢はユイをそっと布団に戻した。
そのまま立ち去ろうとしたが左手が言うことを聞かない。
振り返るとユイが妖夢の服の袖を弱々しく掴んでいた。
「本当に欲張りみたいですね。私と同じじゃないですか。」
そういうと妖夢はユイの手を外そうとする。
しかし、固く握られているのかなかなか外せない。
しばらく悩んだ末、妖夢はユイの布団に潜り込んだ。
温かさで眠りに引き込まれそうになり顔が赤くなる。
「今回…だけですよ…」
ユイの寝息を子守唄に妖夢も眠りについた。
「…ん?」
朝、ユイが目を開けると妖夢が隣で寝ているのを見て赤面したのは言うまでもない。
おまけ(この章の後)
朝起きると妖夢が俺の布団で一緒に寝ていた。
確か悪夢を見て…
ボン!
そんな音が聞こえそうなほど顔が熱くなったのが分かる。
あぁ、「鬼龍」の名が泣くぜ。
とりあえず、妖夢を起こさないようにそっと布団から這い出す。
「…ん?」
妖夢が起きた。
面倒なのでそのまま井戸に逃げる。
寝巻きのままだが…こんな日もあるだろう。
顔を洗ってもまだ顔が赤いのが分かる。
「はぁ…」
そういえば師匠が言っていたな。
「戦の前に新たな未練は作るな」って。
でも、その未練の為に戦うのなら悪くはないのかもしれない。
このモヤモヤした気持ちの正体は…本当になんなんだろうな。
分からないのに、妙に晴れ晴れした気分だ。
そんな事を思いながら自分の部屋に戻った。
おそらくもういないはずだ。
すまん、アテが外れた。
バッチリ目を覚ましていらっしゃる。
「…なんで逃げたんですか。」
視線が痛い。
「…なんか…ごめん。」
気まずい沈黙は結構長い時間続いた。




