37話
寝苦しさで目を醒ます。ユキが俺の頭を抱き締めていたようだ。
…可愛いな…
ゆっくりとユキの腕を外しながらそう思う。ユキ抱きしめながら頭を撫でてやると少し口角が上がったように見えた。
娘を持った事は無いがもしいたら、溺愛しているだろう自分を思い浮かべながらゆっくり指で髪を梳く。
「おはようございますジョエルさん。馬車はどちらに?」
定刻に商会にお邪魔すると既に準備が整っていたのだろう、ジョエルさんに先導され裏庭へと向かう。馬車が準備されており、レイリさんが御者台に乗っていた。商会の裏側は人がいないため、そのままゲートを屋敷の庭へ繋ぐ。
一度領都の商会で先触れを出すため、屋敷でユキを降ろしてから商会へと向かう。
「はじめましてタカユキさん!息子のアキラです!前回お越し頂いた時には挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。」
「タカユキです。こちらこそいつも取引して頂いているのに顔を出さず申し訳ない。」
アキラと言う名前に少し疑問を覚えて、ジョエルさんの方を見る。わかっていたのだろう、話しをしてくれた。
「私の妻は召喚者です。息子の名前ですね?こちらにもいない事は無いんですが、反応すると思っていました。これで私があなたに対して、商人の範疇を越える対応をする意味が少しわかって頂けたら幸いです。」
奥さんは既に亡くなったそうだ。その関係もあってマイさんや他の召喚者についても知っていたり、取引してたりする。奥さんとの約束で召喚者は基本的に助けるが変な奴はいるので、ジョエルさんが判断を下し善良な人だけ手助けしているらしい。全ての召喚者を手助け出来るはずもないのは奥さんもわかっていたので、これには同意していた。その為のジョーカーがレイリさんのようだ。
「そういう経緯があったんですね。アキラさんは知っていたのですか?」
「はい。なので私どもの商会の情報網に引っかかった召喚者は把握しております。」
アキラさんもそのお手伝いをしているようだった。最初にいい出会いが出来たとつくづく思う。
「タカユキさん。今回娼館を襲撃した召喚者については、全く情報網が入って来ていません。お気をつけ下さい。」
「お心遣い感謝します。」
商会を出て30分。少し緩い石畳の坂道を馬車に揺られながら進んでいく。周りの建物は全て大きいお屋敷ばかりで、「あぁ〜やっぱ貴族ってこんなんなんだ。」と思もわせる様な金ピカな建物。黒を基調とした落ち着いた雰囲気の建物など色々な建物が目の前を過ぎていく。
目的地となる建物はその中でもとりわけデカく、落ち着いた印象を受ける建物だった。門番とレイリさんが何かを話したあと、門が開き中に通される。テニスコートが数面は取れるだろう石畳が敷かれた庭を進むと、大きな噴水と映画に出てくるような清潔感のあるきれいな洋館が姿を現した。
「はー大きいですねー。住みたいとは思いませんが…」
「この領で一番偉い人が住む場所ですから。見栄えも大事なのですよ。」
馬車から降りると既に家令だろうか?明らかに執事よりも位が高そうな居住まいの男性が待機していて奥へと通される。
ジョエルさんが何か家令と話していたが部屋の内装や作りを見て、自分との違いや取り入れられそうな物を考えていた。昔親父と家を増築した時に興味を持ったが自分の思った様に加工したり組み合わせたりするのは難しい。やはり手本は見ておきたい。工業系の高校も出たが金属加工の方だったので建築は畑違いだ。元々物造りは好きだったので趣味の範囲で知識自体は色々持っていたが、やはりいいものは他とは違う。見れば仕組みや作り方が気になるのは昔からの性分だ。魔法と言う万能の物がある今、尚更に創作意欲が湧いている。
そんな事を考えていると応接間に通された。ソファーに腰掛けながらジョエルさんのソファーよりいいななどと思った。
『この世界のいいとこは旋盤やフライスがなくても魔法で解決出来るとこだな…ただ予備知識が無いと物を知っていても作れないな。召喚者の中にはいただろうが…魔力が戦闘をこなさないと上がらない。物造りしたい人間は戦闘にあまり参加していないのかもな…それとも制限したか…』
