わたしは憎しみを捨てた
拙いですがお付き合い下さい
「……メア。いい?絶対に人を憎んではいけないの。憎しみは何も生まない。生まれるのは破壊だけ。あなたは才能があるから……それだけは忘れないで。……私の愛する娘。もっとそばにいて上げられなくてごめんね……」
お母さんは目から溢れる涙を拭うことなく静かに目を閉じ、まるで眠るように息を引き取った。
「お、お母さぁぁぁぁあん!!」
わたしのお母さんは立派な魔女だった。
類まれなる魔法の才能で色んな薬を作って街の人を助けたり、時には戦争にも参加させられていたらしい。
だけど、優しく厳しいあのお母さんはもういない。わたしの目の前で静かに覚めない眠りについているお母さん。わたしは冷たくなったお母さんの手を握り。その首からお母さんが生前一度も離すことのなかったペンダントを外し、自分の首に掛ける。
ペンダントにはまだ少しお母さんの体温が残っていてそれを感じると、涙が目からこぼれ落ちた。
伝わってくる微熱が全てが夢でなく現実なのだと無慈悲にも実感させる。
わたしの中からは益々悲しさと怒りが込み上げてくる。
「ご主人?だいじょうぶかにゃ?」
「ルル……わたし、これからどうしたらいいんだろうね……」
「ご主人………」
お母さんの使い魔だった白銀の毛並みを持つ猫のルルは今やわたしの使い魔になり、泣き崩れるわたしに寄り添ってくれる。
わたしはルルを抱き抱えて泣きながら途方に暮れる。
わたしにはお母さんしか居なかった。
生まれて10年経つけど、一度もお父さんを見たことがない。お母さんが昔「メアにはお兄ちゃんが1人とお姉ちゃんが2人居るのよ」と言っていたがそれが本当かも分からない。
わたしには家族が居ない。残されたのはルルとお母さんが死ぬ間際までわたしに教え、叩き込んだ膨大な知識と技術だけ。
それも、今となっては何に使っていいのかわかない。
「寂しいね…なんでお母さんは死ななきゃダメだったんだろうね」
「それは………」
ルルは口を噤むがその理由は大体の予想が付いている。
お母さんの死因は圧倒的なストレスと過労によるもの。
良くは知らないけど、お母さんはお国からのお仕事を毎日こなしていた。
それも、常識を遥かに逸した……
その時、わたしの感情はドス黒いモヤが掛かったように塗りつぶされていった。
もう、許せない。全てこの国が悪いんだ。お母さんは一生懸命働いてたのにその働きに一切の見返りをしなかった国が……
皆死ねばいいんだ。みんなみんなみんな…わたしがこの手で殺してやる。
「ご、ご主人?髪の色が……変わってるにゃ!」
「……髪?」
わたしは鏡をのぞき込む。すると驚くことにお母さん譲りの腰まで伸びた銀髪はまるで憎しみに染まったように真っ黒になっていた。
「何これ………」
「お母様は憎しみは身を滅ぼすって何時もいっていたにゃ。多分それも関係ある筈にゃ」
ルルが机の上にある研究書のひとつに足を乗せ、その内容を教えてくれる。
「やばいかも……魔力が……溢れちゃう……」
わたしの身体の内からは恐ろしいほどの憎しみと憎悪が溢れ出てくる。
それに合わせて溢れ出る魔力はわたしのあらゆる感覚を強化していく。
今のわたしならどんな人が来ようとも不思議と負ける気はしなかった。
そして、復讐を胸に外に出ようとしたわたしの足は何かに掴まれたようにその場から動けなくなってしまった。
『どうか人を恨まないで』
そうお母さんにふと言われた様な気がして、失いかけていた理性の欠片を掴み、かき集める。
お母さんを見ても何も変わらない只のお母さんだった物が横たわっているだけ…だけど、お母さんはそばにいるって…そう思いたい。
わたしはお母さんが使っていた白水晶の長い杖を抱きしめながらその場に崩れ落ちる。目からは次から次へと涙が溢れ、視界が歪んで見えていた。
「お母さん……わたし、わたしはっ…」
