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それぞれの想い人

十年前から手紙が届いた~差出人は初恋の相手~

作者: 鈴本耕太郎

 美晴から手紙が届いた。

 そんなメールが母親から送られてきたのは、まだ寒さが厳しい二月初旬の事だった。

 どうして今頃になって、美晴からの手紙が実家に届いたのだろうか。

 仕事の昼休みにメールを確認したせいで、残りの半日を落ち着かない気持ちで過ごす事となった。長い一日を終えた僕は、仕事帰りに実家に寄って、母親からその手紙を受け取った。

 そして自分の中で渦巻いていた疑問は、実物を見てあっさりと氷解した。

 消印が十年前の物だったからだ。

 


 十年前。

 高校三年生だった当時、卒業を間近に控えていた僕らに向けて、担任が言った言葉が思い出される。

「誰でも良い。大切な人の十年後に宛てて手紙を書いてみよう。もし、送る相手が思い浮かばなければ、自分に宛てて書いてみるといい」

 当初はタイムカプセルでも埋めるのかと思っていたのだが、実行されたのは別の方法だった。

 あの当時、地域の活性化の為のイベントとして、仮設された特定の郵便ポストに投函する事で、十年後に配達されるというサービスが行われていたのだ。

 その事に目聡く気付いた担任が、僕らの高校生活最後の課題としてそれを提示したのだった。


 懐かしさを感じながら開いた手紙には、美晴らしい丁寧な文字が並んでいた。

 

 あの頃の僕らの関係は、友達以上恋人未満と言った言葉が最もしっくりとくる。

 高校の三年間、僕はずっと美晴に片思いして過ごして来た。さっさと告白すれば良いのに、うじうじと悩んでいたせいで、三年間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 結局覚悟を決めたのは、お互いの進路が決まった後の事だった。


 僕らの通っていた高校からほど近い所にある公園、そこにある一本の桜の木の下で僕は美晴に告白した。あの時言った言葉を正確には思い出せないけれど、随分と恥ずかしい事を言った事を覚えている。

 にも拘らず、返って来た答えは僕の望んだ言葉とは違っていた。

「私も好きだよ。でも今は付き合えない。だってすぐに離れ離れになっちゃうから……。もっと早く言って欲しかったな」

 そう言って、美晴は微笑んだ。

 確かに美晴の言う通りだった。

 僕らはそれぞれ違う進路を選んでいて、新しい生活が始まれば、簡単には会えなくなってしまう。

 だから……。と彼女は続けた。

「お互い大人になったら、その時にまた言って。待ってるから」

 僕はその言葉に笑顔で頷いて見せた。

 嬉しかった。

 でも同時に、それは体の良い断りの言葉だと、心のどこかで思っている自分がいた。


 果たしてどちらが真実だったのか。

 その答えは、送られて来た手紙に書かれていた。


『十年後の祥吾君は、高校卒業前に私とした約束をまだ覚えていますか?覚えていてくれたら嬉しいです。もし、あの約束を果たしてくれるのなら、今から十年後、2017年3月3日の夜7時に、約束をした場所に来てください。そこにある早咲きの桜の木の下で待ってるから』


 あの時、美晴は本気で言っていたのだ。

 その事が嬉しかった。でも同時に少しでも疑っていた自分が恥ずかしかった。


 今、美晴は何を想っているだろうか。

 彼女の元にも十年前に僕が書いた手紙が届いているはずだけど、当時の自分が何て書いたのか思い出す事はできそうにない。



 手紙に一通り目を通した後で、母親にまた近いうちに顔を出す事を告げ、実家を後にした。

 家に帰れば、食欲を誘う良い香りと共に「おかえり」という優し気な声が出迎えてくれる。結婚して良かったと思える瞬間の一つだ。

 子供こそまだいないけれど、こうして最愛の人と一緒に過ごせる事は幸せな事だと思う。

 でも……。

 ここ最近は、ほんの少しだけ物足りなく感じてしまう。

 どうしてなのかは、わからない。

 強いて言うなら、付き合っていた頃のような胸の高鳴りを感じられなくなってしまった事が、原因ではないかと思っている。

 なんて贅沢な悩みなのだと自分でも思う。

 でも、だからと言ってどうしようもないのだ。


 夕飯の席で、いつものように互いにその日の出来事やテレビの内容、近所の噂話等、たわいもない話をした。そこで僕は、今日受け取った手紙の事を話そうとして、結局やめた。

 その事に深い意味はなかった。

 ただ何となく、言わないでおこうと思ったのだ。

 僕は手紙を仕事用の鞄に入れたまま、何事もなかったかのように、いつも通りの夜を過ごした。

 

 でも僕の頭の中は、手紙の事でいっぱいだった。

 