時々文明以上の物が見られるが、飛び抜けておかしい物は極小数だった。金属加工品より木材加工品が多いのもそういう関係じゃ無いかと考えていると、ジョエルさんぐらいの年齢の男性が入って来た。
ジョエルさんもイケメンだがこの人とは雰囲気が違う。強いて言うなら吸い込まれるような魅力と言うかなんと言うか…目が離せなくなる様な人物だった。
アッシュグレーの短髪に整った顔立ち。身長は180ぐらいでかなり締まった体格だ。
すぐに立ち上がり挨拶をする。
「ジョエル。久しぶりだな。元気そうで何よりだ。アキラが来ると思っていたが…お前の方が話し易くて助かる。」
「とんでも御座いません閣下。この老骨で良ければいつでもお呼び下さい。」
「ありがとう。ところで…そちらを紹介してもらえるか?」
その言葉と同時に鋭い視線が飛んでくる。
「こちらはタカユキです。今回私が推薦しようと思い連れて参りました。」
「ジョエルから紹介頂きましたタカユキです。貴族様とお会いする事も無いため、言葉遣いなど至らぬ事も多いかと思いますがお許し下さい。」
「構わん。セオだ。貴族ではあるが先代故そこまで畏まる必要も無い。ジョエルにもそう言っているのだが、一向に聞かん。」
「恐れ多くその様な対応は致しかねます。」
「お前の商会の方が権力は上だろうが!まぁその謙虚さがあの商会をさらに発展させたんだがな…」
楽しそうにやり取りをする2人を見て少し落ち着く事が出来た。実際は視線が鋭くなった瞬間、かなり焦ったが…
「…そうだ。本題を話さんとな。とりあえず掛けてくれ。」
そう言われソファーに腰を下ろし、出てきた紅茶を頂く。
「今回の護衛にはタカユキ君をつけると言う話しになるのだろうが、実力はどうなんだ?勿論ジョエルを疑う訳ではないが、可愛い孫だ。口頭でいい。確認を取りたい。」
真剣な目でジョエルさんを見るセオさんは絶対の安全が欲しいのだろう。仕方の無い事である。
「レイリよりも腕は立ちます。今回は連れて来ておりませんが、もう一人女性の護衛もつきます。もし、馬車が無くなり、徒歩での逃走に関しても問題は無いかと。」
ジョエルさんの言葉にビックリである。レイリさんより腕は立たないし、逃走は視野に入れていなかった。ただ、万全を要するなら問題は無さそうとは思っている。
「レイリ嬢よりもか!そんな奴を連れて来るとは!」
何故か興奮しているセオさん。レイリさんってやっぱ有名なのかな?
「レイリは私から離れる事は基本ありませんので、今回はレイリ以上を探した次第です。」
「それは苦労をかけたな。ただ迅速に対応出来たのは偶々運が良かったのか、それとも囲っていたのか気になる所ではある。まぁ今回対応してもらえるなら是非も無い。タカユキ君、宜しく頼む。」
「すみません。その様に簡単に決めるのはどうかと…」
「言わんとしている事はわかる。ただジョエルとの関係は君が思ってる以上に濃い…まぁ付き合いも長いんだがな。」
そう言うセオさんの目は少し寂しそうだった。
「閣下。では今回は彼を雇うと言う事で話しを進めさせて頂きます。報酬なのですが…」
報酬など細かい擦り合わせはジョエルさんに全て任せ、ゆっくりと紅茶を飲む。
「ジョエル。アキラからの報告により裏取りは行ったが、どうも話しが噛み合わない所が多い。一番の疑問点はゴルゼフが帝国と手を組んでいるところだ。奴はグレンバルト王国との関係がかなり濃かったはず。その事もあって今回はロイを先に向かわせた。最悪の状況を考えて、帰りは第三王子も一緒になるかも知れない。その条件は飲めるだろうか?」
『王子様だってよ。どんな感じだろうか?てか今回の護衛対象も貴族のお嬢様だしな。セオさんのような感じだろうか?あれ?セリアって王女だったよな?でも奴隷になってたからリセットか?うん。やっぱ高貴な方はセオさんが初めて。』
今回の旅にウキウキした気分で話を聞いていたが、よく考えてみると厄介極まりない事が分かってきた。
『そうなると、狙われる可能性が高いわけで…はぁ…何か逃走手段も考える必要が絶対だな。あと旅は楽にしたいし…』
「…タカユキ君。聞いているかね?」