わたしは泣きながら憎しみと悲しみ、怒りで崩壊しそうになる理性を何とか繋ぎとめ、ある物の制作に打ち込んだ。
憎しみが溢れ出た日からちょうど一週間後。
家の中は昼だというのにわたしの魔力のせいで真夜中の様に暗い。
そんな中でわたしは、ひとつの宝玉を作った。
『想いの宝玉』と呼ばれるこの宝玉は人間の感情を完全に封印することができる。
作成難度の恐ろしく高いこの宝玉を完成させられたのは悔しくもこの膨大な溢れる魔力のせいかもしれない。
「ルル…始めるね」
わたしは宝玉に額をコツンと付け、呪文を唱える。
「想いよ、無くなれ……!」
膨大な魔力の渦が宝玉を中心に構成され、わたしという媒体から『憎しみ』の感情だけが切り離されていく。
(ああ……これ、失敗しちゃった……のかな……いしきが、遠の……くよ…)
「………主人!ご主人!大丈夫かにゃ!?」
ぱちんっ、と小さな乾いた音が頬の辺りで炸裂し、その衝撃にわたしの意識が覚醒する。
「いたっ…ぅん……ルル?」
ルルに起こされ、鉛のように重い瞼を開けると床には真っ黒に染まった宝玉が転がっていた。
「良かった…ちゃんと成功したんだ」
「良かったですにゃあ。全然目を覚まさなかったのにゃ……」
「ルル…ありがと……でも叩いたよね?」
「そ、それはぁ…致し方ないといいますにゃあ…」
「まぁ、いいけど……」
鏡を覗くと暗闇に惹き込まれそうな黒色だった髪の毛は元の綺麗な銀髪に戻っていた。
わたしは長い髪をバラけないように腰の辺りで括ると立ち上って、宝玉を手にとり、帽子を被るとお母さんを埋葬したお墓の元へと向かった。
「ご主人…気分はどうですにゃ?」
「うん、大分スッキリした…ただ、凄く弱っちくなっちゃったけどね」
「大丈夫ですにゃ!そのままでもご主人は普通の魔法使いより優秀なのにゃ」
「それは、どうなのかな…」
わたしは苦笑いしつつ足を動かし、お墓のある小さな湖の辺へとたどり着いた。
そして、宝玉をお墓の台座に置いた。
「お母さん、これは預かっててね…」
わたしとルルはもう一度手を合わせてからお墓を後にした。
家に帰ると見慣れない金髪の女の子が家の前に立っていた。
お母さんの知り合いかなと思ったわたしは恐る恐る近づき、声をかける。
「あ、あの……どちら様でしょうか。あいにくお母さんは…」
わたしの声に振り返った女の子は何故か目を潤ませながらわたしの体を抱きしめてきた。
「えっ、ええっ!?」
驚いてわたしが声を上げるもお構い無しに、わたしより少し上だと思われる女の子はぎゅっと抱きしてめてくる。
「やっと…やっと会えたね!10年振りだね、メアちゃん!」
ますます意味が分からない。会ったことも無い女の子に久しぶりと言われて困惑しない人なんていないと思う。
「え、えっと…お姉ちゃん、誰なんですか?」
「きゃーー!お姉ちゃん!ねぇ、もう一回言ってくれない?」
ダメだ…聞く耳持ってないこの人…分かったのはわたしと正反対の性格でわたしが最も苦手としてる性格の人ってことくらい。
「も、もしかしてアリス様!?」
ギョッとして声の持ち主を探るとまさかまさかのそのまさか。使い魔のルルだったのだ。
「あー!ルルちゃんじゃない!久しぶりだねー」
「え、ルル?この人知ってるの!?」
わたしから離れて今度はルルを抱きしめ始めた女の子にモフモフされているルルに聞いてみた。
「あ、ご主人はまだ赤ん坊でしたから分からにゃいですよね。このお方はご主人のお姉様のアリス様ですにゃ!」
「ええ!?……おね、お姉ちゃんなの?」
確かにお姉ちゃんやお兄ちゃんが居るとは聞いてたけど会ったこともなかったし、そもそももう遠い国に行ってるものだと思ってた。生きてるのかすら分からなかったし…
わたしがそんな未知の存在にあたふたしているとそれに追い打ちを掛けるように更に後から声をかけられる。