 十年前の美晴の姿が、当時の胸の高鳴りが、幾度となく蘇り、甘美な記憶を補強していく。

 それは一夜明けた後も変わる事はなく、寧ろ気持ちは大きくなるばかり。

 いつの間にか僕は、手紙に書かれた約束を果たす事が当然だと思い始めていたのだ。


 十年。

 未来を視れば随分と永く感じるのに、過去を振り返れば一瞬の出来事であったかのように思えてしまう。

 この十年で僕は様々な事を経験し、大人になった。

 でも僕の本質は、きっとあの頃のまま。

 そして美晴もきっと……。


 何の保証もないのに、美晴が約束の場所に来ることを信じて疑わなかった。


 長いようで短かった一か月が過ぎ、至る所に春の足音を感じられるようになってきた。

 僕らの約束の場所にある大きな桜の木にも春が訪れ、薄いピンク色の花が咲き誇っている。それはまるで僕と美晴との未来を祝福しているような、そんな気持ちにさせてくれた。



 そうして訪れた約束の日。

 当日は本当に落ち着かなかった。

 心ここにあらずと言った具合で、仕事も碌に手に付かず、周りの人に心配されてしまった程だ。

 それでもなんとか仕事が終わり、約束の場所へと足を運ぶ。

 期待と不安が入り混じり、自分の心臓の鼓動ばかりが耳につく。


 気持ちばかりが先行してしまったようで、公園に着いたのは、約束よりも随分と早い時間だった。

 僕は苦笑いして、公園へと足を踏み入れた。

 待つのもまた楽しみの一つ。

 久しぶりの胸の高鳴りを感じながら、僕はゆっくりと桜の木へと視線を移し、そこで目を見開いた。


 まだ約束の時間には三十分以上もあるのに、先を越されるとは思ってなかった。

 桜の下に佇む美晴は、さっそく僕の存在に気付いて手を振って来た。白いコートに長い黒髪。街灯の光に照らされた表情は、どこか照れているように見えた。


「来てくれてありがとう」

 そう言って美晴は、恥ずかしそうに視線を逸らせた。風になびいた髪を手で押さえる姿は、まるで映画の中のワンシーンのように美しく思えた。


「待たせてごめん」

 僕の言葉に美晴が笑った。

「十年って長いよね」

「そうだね。でも過ぎてみると、あっという間だった」

「うん」

 二人並んで桜を見上げる。

 ぎこちなかったのは最初だけで、僕らの距離はすぐに縮まった。

 冷たくなっている美晴の手を温めるように、そっと握って僕のコートのポケットに案内した。


 どれだけそうしていたのだろうか。

 寒いのに温かい不思議な時間だった。

 どちらも言葉を発する事はなく、聞こえるのは風のざわめきと、心臓の鼓動だけ。かと言って、それは決して気まずいものではない。むしろその逆で、そうしているのが当然だと思える程に、違和感がなく、同時に心地良い時間だった。


 そんな沈黙を破るように、僕は美晴の名前を呼んだ。

「なに?」と桜を見つめたまま、反応した美晴に僕は告げる。

「好きだよ。十年前より、もっとずっと」

 それは内から溢れ出すように自然と声になった言葉たち。

 僕の本音。

 美晴は一度こちらを向いた後、再び桜を見上げて呟いた。

「――うん。私も好き」

 

 再び訪れる沈黙は、先程とは違って少しばかり恥ずかしくて落ち着かなかった。


 いつの間にか過ぎてしまった時間に驚いて、どちらからともなく「帰ろうか」と囁いた。

 そして公園を出る直前に美晴は言った。

「またいつか、ここで言って。待ってるから」と。

 十年前と同じように微笑む美晴に僕は頷いた。

「美晴が望むなら何度でも」



 翌日は、良い気分で目覚める事が出来た。

 軽く身体をほぐしてリビングへと移動すれば、ご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。

 それは僕がプロポーズした当時に流行っていた思い出の曲。

 何気なく見つめた先には、テーブルの上に置かれた一通の手紙。手に取ってみれば、十年前に僕が書いたものだった。

 僕に見せつけるかのように開かれていた手紙には、見覚えのない付箋が貼られ、そこに書かれた『注目』という文字。何かと思って見てみれば、十年前に書いたはずなのに、随分と記憶に新しい言葉が並んでいた。 


「大人になったはずなんだけどなぁ……」

 ポツリと漏れた言葉に思わず苦笑し、予想以上に美晴がご機嫌なわけに納得した。


 僕は自分の書いた恥ずかしい手紙をテーブルにおいて、朝食を用意している美晴の後姿を見た。そこにあるのは、絵に描いたような幸せな光景。

 美晴と結婚して良かったと改めて思った。


 そして十年前から変わらなかった想いを、これから先も大切にしようと胸に誓った。


『絶対に約束は果たすから。美晴が望むなら何度だって言うよ。僕は美晴が……』

  

 




幸せ者の惚気話

リア充爆発しろ

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、リア充云々より、しね、と言いたくなった。、 俺は人生の選択肢をどこで間違えた…(泣)
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