「…ファい!すみません!聞いておりませんでした。」
「しっかりしてくれ。今回は思っている以上に危険度が高い。それでも大丈夫か?」
「そうですね…最悪とっておきを出しますし問題無いです。それより旅で使う馬車と4日の猶予を頂けませんか?」
「とっておき…それはなんだ?あと馬車と日程については問題無い。出発は1週間後になる。何かあるのか?」
「とっておきは秘密です。完全な護りを行うために馬車は改造します。改造後も使用は問題無い様にしますのでご安心下さい。少し余裕を貰えると此方も有難いので、5日後に馬車はお持ちしますね。」
「…そうか馬車の改造か…任せる。その代わり絶対に護りきれるように準備してくれ。情報が漏れるなどは思っていないが、君がジョエルの信頼を裏切ら無い事を願うよ。」
「大丈夫です。では、直ぐにでも準備に取り掛からせて頂きます。」
そう言って後の事は全てジョエルさんに任せその場を後にした。
馬車を回収し、直ぐに屋敷に戻る。回収と言っても御者と馬を借りてなのだが…屋敷に着くとアランに、3日程泉で作業を行う事を伝えてユキを連れ作業倉庫に向かう。飛行機も作りかけでごちゃごちゃしているが、大きく倉庫を作ったおかげで全く問題は無かった。
「…何するの?…」
「ん〜快適な旅と安全を求めて改造するんだ〜。」
馬車はジョエルさんのタイプに似ていた。かなり高価なものだろう。内装や外装の装飾や魔道具も普通の馬車とは大違いだ。
貴族の馬車には紋章が付いており、今回は紋章と馬車の大きさやスペックの把握のために持ってきた。大きさ的には乗用車1台ちょっと。内装はかなりのこだわりが伺える。魔道具はサスペンション代わりのものとよく分からないもの。窓ガラスは透明度が高い。
1つ1つを分解しながら検分していく。
『昔プラモやラジコンいじってて良かったな〜。まぁあれがあったから工作や機械に興味は持ったしな。親父様様かな…』
昔から気になったら調べるが、興味が無くなると直ぐに放棄していた。勉強もこのせいだろう、興味のある事意外は放置なので成績は偏っていた。
全ての分解を終わらせると、やはりタイヤが気になった。まだ硫黄が無いので当たり前なのだが、どうしても木のタイヤでは衝撃がキツい。
『ゴムの木はあるが硫黄がな…火山が有れば…そうか!あったな火山!』
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ユキと一緒にB25階層を現在探索中だ。前回ゴムが必要だった時はまだ来ていなかったため、今まで放置していた。現在は生ゴムはあるので硫黄さえ手に入れればゴムの硬化が出来る。
「…これ?…何に使うの?…」
「木から取れる樹液とこいつを混ぜると、丁度いい…硬さを保つ事が出来るんだ。それが必要だから今日はそれの採取に来たんだよ〜。」
「…タカ物知り?…」
「あぁ〜そうだね〜ユキは俺が召喚者ってのはジョエルさんとの会話で大体分かってるかな?ユキだから別に隠す必要無いけど〜別の世界って言ったらわかる?」
「…分からない…」
「だよね〜普通はわからんよ。まぁその世界でね、身近に使ってたんだけど俺には合わなかったのか痒くなったりしてね〜。だからゴムってなんだろうかって思って簡単に調べた事があったんだ〜だからちょっと知ってたんだ。」
「…どんなもの?…」
「ん〜まぁいいじゃないか。」
採取した硫黄を持って倉庫へ戻る。しきりに聞いて来るユキに避妊具の説明が辛かった。こっちでは基本いらないし、隷属の首輪があれば100%可能だ。ユキは「…いらないね…」と言って興味が無くなったようだ。まぁこの世界では要らないかも知れない。でも病気関係もあるため、マイさんに今度聞いてみようと思う。
生ゴムと硫黄を色々な配合で、混ぜたり熱したりと試していく。大体やる事を教えてユキにそちらは任せた。
