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ある晴れた日のこと、町の片隅にある墓場。
ポーリンは今日もそこにいた。
母の墓の前でただ佇んでいた。
亡くなってから十年以上は経った。
悲しみは薄れ、寂しさと母との思い出が残った今。
裕福な商人の長女として生まれたポーリン。
なんの不自由もなく育ち、彼女が成人すると同時に他国へ嫁いだ。
嫁ぎ先は貴族の家で美しい男性のだった。
それもわずか三年で離縁した。
夫だった男には恋人がいて、ポーリンと結婚してからもその関係は続いていた。
とうとう半年前、その愛人を家に連れて来て、住まわせたのだ。
耐え切れなくなり、家を出たポーリンを家族は暖かく出迎えてくれた。
けれど、三年の月日は短いようで長い。
ポーリンの家族はたくさん変わった。
父は後妻を娶り、新婚ラブラブの一年目でした。
母に先立たれて寂しいのは分かるけど‥‥嫌悪感を抱いた。
何故なら継母は自分より可愛らしい十六歳の少女で、父親の性癖がロリコンだと発覚し、距離を置いた。
尊敬していたのに。
妹は幼馴染の好青年を婿に取り、丸々とした赤ん坊を産んだばかりだ。
私にとっては可愛い甥っ子で、抱かせてもらったがなんだか壊れそうで怖かった。
妹夫婦は初めての子育てで大変そう。
でも幸せそうで、私は複雑な心境だ。
弟はその若さと平民出身の身分で異例の出世をしていた。
なんと、王太子付きの騎士になったのだ。
忙しくてなかなか家に帰って来ない。
私が家に戻ってからも一度しか顔を合わせてない。
昔はお姉ちゃんっ子だったのにな。
なんだか、寂しい。
一人取り残されたようで、家の中で居場所がないと感じてしまう。
継母のウィルマはなんとか私と仲良くしょうと何かと構ってくる。
私は自分より三歳年下の少女をどうやっても母と呼べないし、亡くなった母を思うと継母を認めたくない。
つい、冷たい態度を取ってしまう。
悪い娘じゃないと思うけれどと、罪悪感が芽生える。
家に居づらくなり、毎日のように母の墓を訪れるようになった。
その帰り道、階段で転んでしまった。
ぼけっとしていたからだ。
我ながら情けない。
起き上がろうとしたら、声をかけてくれた人がいた。
「大丈夫か?」
顔を上げると、優しげな眼差しの男性だった。
「立てるかい?
血が出てるじゃないか!」
手を差し伸べて、助け起こしてくれた。
「ありがとう、ございます。大丈夫です。」
ハンカチを差し出されて、条件反射で受け取り、痛みのする部分に当てた。
「あっ!ごめんなさい!ハンカチをっ」
ハンカチを返そうとして、布地に付いた血を見て驚いた。
「ごめんなさい、汚してしまって!」
「いいんだ、ハンカチは貴女に差し上げます。気にしないで!」
にこりと優しく笑った彼はキリアンと名乗った。
「ポーリンです。」
「よろしく!
それより、顔の傷、残るといけないから治療しないと」
近くのベンチにポーリンを座らせた後、キリアンは失礼と、ポーリンの顔に触れた。
触れた部分から暖かくなって、傷の痛みが徐々に引いていく。
ポーリンの傷は綺麗に塞がり、傷口から伝った血だけが残った。
「ありがとうございます!キリアンさん。」
「キリアンでいいよ。」
「キリアンは神官様でしたか!」
ポーリンは尊敬の眼差しで長身のキリアンを見上げた。
神官服ではなく、趣味の良い落ち着いた色合いの服装は一見何処かの若旦那のように見える。
「こう見えても一応神官職を勤めてるよ。」
「あっ、傷を治してもらったお礼を!」
鞄を漁り始めるポーリンに、キリアンは言った。
「傷の治療は無料だよ!お金は取らない。」
「いえ、気持ちだけでも!」
「いいんだ。それよりポーリン、今暇かい?」
キリアンは神殿においでと誘ってくれた。
今、えらい神官様がいるらしいから会わせたいと言ってくれた。
神殿はすぐ近くだった。
ホミナ王国で一番大きなエジェカ教の神殿。
神秘的な作りの建物で、巨大な女神像が最奥に飾られてる。
ポーリンが此処に来たのは数える程度で、最後に来たのは嫁ぐ前の時だった。
女神エジェカの女神像に祈りを捧げた後、キリアンはポーリンを一人の女性に紹介した。
高位の神官服を着た女性神官だ。
名をポーリンと名乗った。
ポーリン大神官は落ち着いた雰囲気の中年女性で、話が絶えない人物だった。
初めは自分と同じ名前で驚いて戸惑ったポーリンだったが、次第に大神官に心を開いて自分の事をペラペラと話し出したのだ。
キリアンが途中から居なくなったのも気付かなかったほど夢中で。
最後には子供のように泣きじゃくった。
夕暮れキリアンが家まで送ると言ってくれた。
「キリアンありがとう。
大丈夫!1人で帰れます。」
「そうか、いつでもおいで。
ポーリン大神官はしばらく此処にいるから。」
キリアンは大神官を見て言った。
大神官は優しく頷いた。
「また、来ます!
話を聞いてもらえてスッキリしました。
本当にありがとうございます。」
ポーリンは二人に頭を下げて軽い足取りで家路についた。
「同じ名前で驚きました。なんの偶然でしょうか?」
「俺も驚いた。
彼女には今、話し相手が必要と感じたからちょうどいいと思ってポーリン大神官に合わせたんだ。」
「良い判断でしたね。彼女の顔色が明るくなりました。身体だけではなく心も癒すのが我々の勤めですから。」
「彼女はまた訪ねてくるだろう。その時は頼んだよ。」
「もちろんです、猊下。」
「今日にもアメイヤに戻る。」
「急ですね。あの方と逢えましたか?」
途端にも顔が険しくなるキリアンに彼女は何も言えなくなった。
私はウィルマ、一年前にこの家に後妻として嫁いできました。
年上の素敵な旦那様。
年上の子供達に更に孫も出来ました。
周りが何と言うと、私は幸せです。
ただここ最近、一番上の娘が嫁ぎ先から出戻り、元気がなく塞ぎ込んでいる。
私に冷たいのはいいが旦那様も冷たく、旦那様は気にしているご様子です。
原因は間違いなく私でしょうね。
なんとか打ち解けようと頑張りましたが、駄目でした。
もうすぐ日も暮れますが、今日はポーリンさんはまだ帰って来ません。
心配で外に出て見ようかと思ったら、彼女は帰ってきました。
「お、お帰りなさい。」
いつもだったら無視だったが、今日は。
「ただいま。」
それは晴れやかな表情で。
返事を返してくれたのだ。
ウィルマは呆気に取られたが、段々嬉しさが込み上げて来て、ポーリンに纏わり付いた。
質問責めのウィルマに、うっとしそうなポーリンのこの家でのいつもの光景があった。