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電海のフラガラッハ  作者: 黒崎江治
魂のサウダージ
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オペレーション -1-

 黑色女人ブラック・レディの拠点を襲撃し、渡航の障害を排除するという大胆な行動はなんとか成功裡に終わった。


 私が後から聞いたところによると、貨物船の数か所ではかなり激しい戦闘が発生したようだった。私と陽花が負ったのはせいぜい痣と擦り傷程度だったが、船底での爆薬取り付けに参加したチャオは、脇腹を何ミリかの深さで削り取られる羽目になった。


 襲撃には我々のほか、主に海虎一家から成る十数名が参加した。被害は重傷者が三名、軽傷者が四名。幸運だったのか手際が良かったのか、死者は出なかった。行動不能になった重傷者も、全員を回収することができた。


 敵側の詳細な損害は不明だが、襲撃時の拠点には黑色女人ブラック・レディの構成員が二十名弱おり、私が知り得た範囲では、半数以上が殺害ないし無力化されたそうだ。


 生き残った構成員の処遇について、詳しいことは分からない。末端の連中は、華南軍閥に吸収されることもなく、もはや不要と捨て置かれるか、犯罪者として拘束されるか、永遠に闇へと葬られるか、とにかくそういった種類の末路が用意されていることだろう。


 少々哀れではあるが、過激なマフィアとして活動してきたのだから、因果応報と考えるべきなのかもしれない。


 何にせよ、周到な準備と命知らずな協力者達のおかげで、我々は五体無事なまま生還し、今度は復讐の本番に臨むこととなる。チャオの傷も数針縫う必要のあるものだったが、本人は落伍するつもりなど毛頭なさそうだった。


 そして黑色女人ブラック・レディを壊滅させ、紅媚娘ホンメイニャンを爆殺した翌日の昼。我々は再び、オートマタ本社ビルの最上部にある、広い役員用会議室に集っていた。話題は当然、岱輿城市ダイユー・シティへの渡航に関するものだ。


 とはいえ、今更これからの方針を話し合う訳ではない。岱輿城市ダイユー・シティに帰還し、雷富城レイフーチェンが権力を回復するまでの道筋は、私や陽花が書くにはあまりに政治色の濃く、大局的なものだからだ。この場では、既に練られた計画の概要を、我々で共有し把握しておくことが目的となる。


「では、ブリーフィングを始めましょう」

 ホテルから来た我々が到着して早々、議長席に座ったジュリアが言った。


 会議室には彼女と、私、陽花、チャオのみがいる。兼城と雷富城レイフーチェンは不在だ。彼らは既に各々の準備に入っている。


 見栄えのいい資料も、大仰な映像もない。ジュリアの背後にあるディスプレイには、二種の地図だけが映されていた。一つは香港南部から岱輿城市ダイユー・シティまでが収まる広域のもの。もう一つは岱輿城市が大部分を占める狭い範囲のもの。


「どうぞ。司令官殿コマンダンテ

 チャオが軽口を叩く。ジュリアはそれに咳払いで応じた。


「今回の作戦は二つのフェーズに分けられる。第一フェーズの目的は、無事シティに上陸すること。第二フェーズの目的は、シティ陸軍を掌握し、行政府およびパシフィックのコントロールを奪還すること。その過程では、夏大偉シァダーウェイの拘束ないし殺害も優先される」


 ディスプレイ上に、猜疑心の強そうな男の画像が表示された。

「顔は一応、覚えておいて」


 正式に入手したものではないからか、解像度のあまり良くない写真だった。シァのやや後退した額には、一線にいた頃に付いたのだろう、刃物による目立つ傷があった。


「作戦の開始は今夜午後十時」


「渡航の手段は?」

 私は尋ねた。


「小型船舶。けれど接岸はしない。陸地の一キロ手前で船から降りて泳いでいく」

「クロールでか」

「まさか。水中ドローンに捉まっていくのよ」


 夜陰に紛れていくとは言え、船で陸まで近づけば、人間の目と耳で感知されてしまう。泳いで行ってもそのリスクをゼロにすることはできないが、シティの情勢が緊迫し、パトロールの数も多いと考えられる現状、見つかる可能性は少しでも小さくしたい、というところだろう。


「ヘリで格好よく登場したいところですが、危険を考えるとそうなりますね」

 チャオが肩をすくめた。


「どこに上陸するの?」

 陽花が小さく手を挙げて質問する。


港湾地区ダイユー・ポート。陸軍司令部から一五〇メートル地点。これが本命で、他二か所の予備地点」


 ジュリアがディスプレイを振り返ると、拡大された地図に赤い光点が表示された。シティ北東部の港湾地区ダイユー・ポート。そこにある司令部から中央街区セントラルにある行政庁舎までは、二〇〇〇メートルしか離れていない。部隊が行動を開始すれば、二十分以内に到達できる距離だ。もちろん、何の妨害も受けない、という前提ではあるが。


「予備地点は使わないことを祈ろう」


「そうね。無事に上陸できれば作戦は第二フェーズに移る。主体となるのがリウ少佐指揮下の陸軍三個中隊で、兵力約三〇〇。彼らによる行政庁舎の奪還が成功すれば、パシフィックのコントロールも取り戻せる」


