chapter2(最終章)
たとえ、今まで気づいていなかったクラスでのいじめに気がついたからといって、滝の学校生活に変化が起こるわけじゃない。
9月10日、月曜日の朝、いつもと同じに滝は学校の門をくぐる。
「うわ、今日持ち物検査だよー」
後ろ、男子生徒の集団から嫌そうな声が聞こえてくる。
持ち物検査といってもたいしたものじゃない。教室で担任が、生徒の鞄を見て回るだけなのだ。
大半の教科書やスマートフォンなどがロッカーに置いてあるというのに、教室で鞄だけをチェックして、何の意味があるのかよくわからないけれど、おそらく、親からの要望か何かで学校側も仕方なしにやっていることなのだろう。
真剣に持ち物検査をしたいならロッカーを一つ一つ、鍵を開けて回るのがいいのだろうが、流石に時間がかかりすぎる。それに滝はロッカーに、生理用品を入れている女子を見たことがあった。きっとロッカーまで調べるとプライバシーが何たらと、クレームがくるのだろう。だから、教室で鞄だけを見るという中途半端なことになっているのだ。
......もしもロッカーまで検査されるようなことになれば、葵藍のロッカーが荒らされることもなくなるのだろうか。
「先生もグル、だっけ」
検査をするのは担任だ。その担任はいじめを黙認、最悪の場合は荷担している。
となるとやはり無駄か。それに、ロッカーまで検査対象にするなんてどうやればいいのだ。
自分のロッカーを見て平気な顔をしていた葵の表情を思い出す。滝は、彼女を強いと感じた。あれだけのいじめを受けて、不登校になることもなく、それどころか、彼女の成績はかなり良かったはずだ。何度か、テスト順位の上位者に名を連ねているのを見た記憶がある。それに、あと半年もすれば僕たちはこの中学校を卒業する。ずっといじめが続くわけじゃない。きっと、放っておいても時間が解決してくれるだろう。
死ねという文字が、もう私には死ねという文字に見えないと、笑っていた彼女の顔を思い出す。
でも例え、何も変わらない結果になったとしても......。
滝はもう一人の自分に返事する。
「わかったよ......しょうがないなあ」
次の日、9月11日。いつもは月曜日にしか行われない全校集会が5時間目、授業を削って臨時で開かれることになった。相当な緊急事態だろうか。
全校生徒の前で校長が口を開く。
「急に集まってもらってすまない。出来るだけ早く終わらせて、生徒諸君に授業に戻ってもらう為にも、これから話すことをよく聴いた上で自らの良心に従って行動してほしい。......今日、非常に残念なことが起こってしまった。端的に言うと、煙草が2箱、すでに封が開けられていたものが、教室のゴミ箱からみつかった。おそらく、昨日の持ち物検査を回避するために捨てたのだろう。なお、先生達にはその煙草と同じ銘柄を吸っている人がいないということは確認済みだ」
ざわつく生徒達。
「静粛に。......煙草を捨てた生徒は速やかに名乗り出て欲しい。決して悪いようにはしない。学校は生徒の立場を全力で守ると、ここに約束しよう。......私の話は以上だ。皆、授業に戻るように」
集会はわずかな時間で終わった。全校生徒が講堂に集まるまでの時間の方が長かったくらいだ。
「ロッカーに隠せば見つからないのに、なんでゴミ箱に捨てたんだ、馬鹿じゃないの?」
「さあ?面倒臭かったんじゃない?」
女子生徒が推測を話しているのが聞こえる。
面倒臭い、ね。本当にそんな理由でゴミ箱に捨てたのなら確かに馬鹿だ、と滝は思う。
さあ。ここからだ。
9月12日。またも同じように煙草が見つかったとの話を担任から告げられる。自分のクラスに犯人はいないと思うけれど、もしもいたなら正直に名乗り出てほしいとか、うんたらかんたら。それを名乗り出るわけねーだろ、と冷めきった表情で聞く生徒達。
先生の話によると、今度はお菓子の袋も見つかっているようだ。煙草に比べればどうってことない問題だけど、こちらも心当たりのある者は正直に名乗り出るようにと告げられる。
9月13日。
週1回、月曜日にしか行われない持ち物検査が臨時で行われる。まあこれだけ煙草やお菓子が見つかれば当然だろう。親からの要望もあったかもしれない。本来なら警察が絡んできてもおかしくはないだろう。未成年の喫煙は立派な法律違反だ。
でも、この持ち物検査が全くの無意味であることは、生徒も教師も理解しているはずだ。教室でいくら鞄をチェックしたところで、ロッカーに隠してしまえば見つからないのだから。それなら、クレームがくることを覚悟で、生徒のロッカーを一つずつチェックする?それとも、このまま無意味な持ち物検査を続けるか。どちらの方法でも確実に学校に批判が集まるだろう。