「こら、アリス!メアが困ってるじゃないの!ちゃんと説明したの?」
「あ、ごめんユリア姉ちゃん。再会の感動で忘れてたよー」
「はぁ…全く……あんたって子は。」
ユリアと呼ばれた長身で少しくすみのかかった銀髪ショートカットの女の人とその横に何故か両目を閉じながらも、さも見えているかの様に歩いている金髪の若い男の人がこちらに近づいてくる。
「ごめんね、メア。突然で驚くかもしれないけど、私達、あなたを迎えにきたのよ」
「むか…えに?」
理解はしているのだけど信じられない。そもそもこの人達を信用しても良いのか?そんな風にも考えてたわたしは何とも言えず、ただオウム返しをするばかり。
「そうよ。私はユリア。貴女のお姉さんで、このヒョロっとした男がウィル。貴女のお兄ちゃんね。お母さん…「厄災の魔女」が亡くなったって聞いて飛んできたのよ」
「何でお母さんが死んだ事知ってるの?」
わたしはお母さんが死んだことを誰一人として伝えていない。この間来た国の役人さんも嘘ついて追い返したし……
わたしの質問に顔を見合わせたウィルさんとユリアさんは鞄から一通の手紙を取り出すとわたしに見せてくれた。
「僕達は母さんから手紙を受け取ったんだ。ちょうど1週間程前にね。そこに書いてあるように母さんがもう長くないと分かったから、父さんが急いで僕らを迎えに出したんだ」
その手紙には確かにお母さんの字でわたしの事もお母さんが死にそうな事も書かれていた。そして、この3人に向けられたメッセージも……
そこで、わたしは確信した。この人達は本当に私の兄妹なのだと。ルルもお母さんもわたしに一度も嘘は付いたこと無かったから……それに、いつまでも一人は嫌だから…
三人を家の中に招き入れたわたしは滅多に使わないティーセットを用意し、紅茶を入れた。茶葉は確か…良いのだったから美味しいはず……
「どうぞ……」
「ありがとう、メア」
そう言って笑顔で頭を撫でてくれるユリアさん。その手の温かさが何だか懐かしく感じた。おかしいよね…
「それにしても変わらないな、この家は」
「だよね〜、この置き物とか私がちっさい時からあったよね。このなんとも言えない不格好さがかえって高級感を生み出しているというか…」
「それ、あたしが子供の時に作ったやつだよ?」
「そうだったの!?」
三人が口々に思い出に話を盛り上がらせているのをわたしはルルを抱きしめながら静かに眺める。
三人を見てるとわたしが生まれるずっと前からこの家ではこの人達が暮らしてた、と言う事がひしひしと伝わってきていた。
「あの……申し訳ないんですけど…さっきの話の続き…」
若干申し訳ないと思いながらもわたしはおずおずと話を切り出した。
「ん?だからね、今日からメアちゃんは私達と暮らすんだよ!」
「はい、それは聞きました。………という事はわたしも引っ越さないといけないってことですよね…?」
「うん、ここら西にずっと行くと海があるのを知ってる?そこで今あたし達は住んでるんだ」
「海………」
本などで読んだことがあるし知ってはいるけど実際に見た事は無い。
正直なところ、お母さんと暮らしたこの家を捨てるのは名残惜しい所じゃ無いけど仕方の無い事なのかもしれない。
「結構急だけどすぐに出ないとテレポーターまでの馬車がでちゃうからあと半日後には出るよ」
「え、ええ?そんなに時間が無いんですか!?」
流石に驚きを隠せない。確かにテレポーターまでの馬車は1日に2回しかないがそれは明日もあるわけで……
それに、この人達は何か焦っているような感じがする。一体何に焦っているのか…
わたしは、ユリアさんに気になったことを聞いてみた。
「それはね、く……」
ユリアさんが説明しようと口を開いたその瞬間。
家の近くに大量の魔力の反応を感じ取った。魔術師だけでも軽く20人を超えているかもしれない……一体なんでこんな山奥に!?