「防衛として動員される警察官はどれくらいでしょうね。三〇〇〇のうち一〇〇〇か、一五〇〇か」

 目的を阻む障害について、チャオが言及した。


「半数以上は治安維持に割かれる、と私達も予想してるわ。主流派と香港派、双方の支持者が衝突して発生する混乱を、まったく放置する訳にはいかないはず」


「軍はどうです?」


「海軍と空軍の人員は一二〇〇。投入可能な航空機と船舶は多数。これらの勢力を、少なくとも敵対させないためには、レイ市長がどれだけの存在感プレゼンスを発揮できるかによる。それぞれを統率する将校の政治的志向は不明で、行動が読みにくい」


「ある程度は出たとこ勝負か」


 私は腕を組んで、表示されている地図を見つめた。海軍と空軍が敵に回れば、まずレイ市長側に勝ち目はない。しかし夏大偉シァダーウェイは警察出身。軍への影響力はそこまで強くないはずだ。


「そして、計画に大きな役割を果たすのが、我々の最終兵器であるフラガラッハ」


 その単語を聞いて、陽花がほんの少し姿勢を正した。システムを広範囲に攻撃し、致命的な混乱をもたらすフラガラッハ。高度にネットワーク化された岱輿城市ダイユー・シティのような都市に対しては、極めて有効なサイバー兵器だ。


「いつ使うんだ」

 私は尋ねた。


「陸軍が動く直前に。その隙と動揺をついて強襲する形ね」


「セキュリティは突破できるんでしょうか?」


 チャオが疑問を差し挟む。パシフィックは一都市の行政全般を司る重要なシステムだ。末端に侵入してデータを盗むだけならまだしも、全域を混乱させるのは容易でない。フラガラッハがいくら強力とはいえ、外側からの攻撃では効果が限定される。


「突破できる。正確には、突破する必要がない」


「……バックドアですか」

「その通り。オートマタ製品であるパシフィックには、予め仕込まれた中枢への裏口バックドアがある。コントロールを奪うまではできないにせよ、侵入するのは難しくない」


 ジュリアがこちらを見ながら平易に説明してくれる。要するにフラガラッハを使用する際に、セキュリティの堅固さは考慮しなくていいということだ。それさえ解れば、私にとって問題はない。


「とはいえ、全てにおいて確実なことは言えない。でも作戦に大きな不備はないと思う。それにこの機会を逃せば、情勢を覆すのは極めて難しくなる」


 我々は少しの間沈黙したが、陽花がそれを破った。

「私達の役割は?」


 彼女の言葉に、ジュリアが複雑そうな表情をした。

「作戦上は、海虎一家による妨害行動の中に組み込んであるわ。行政府後方での攪乱ね」


 ジュリアは、その役割に我々が満足しないことを理解している。我々も、彼女が理解していることを理解していた。しかしお互い、敢えて言葉にはしない。責任は取らないが、勝手に動くのならば仕方ない、という暗黙の合意だった。ジュリア自身の気持ちはともかく、これがグウィディオンの判断ということだろう。


「私は現地に行かないけれど、裏方として全体に関わるわ」


「これが終わったらちゃんと休暇を取れよ」

 私はジュリアに言った。


「お気遣いどうも」

 彼女は苦笑で応じた。



 その日の夜。正確には午後九時五十分。ランタオ島の海浜公園で、私とその協力者達は、シティ渡航の最終準備を密やかに進めていた。街頭や人家の明かりは遠く、生温い海風と絶えず打ち寄せる波が、我々の立てる物音を遮っている。


 岱輿城市ダイユー・シティまでの移動手段として用意されたのは、三隻の高速艇だった。六人乗りの小型船舶だが、補給なしで長距離を航行できる。


 乗員は私、陽花、チャオ、兼城のほか、海虎一家の構成員三名、雷富城レイフーチェンとその側近らしき人物二名、そしてグウィディオンが用意した、船舶の操縦手が三名。そのうち二名は、岱輿城市ダイユー・シティを脱出する際にも世話になったベトナム人兄弟だった。


「よう、また会ったな」


 全員が黒いウェットスーツを身に着けているため、誰が誰だかすぐには判別しがたい。声を掛けてきたのは片割れの饒舌な方だから、確か名前はドンだ。


「ああ、よろしく。今回も機銃が?」

「もちろん積んであるが、使わないことを祈っときな」


 私と陽花、チャオはドンと同じ船に乗る。別の船にはレイと側近、また別の船には兼城とその配下。


 乗る船が別とはいえ、上陸までは行動を共にすることになる。三隻に分けたのは、レーダー網を掻い潜るためだ。それでも陸が近くなるほど、網も細かくなる。だからあらかじめ準備をしておき、必要となればいつでもダイビングできる手筈になっている。


 それぞれが船に乗り込んで待機していると、いよいよ規定の時刻となった。通信が入り、ジュリアの声が告げる。


『午後十時零分。作戦名オペレーション〈電海のフラガラッハ〉、行動(Start our)開始( mission)


了解(Roger)


 ドンがしゃがれた声で答え、エンジンの回転率を上げた。モーターが駆動し、船が加速し始める。そして三隻の船はぶつからないよう間隔を保ちながら、夜の海へと滑り出していく。舳先で砕かれた波が飛沫を散らし、船の甲板と乗員のウェットスーツを濡らした。


 私が陸地を振り返れば、ランタオ島は見る間に離れ、香港島の灯さえ急速に遠ざかっていく。前方には夜の闇と黒い海。予報によれば、天気が障害となることはなさそうだ。


 洋上の人となった今では、私が持つ銃の腕も格闘技も、探偵の知識も役に立たない。小さな存在となった自分を感じながら、航海の無事を祈るのみだ。昔の船乗りが迷信深くなる理由が、今はなんとなく理解できたような気がした。


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