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翌日、ポーリンは珍しく台所に立っていた。
アップルパイを作っていたのだ。
途中継母によって邪魔をされるが、アップルパイは無事に焼けたようでバスケットに詰めて、出かけて行った。
一つは母に供えて、一つは神殿へ持って行った。
神殿では、ポーリン大神官が笑顔で出迎えてくれたのだ。
キリアンの姿はなく出かけているかと思っていたら、彼は聖都アメイヤに戻ったようで。
「そうですか、残念です。」
「機会があればまた会えますよ。」
「ポーリン、私の元々の名前はアシュレイです。
神官となって、ポーリンと名乗るようになりました。」
「私と同じ名前ではなかったんですね。神官になってから名前を変えないといけないんですが?」
「ええ、昔からの伝統です。
家名も地位も財産も捨てないといけません。」
「それって相当の覚悟がいりましたね。」
「家名を捨てますが、家族の縁はそのままです。
あと神官となってから俗世に戻るのも可能ですが、二度と神官には戻れません。」
それから大神官ポーリンは自分の出生を語ってくれた。
大神官はコーウェン帝国のヴァンハイクという貴族の家の跡取りだった。
帝国に嫁いだポーリンはその家名を聞いたことがあった。
確か、大貴族ヴァンハイク家。
大神官の出生に驚いたが、その身に纏う気品に納得がついた。
貴族の暮らしがあまり好きじゃなかった大神官は、誰かの役に立つ仕事がしたくて、人助けをする教団エジェカ教の神官となった。
その後ヴァンハイク家は当主になりたがっていた妹が跡を継ぐことになった。
それが、二十年以上前の話し。
「大神官様は教団に入って良かったですか?」
「今思うと、勿体無い事をしたって思ってるわ。
でもこの二十年は私にとってかけがえの無いものよ。
楽しい事もそうでない事もあったわ。
後悔はないと言えば嘘になるけど、私は幸せだわ。」
そう語る大神官にポーリンは目を輝かせた。
自分も何かやりたい事を見つけたいと思えたのだ。
「あなたは、まだ21歳。
これからやりたい事を見つけるのもよし、このまま変わらずに過ごすのよし。
決めるのは貴女自身よ、ポーリン。
自分の進むべき道を。」
その言葉はポーリンの胸に刺さった。
ポーリンが今必要なのは進むべき道だと大神官は悟したのでした。
家に戻ると、珍しく弟の姿があった。
「お帰りなさい。」
と出迎えてくれた弟に。
「それは私のセリフのような‥まぁ、いいわ!
ただいま、ダリル。」
姉と弟は談話室の一角に腰をかけ、久し振りの会話を楽しんでいた。
いつもなら何処からかすっ飛んで来る継母の姿は見当たらずにいた。
「ウィルマさんなら父さんと一緒に出かけたよ。」
「そう。」
「母さんが、亡くなってだいぶ経つよ。
ウィルマさんを継母として認めたらとまでは言わないけど、そこまで邪険にすることはないじゃないかなあ。」
ダリルの言葉にポーリンは困ったように言った。
「分かってるわ‥」
「それより、どこに行ってたの?」
「お母様の所と神殿よ!」
「神殿?何しに?」
ポーリンは昨日からの出来事を話した。
ダリルは姉の話を黙って聞いてくれた。
「いい巡り合わせをしたね、姉さん!」
「そうでしょう!
エジェカ様のお導きでしょうね。
女神に感謝を!」
姉は少しエジェカ教に染まったようだとダリルは思った。
その顔色がだいぶ良いことに安心した。
これでも姉の事が心配で仕事が手に付かなかったのだ。
見兼ねた上司に事情を訊ねられて、正直に話すと自宅待機を命じられた。
休めって事なんだろうけど、相変わらず無茶苦茶な上司だ。
その後職場でダリルがシスコンという噂がたってしまう。
「姉さん、明日何処かに行こうよ!」
「いいけど!ダリル、貴方勤めは?」
「それは大丈夫!上司から久しぶりに休暇をね、頂いたんだ。」
「そう、なら良かったわ!
明日は大神官様が御多忙で、お会いできないの。
そうだわ、久しぶりに市場を覗きたいわ。」
「市場ね、了解!」
弟は母親譲りの美貌をだらし無く崩した。嬉しさで。
お姉ちゃんっ子は現在のようだった。