「嘘でしょ!?なんでこんなに早く…」
ユリアさんも魔力に敏感らしく、焦りで唇を噛んでいる。
「付けられていたのかも知れませんね。取り敢えず僕と姉さんが行きますのでアリスとメアはここでじっとしていて下さい」
そう言うとウィルさんは腰に細身の剣を吊るしてドアを開けて外に出ていった。
その後を追うように外に出ようとしていたユリアさんに引き止めてわたしは状況を説明してもらおうと尋ねた。
「何がっ…何が起こっているの?」
「メア……」
ユリアさんは腰を屈めてわたしと目線を合わせるとわたしを抱きしめてきた。
そして、頭を優しく撫でながら答えてくれる。
「お母さんの魔術はこの国で一番の偉業なのよ…だから、お母さん亡き今その遺品を持ち去ろうと国の連中が軍隊引き連れて来たってわけ」
わたしは耳を疑った。あれだけ酷いことをして置いてまだお母さんから奪うの……?信じられなかった。出来れば信じたくなかった。これが人のする行いなのかと……
ただ、今は憎めない。憎しみのないわたしの心は只の恐怖と悲しみ、そして微かな怒りが混濁しているだけ。
「なんで…お母さんが死んだことを知ってるの…?まさか、お姉ちゃん達が?」
「それは違う。あたし達はメアの家族なんだから……あたし達はメアを守る為にここに来たのだから。それに、なんで知ってるかだけどね?お母さんの魔力は余りにも強大だったからある程度近づけば気配が無いことくらい分かっちゃうのよ…」
あ……あのこないだ追い返した国の人のせい……
「そうなんだ……疑っちゃってごめんなさい」
わたしが謝るとユリアさんはもう一度わたしをギュッと抱きしめ、立ち上がりざまにわたしとアリスさんに言った。
「アリス、メアを頼むわね?」
「うん!任せてお姉ちゃん!」
アリスさんも笑顔で答える。
「貴方達はここから出ないで。あいつらはあたしとウィルで何とかするから」
そう言って出ていく姿には微かに怒りを感じた。
「ウィル。敵はどんな感じ?」
ユリアはウィルに近づくと敵戦力について尋ねた。
因みにウィルは魔力や風の流れで敵の位置や動き、ましてや色や形まで分かってしまう為目を閉じていても損傷ないのだ。
「んー。魔導師が23人と兵士が10人位ですかね」
「おーおー、なんとも凄い数でのお出ましなことで。さて、どうするかだけど…」
「姉さん。来ましたよ」
ウィルの指さした方を見ると軍隊が足並み揃えてこちらに向かってきている所だった。
そして、向こうの上官らしき人がこちらに気づいたのか気味の悪い笑顔で話しかけてきた。
「ウヒヒ、ちょっとそこのお嬢さんと少年。そこをどいてもらえませんか?」
「断る。それに、あの家に何の用?」
ユリアは威圧しながら要点だけを掻い摘んで言葉を発する。
そんなユリアに圧倒されたのか上官は冷や汗を流しながら愚かにもその目的を明かしてしまう。
「そんなの決まっているでしょうが。死んだ魔女の遺品を使って王に認めてもらい地位を上げてもらう為ですよォ!ウヒヒ」
それを見たユリアは長さ30cm程の先端に宝石の付いた杖を抜き、ウィルも剣を抜き放つ。
「なら、怪我しても文句は言えないね!《嵐よ》!」
ユリアが杖で文字を空中で書くように高速で動かし、一言呟いた直後。
嵐のように吹き荒れる風が杖先から放たれ、直撃した兵士の一人を数メートル跳ねあげ、地面に叩きつける。
「くっ……そっちこそ怪我しても知りませんからねぇ!?皆の者この輩を打ち殺しなさい!」
上官が号令をかけると待機していた兵士達が一斉に二人に襲いかかる。
「ウィル!」
「はい、姉さん!」
阿吽の呼吸で風の魔法で上空に飛び上がったユリアを庇うようにウィルが構え、目を開く様な微かな動きを見せる。
「このガキ、目を瞑ってやがる…」
「舐め腐るのもいい加減にしろよ?」
下品にも叫びながらウィルに殺到する数人の兵士達。
しかし次の瞬間…
「ぐはぁ!」「何がおこぁた?」「痛い…血?」
「貴方達は少々うるさ過ぎる」
ウィルが兵士達の目の前から姿を消し、いつの間にか背後へと移動している。
それも、全員を斬りつけながら。まるで瞬間移動したかのように見せたウィルの行動に攻撃しようとしていた兵士の足が止まる。
しかし、その一瞬を逃すほどユリアも甘くない。
「纏めて潰れな!《押し潰せ、氷の塊よ》!」
突如空中に現れた巨大な氷塊は重力に従い、兵士達を頭から叩き潰す。
「これで残り魔導師だけか」
トンっと氷塊の上に着地したユリアが残りの魔導師や上官を睨みながら冷えた声で呟く。
「ば、化け物め………」
そんな声も形をなす前に消え去ってしまう。
「凄い…」
わたしはふと言葉を漏らしてしまう。
ユリアさんとウィルさんの戦いは見ている者を圧倒するだけの力があった。
「ユリア姉ちゃんは魔法が得意でウィル兄ちゃんが剣術。二人で良く戦ってるよ」