だが、ここで重要なのは、学校側が今回の事件に対して、何らかの対応を取ったという建前さえあればいいということだ。極論、このまま煙草を持ち込んだ生徒が見つかることなく、喫煙を続けるとしても問題は特にない。煙草が見つかっても隠蔽してしまえばいいのだから。むしろ、最初に公表したのが失敗だった。
学校は今回の事件に対して、何らかの対応をしなければならない。そして持ち物検査だけでは無意味、建前としても不十分だが、だからといって全校生徒のロッカーを調べるという強行手段に出るわけにもいかない。それなら、
「なるほど。こうすればいいのか」
9月16日、登校して、全面ガラス張り、透明になったロッカーを見て滝は苦笑する。ロッカーを調べるわけにはいかないが、ロッカーの中が怪しくないということはアピールしなければならない。生徒に対してプライバシーを守りながら、監視されているという意識を植え付けることも出来る。
「腐っても私立、金だけはあるな......」
事件から五日でこの透明のロッカーを用意したのか。予想よりだいぶ早かった。
「ちょっと来なさい」
放課後。滝が帰宅という崇高な目的の為にロッカーの前で靴を履き替えていると、急に腕を捕まれた。
誰かと思えば葵藍だ。僕の腕をずんずん引いて進んでいく。
「おい、どこ行くんだ」
「いいから来なさい」
「......」
有無を言わせない彼女の口調に、滝は黙り込む。
彼女はそのまま滝を屋上に連れて来た。
「何してんのよ」
「何が」
「煙草とかお菓子とか......。あれ、あなたがやったんでしょ」
「まさか」
「じゃあ、鞄を見せてくれる?学校側が何かしら動くまで、煙草やらお菓子やらをばらまき続けるつもりだったんでしょ。でも、学校側がいつ動くかまではわからないから、今日も持ってきてるはずよ、見せて」
「......」
「図星ね」
「わかった、認めるよ」
滝は両手を上げて降参の意を示す。
「あれをやったのは僕だ......でもよくわかったね」
「......あんな何もできない自分が悔しい!みたいな悲痛な背中で立ち去っていかれたら誰だって君がやったんだって思うわよ......まあ今日、あの様変わりしたロッカーを見て気づいたんだけどね」
えー......。悲痛な背中とか、そんなつもりは毛頭なかったんだけど......。というか、かなり恥ずかしくないか......。じゃあ動機もばれてるようなものか......うん、本当に恥ずかしくなってきた。
「あれで、いじめが終わると思う?」
「少なくとも、君のロッカーが荒らされることはなくなるんじゃないかな......あの惨状を他のクラスの生徒や教師に見られたらいじめだって一発でわかるだろうし......同じクラスの僕がいじめに気がつかないくらい、彼らはいじめがばれることに対しては敏感だしね。ばれるリスクが高いならやめるかもしれない」
「担任が黙認してる事例を知ってる私からすれば、心許ない理由ね」
「じゃあ、いい案がある。これから毎日、君は自分のロッカーに何か、面白い物を飾るんだ。外からよく見える所に......そうだね、例えばめちゃくちゃ上手なアニメのキャラクターの絵とか......100点のテスト用紙とか、逆に0点のテスト用紙とか。校則違反じゃなくて、人目をひくものならなんでもいい」
「......?」
「そうすると、君のロッカーはこの学校で有名になる。君のロッカーを見に行けば、何か面白い物が見れるらしい......そういう噂が立てば上出来だ。葵藍のロッカーは四六時中、全校生徒の監視の目に守られることになる」
「......よく考えつくわね」
「昔、僕もいじめられていたからね」
「......!」
「冗談だよ」
「笑えない冗談はやめて欲しいんだけど......」
「そうだね、ごめん」
沈黙が下りる。
「で、何であんなことしてくれたの?」
う。聞いてくるのか。
「いや、それはまあ......」
「私のこと好きなの?」
直球やなー。あれ、何で関西弁。
「うん、好きだよ、割と......」
「わお。照れるー」
顔に手をあてる彼女。
......全く照れてないな。
「じゃあ、僕は帰るよ」
滝は鞄を背負い直す。前にも彼女に同じセリフを言ったなあと思いながら。
「待って、私も一緒に帰る」
「......どうして」
「いいじゃない、別に。割と好きなんでしょ?」
「道中、面白い話とか期待されても困るよ......僕には何もできない」
「別にする必要もない、けどね」
いたずらっぽい表情で言う彼女の言葉に、滝は目を見開く。
そして少し考えた後、溜息をつく素振りをしながら今回は、葵藍に向かってこう言うのだ。
「わかったよ......しょうがないなあ」
改定したことで、滝と葵が(改定前では少年と三田が)話すシーンを増やせたことが個人的には一番の収穫です。そこを書きたくて改定したようなものなので......。