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市場の一角に二人の男女がいた。
一人は金髪の美貌の青年。
もう一人は美しい黒髪の変凡な顔立ちの女性。
彼、サルバト・リードはその女性に見覚えがあった。
帝国の貴族に嫁いで来た、ホミナ王国出身のポーリン・サリア夫人だった。
サルバトはニヤリと意地の悪そうな顔をして笑って、二人に近づいた。
「サリア夫人!」
長身に紫色の髪の鬱散臭い男性がポーリンをそう呼んだ。
ポーリンは彼を見ると途端に露骨に嫌な顔をした。
そんな姉の様子を見て、ダリルはポーリンを守るように前へ出た。
「ナイト気取りの坊やか!
サリア夫人!人妻の身で逢瀬なんて、いくら旦那さんが相手してくれないとはいえそんな女だと思わなかったぜ。」
「ダリル、いいの!知り合いなの。」
ポーリンは男性、サルバトをキッと睨みつけて言った。
「この子は弟のダリルよ!
サルバト、随分な嫌味ね!それとも私が離縁したのを知らないのかしら?」
「えっ?弟?離縁?」
困惑するサルバトに、ポーリンはヤケで言った。
「半年前に出戻りましたよ!何か?」
「いや、そうかそりゃ悪かったな、サリア夫人。」
「夫人じゃないわ、私の名前はポーリン・レームよ。」
「悪い悪い!レームさんね。
とこれまた似てない弟さんで。」
「悪かったわね!似てなくて。
母親似なの家の弟は、どう?いい男でしょ?」
ポーリンは自慢げに言った。
「ダリル・レームです!貴方は?」
「冬の民のサルバト・リードだ。商人をやっている。」
「異国の商人ですか‥」
ダリルはサルバトという男を上から下までじっくり見た。
くせっ毛の紫の髪と濃紺の瞳。
薄汚れた顔、異国風な服装が埃っぽいのはホミナに着いて間もないのだろうか。
ダリルはピーンときていた。
「レームさんよ!あんな旦那さんと別れて正解。
よく、今まで我慢出来たもんだ。顔だけだぞアレは!」
間違いない、この男は姉に気がある。
ダリルはサルバト・リードを敵だと認識した瞬間だった。
「男は星の数だぞ!あんたはまだ若い.これからこれから!」
「女も星の数よ!
それにもう男なんてこりごりよ!」
「どうした?出家でもするのか?」
「‥‥それもいいわね。」
真顔で考え込むポーリンに焦るサルバト。
「本気か?
俺は冗談で言ったんだがな‥」
「姉さん、買い物は?」
と割り込むダリル。
ポーリンはそもそもの目的を思い出したようだ。
「そうだったわ!サルバト、今何処の宿をとってるの?」
「いや、まだ決めてない!
‥そこにするか!」
と、目の前の宿屋、宿り木を指差した。
そういう性格なのか適当に決めるサルバト。
ポーリンは時間が空いたら訪ねると言ってそこで別れた。
二人の後ろ姿を見送ったサルバト。
「俺にもチャンス到来かあ?」
と空を仰ぐ。
途中邪魔者が入ったが姉との買い物は楽しかった。
幸せを噛み締めるダリル。
二人が最後に足を運んだのは市場の路地裏にある手芸屋だった。
ポーリンの趣味は刺繍で、その腕前を大神官に披露したかったもよう。
その材料を買いに来たのだ。
昔馴染みの手芸屋の店主はポーリンがホミナに戻っていた事に驚いたが何も聞かずにいてくれた。
店を出た二人は、母の墓を訪ねてから家に帰って行った。