「そうなんだ……」
わたしは現在、アリスさんに抱き締められながら窓から事の成り行きを見守っている。
「万が一だれかが襲ってきても私が護るからね。私だってこう見えて強いんだから!」
「ありがとう、アリスさん」
「もー、私はお姉ちゃんなんだからお姉ちゃんって呼んでよぉ」
「あはは…」
わたしはアリスさんの言葉に口を笑わせて応える。正直ユリアさんたちが気になってしょうが無いのだけど…
ユリアは氷塊の魔力を解き、霧散させると、戦闘不能にした兵士を纏めて魔力の縄で縛り上げた。
「さて、これでもまだやるのかしら?」
ユリアの射殺す様な視線にたじろぐ王国の魔導師軍団とその上官。
黙りこくるその様子に痺れを切らしたユリアは追い払うために大出力の魔法を使おうと呪文を唱え始めたその瞬間。
高らかな笑い声が響き渡った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!なんだなんだ、あれだけ息巻いてた癖にこのザマか?マルクス」
「あ、アルビナ様!……申し訳ございません!今すぐっ…」
マルクスと呼ばれた上官は空中に現れたアルビナと言う女性騎士に慌てた様子でひれ伏し、周りの魔導師軍団に指示を飛ばす。
「まぁ待て、こいつらは骨がある様だ…久々に楽しませて貰おうか」
アルビナは地面に着地すると腰に下げていた剣を引き抜き、ユリアとウィルに切先を向けた。
「あなた、誰かしら?この人達の上司なら即刻引き上げて欲しいんだけど」
「残念だが出来ない相談だ。厄災の魔女の遺品は我らが王国の所有物だ」
アルビナの引きそうにない雰囲気にユリアは唾を吐き捨てる。
ユリアは冷や汗を垂らす。それは、このアルビナと言う女騎士の実力を理解しているからに過ぎない。
今の世の中、魔法や武術を単体で極めても意味が無いと言われている。まぁ、厄災の魔女やその他の名のある魔法使いや魔法を使わずして最強の座を手に入れた騎士などは例外として常識は魔導騎士が志向と言われている。
先程、空中を飛んできた事からアルビナは魔法が使える。加えてこの上官の上司というのだから、まず魔導騎士に間違いは無い。
「譲らないって言ったら?」
「力ずくで奪うまで!」
アルビナが魔法で加速し、ウィルに接近する。
「まずはお前からだ!これが受けられるか?」
「くっ…」
魔力の流れである程度剣筋を予想をしていたウィルはスレスレでアルビナの音速を超える剣をいなす。
尚もアルビナの剣戟は続き、上や下など人間の動きを遥かに逸した動きと速さでウィルを圧倒し切り刻んでいく。
それでもなんとかウィルがスレスレで耐えているには理由があるのだが。
「ウィル!!」
「姉っさん…あと、5秒……」
ユリアの言葉に喉から捻り出す様に声を発する。
ユリアはすぐに指で地面に魔法陣と術式を書きなぐる。魔法陣を使う魔法を陣なしで唱えても上手く発動しないから、致し方ないのだ。
「今助けるから!《大地よ、我が敵を縛り上げろ》!!」
ユリアが叫ぶと、書かれた魔法陣に魔力が流れ、周囲の植物が成長しアルビナの身体に巻き付いて拘束、その動きを止める。
「フッ小賢しい」
ニヤリと笑うとアルビナは自身の身体に炎の魔力を纏わせてまとわりつく植物を焼き払った。
「う、嘘でしょ?ドラゴンですら拘束する魔法よ?……それも詠唱無しでなんて」
「何も驚くことは無い。身体に炎を纏わせる位子供でも出来る。……少し拍子抜けしたな。命乞いをする時間もやらん。今すぐ死ね!」
アルビナは剣に自身の熱を集中させ、鋼を燃え上がらせる。その様は神話に出てくる火を司る天使の様に……
「ダメっ!このままじゃ……」
「め、メアちゃん!?外は危ないよ!」
わたしはアリスさんの言葉を無視してお母さんの形見である白水晶の付いたわたしの身長と変わらないくらい長い杖を抱え、家の外に飛び出した。
「苦しまない様に一瞬で逝かせてやろう」
女騎士さんが燃え上がる剣を掲げ、成す術のないユリアさんたちがその顔を歪ませて居るのが視界に映る。
あの二人を守るにはあの女騎士さんの魔力を上回る魔力量で押し潰すしかない。
そう考えに至ったわたしは走りながら詠唱を唱え始める。
「《わたしは魔法を愛する者、女神よわたしに力を授けよ、全てを打ち消す虚無の剣》!!」
わたしがお母さんに習った最後にして最も得意なこの魔法。スラスラと紡ぐ言い慣れた私だけの呪文。魔力を白水晶の杖に集中させると杖が白く、淡く光り出す。
「め、メア!?なんでここに居るの!隠れてなさいって言ったでしょ!?」
ユリアさんが叫ぶ。わたしは笑顔でそれに応えると二人の前に立ち、女騎士さんに迎え撃つ。いくら弱くなったからってお母さんの魔法に比べたらこの人のなんてどうという物じゃない!
