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電海のフラガラッハ  作者: 黒崎江治
魂のサウダージ
59/60

オペレーション -6-

 かつて建物を外から見たときは、さぞや内向的でひねくれた資産家が住んでいるのだろう、と想像していた記憶がある。これまでにそれを確かめる機会はなかったので、中庭まで立ち入るのは初めてだった。広さは縦横二十メートル以上あるだろう。


 住民は各自の部屋に閉じこもっているようで、辺りは静かだった。非常灯が緑豊かな庭を浮かび上がらせ、おそらく人工池のものと思われる水音がした。


 共用スペースである中庭の周囲には、三層に重なった回廊がある。玄関の数は十か、十二か。


 草木の向こうに、ちらつく懐中電灯の光が見えた。警備の人間だろうか。


 裏口があるのは建物の西側、表口は東側。南側の回廊に少なくとも一名がいる。暗視装置ノクトビジョンは使用していないが、その口元には黒いマスクが見えた。屍食鬼グールだ。


 屍食鬼グールが守っているならば、夏大偉シァダーウェイも間違いなくここにいる。隊員が一人で行動しているとは考え辛い。あからさまな警備にならないよう少人数で行動しているとしても、最低もう一人はどこかにいるはずだ。


 だが、二人で固まっていないのは我々にとって都合が良かった。これもおそらく、チャオと兼城が騒ぎを起こしているおかげだろう。


 私は陽花をその場に残し、中庭の植木を遮蔽にしつつ、ゆっくりと屍食鬼グールに近付いた。水音が都合よく私の気配を軽減してくれているが、あまり近づきすぎると気付かれる。十二、三メートル。このあたりが限界だ。


 消音器サイレンサーを付けているため、銃声はそれほど響かない。しかし壁に当たれば音がするし、一撃で殺し損ねれば声を上げられる。


 肺と心臓のある胸部を撃って即死させたいところだが、おそらく防弾衣を身に付けているだろう。頭を狙うしかない。


 隊員は扉の前を動かない。私は消音器サイレンサーの装着された重い銃身を目前に据え、黒いマスクのやや上に向ける。


 息を止めて、狙撃する。ガスの抜ける小さな音が草葉を揺らした。


 命中。屍食鬼グールの身体は力を失い、声もなくその場に倒れた。私は素早く駆け寄り、陽花に合図を出す。


「突入する?」

「少し待て。まだいる。この死体を通路から除けといてくれ」


 私は近寄ってきた陽花を制した。表口の方に、懐中電灯の光が見えたからだ。屍食鬼グールからマスクとチョッキを奪い、素早く身に着ける。マスクに付いた血の臭いが吐き気を催させるが、今は気にしている場合ではない。死体は陽花に隠してもらった。一目で分からなければ、すぐに気付かれても支障はない。


 光が翻ってこちらに向いた。表には大きな異常なし、として戻ってきたのだろう。


 気付かれるかどうかギリギリの地点。相手が私の射程内に入った所で銃を向け、その顔面目掛けて数発の弾丸を叩きこんだ。これで二人。


 中庭の警備はおそらく排除できた。あとは室内だ。


夏大偉シァダーウェイが無力化できたら、フラガラッハの停止コードを流す。そうすればコントロールを取り戻せるはず』

「了解。幸運を祈ってくれ」


 弾丸を確認した。まだ十発ほど残っている。そして私は玄関扉に手を掛けた。電子ロックは機能していない。


 ゆっくりとノブを引く。数センチの隙間から、LEDランタンの明かりが漏れていた。しかしガチリと小さな音がして、それ以上扉は開かなくなった。


 チェーンが掛かっている。停電やサイバー兵器の攻撃でも、こういった物理的な障害は如何ともしがたい。これくらいなら拳銃弾で破壊できるが、さすがに気付かれるだろう。


 もちろん、ここまで来て諦めるという選択肢はない。私は銃口を真鍮のチェーンに押し当て、トリガーを引いた。


 金属が弾け、室内に音が響く。私はドアを開放し、陽花の楯になりながら室内に進入する。目前には廊下。その先の扉が開いた。


 私は躊躇せず、見えた人影に発砲した。しかし相手の判断も早い。緊張で鋭くなった私の感覚は、バラ撒かれた複数の弾丸を捉えた。サブマシンガンだ。


 発砲のタイミングはコンマ〇五秒私が早かった。それより少しでも遅ければ、致命的な連射が私の胴体に向けられていただろう。


 銃弾は相手に命中して致命傷を与えた。しかし私にも被弾の感覚があった。右太腿に一か所、左肩に一か所。


 まだしばらくは動ける。


「あ、あ……」

「大丈夫だ。気を抜くな」


 位置関係が功を奏して、陽花に弾は当たらなかったようだ。彼女の動揺を抑えて、私は先ほど相手が出てきた扉の奥へと進む。


 ここはリビングか。扉が開ききる前に、私の頭上数センチを弾丸が通り抜けた。中にいる人間が扉越しに発砲したのだ。


 私は反射的に頭を下げた。しかし負傷した脚に力が入らず、そのまま室内に倒れこむことになってしまった。


 腕で身体を支えるが、咄嗟に動けない。中の人間に致命的な隙を晒している。


 そして抑えた銃声が響いた。私は一瞬目を瞑ったが、肉体に痛みはなく、また意識も途切れなかった。二度三度と発砲は繰り返された。


 私のすぐ横に誰かが倒れこむ。次いで陽花の荒い息が聞こえた。


「殺したか」

 私はうつぶせのまま陽花に声を掛けた。


「殺した」

「よくやった」


 被弾した二か所が酷く痛み、起き上がれそうにない。出血も激しい。


 私は自分の横にいる人物を見た。高価たかそうなスーツに身を包んだ男の額には、刃物で出来た傷があった。夏大偉シァダーウェイだ。


 それは深大な陰謀を巡らせた警察官僚の、実にあっけない最期だった。


「ジュリア、頼むぞ。俺はもう死にそうだ」

『……了解。すぐに停止コードを送る』


 ジュリアは冷静に仕事をやってくれそうだ。陽花はまだ私のすぐそばに佇んでいる。


 なんとか仰向けになり、右手で左肩の銃創を押さえる。頭上にあるシャンデリアに光が点いた。電気が復活したのだ。どうやらこの部屋に端末はないらしい。


「陽花、しっかりしろ。屋内のどこかに端末がある。探せ」


 彼女はまだ硝煙を上げている拳銃を取り落とし、フラフラと廊下に戻っていった。あとはうまくやるだろう。


「よし……」


 肉体から、血と一緒に興奮も流れ出していく。私は大きく息をついた。これでようやく、岱輿城市ダイユー・シティに戻れる目途が付きそうだ。陽花の魂も、きっと懐かしい思い出に浸れるようになるだろう。


 幾度も渦に呑まれかけ、銃火を潜った。しかし辛うじて消し飛ぶことなく、我々は目的を達した。陽花に出会った時、私は確かに退屈していたが、まさかここまで刺激的な事態に発展するとは思わなかった。しかしそれも、結果を見れば悪くなかったのだろう。


 私は意識が遠のくのを感じた。仕事と金と事務所の心配をするのは、次に目を覚ましてからにしよう。どこかから放送が聞こえてくる。雷富城レイフーチェンがシティ全域に対して、夏大偉シァダーウェイの死亡を知らせ、事態の収拾を呼び掛ける声だった。


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