「はっ、餓鬼がお助けとはこれまた滑稽な。纏めて焼き殺してやる!《全てを焼き潰せ、烈火の剣》!」
熱の波動となって襲いかかる魔法をわたしは杖を振りかぶり、叩きつけた。
圧倒的な魔力だった炎の熱線は虚空に呑み込まれるように音なくその姿を崩壊させていく。
そして、周りを燃やし尽くす程の威力を持っていた魔法は霧散し、状況が飲み込めないらしい女騎士さんやユリアさん、ウィルさんにアリスさんが目を丸くして立ち尽くしていた。
「き、貴様は……一体何をした…」
「何って…魔法を消しただけだけ。……それよりわたしの家に近づかないで欲しいんだけど…」
女騎士さんが口を震わせながら聞いてくるので当たり前の事をたんたんと告げてあげる。
わたしはこれ以上この人達が攻撃してくるなら本気で魔力を解放するつもりだ。
「わ、分かったぞ…お前…厄災の魔女の娘だな!?」
何を当たり前の事を言っているのだろう。
「それが…なに?《わかったら、早くどっか行って》……」
わたしは何気ない言葉をとっさに術式変換し、魔力を帯びた杖で地面をコンっと突き立てる。
すると地面に氷が出現し盛り上がる。やがて氷塊は天使の姿となってわたしの背後に守護神の様に立ちはだかる。
咄嗟の改変だったせいで上手く魔力を伝えきれてないけど脅かすには十分だと思う。
巨大な天使の姿を見た兵士達は一目散に逃げ出し、残った女騎士さんも流石に分が悪いと思ったのかブツブツ言いながら去っていった。
「ふぅ…いいよ、戻って…」
わたしは氷の天使の魔力を解き氷塊を霧散させる。
一息付いたところにアリスさんが駆け寄ってきて泣きながら抱きついてきた。
「バカ!あんなに危ない事して!怪我したらどうするの!?」
「ご、ごめんなさい…?」
わたしはアリスさんに抱き締められながら叱られる。んー、相手が魔導騎士だったから怒られるのも仕方ないのかな…?あの熱量を剣に蓄えたまま斬りかかって来られたら流石に無理かもしれなかったけど、魔法として打ち出して来てたし怪我する可能性なんて限りなくゼロに近かった。
「本当に凄いのね。正直呆れちゃったよ」
ユリアさんも笑いながらわたしの頭を優しく撫でてくれる。
その時二人からはとっても温かい物を感じられた。言うなら、お母さんに撫でて貰った時のような。
わたしは怪我をしていたウィルさんに近づいて傷の状態を確認してから家に戻り、薬草を持ってきた。
「…メア?」
ウィルさんが不思議そうにこちらを見てくる。
「ちょっと動かないで…」
わたしは薬草を魔法で素早くすり潰し、その絞り汁をウィルさんの傷口に塗ってあげる。
「取り敢えず暫くしたら傷は塞がると思う…」
脇でわたしの行動を見ていたユリアさんとアリスさんも感心したのか驚いた顔をしている。
「ありがとう、メア。助かったよ」
「えへへ、いいよ、ぜんぜん」
ウィルさんが頭を撫でてくれたのが妙に嬉しくて思わずにやけてしまう。
「さて、じゃあ準備して行こうか!テレポーターまでの馬車は無いし歩いて行かないとダメだけどね」
ユリアさんの号令でわたし達は一度家に入って荷造りを進めた。
今まで育ってきた家を棄てるのはちょっと悲しいけど家族と一緒にいたいから…
ちょっと行ってくるね、お母さん。
こんなお話を読んで下さりありがとうございました。
メアの可愛さが目一杯表現出来たらなって思ってます!
ストックが尽きるまでは週一位で更新していきたいと思ってます