俺は馬車のフレーム作りから始める。トレントを使い時間もかからず完成した物を固定して、タイヤを取り付ける場所を引っ張ったり重さをかけたりする。やはりトレント素材は頑丈だ。相当な負荷をかけないと折れないし、しなることで衝撃を分散出来ることもわかった。ボディ全体で剛性を出しても良いんだが、今回は間に風魔法のショック吸収を挟むため、フレームとボディで分けた。出来上がったフレームに軸受けとサスペンション、ダンパーの取り付けを行う。合わなかったらまた変更すればいい。今回は動力接続しなくてもいいので楽なものだ。ボディを作っていると、ユキが固まったと報告をくれた。柔らかいものからガチガチに硬いものまで、色々な種類が出来た。それらを組み合わせてパンクレスタイヤを作ろうと思っている。型を金属で作り、成形をユキに任せる。その間にホイールを作る。こちらもトレント製だが強度は十分だ。ただ、何が起きるかわからないので、ホイールの真ん中に魔石を配し硬化の刻印を施す。
完成したタイヤを被せるが上手く行かなくて結局作りから変えたが完成する事は出来た。
ユキと一緒だと徹夜せずとも3日間で終わった。重さはそのままだが、大きさは1.2倍になり剛性は弓や魔法に対応出来るように刻印も施してある。内装もそれに合わせて変更し、シートを弄ればベッドにもなる。冷暖房完備・冷蔵庫完備、旅で一番問題になるトイレも超小型だが付けた。最高の馬車の筈だが、車体が牽引出来るキャンピングカーのようになったのが問題と言えば問題だ。
「ユキ、アムス呼んできて。」
ユキが呼びに行ってる間に手直し出来る所はしてしまう。車高の変更や、御者台もまだ変更したい。
「主よ!我に何用か?」
アンチェも一緒に来たようだ。
「アムス!引け!」
馬車を指差して言うと、少し嬉しそうに馬車の前に向かうアムス。この前、「主には感謝してもしきれん!何でも頼ってくれ!」と言っていたので今回は馬車を引かせる。アンチェはなぜか目をキラキラさせているが、ユキの犬に向ける目はいつも以上に冷たく見えた。
アムスに引かせながら3人で乗車して乗り心地を確認する。
「アムス。重さと引き安さはどうだ?」
「普通の馬車より軽いくらいだ!これなら馬も楽だろう。主は流石だな!」
ドギツイ犬顔で笑いながら牙を剥く駄犬は心が綺麗だ。ただ、馬車を引いたことがあるのに戦慄を覚えた。
その後も金属を載せ重さを増したり、スピードを上げたり、悪路を走らせたりして感触を確かめる。馬車自体の上部を削って高さを減らしたり、サスペンションのバネの変更やダンパーの調整。御者台の快適性の向上など色々な項目を確認して終了となった。
駄犬は役に立てた事を喜び。アンチェはその駄犬を誇らしく思っているように擦り寄っている。少し駄犬の扱いをよくしてやろうと思った。
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「これがあの馬車か…?」
5日目に馬車を辺境伯邸に持って行くとだいぶ驚かれた。原形がないのだから当たり前だ。乗り心地や内装、設備や安全性の説明を一通り行うと、「私にも作ってくれ!」と必死な目で言われた。帰って来てから内容は考えましょうと言いその場では話を流す。
トイレ魔道具などは貴族の屋敷などでは普通だが、馬車に付けるとは思っていなかったらしい。普通は考えると思うが…
その後も今後の予定と期間、お付きは3名以内など護衛の方針を伝えその場を後にする。
帰ってからは転移や防御の魔道具の製作や、簡単な武器の製作に当てた。この前、街中の魔道具屋に行くと、転移の魔道具は売っていたが高過ぎる。一つ安くても金貨1,000枚はしていた。そのため、作れるものは自分で作るようにしている。
ミレイとセリアがちょくちょく顔を出して何をしているのか聞いて来たり、アランとアンネのしごきがキツいと弱音を吐いたりしている。ユキは空いた時間にアランに稽古してもらっているようだ。俺もそろそろしないとダメだなと思う。
「ユキ〜気持ちいいかー?」
「…うん…お肌ツルツル…」
B25階層で温泉も発見したので、今は作った露天風呂に入りに来ている。アルカリ泉だろうか?お肌がツルツルだ。何時ものようにユキを前に抱きながら頭を撫でている。多分ご機嫌なのだろ頭を左右に揺らしている。
「…明日から大変…」
「そうだなぁ。まぁ何事も無ければ本当は良いんだけどな。何かしらは起きるだろう。」
ユキがいきなり体ごと体勢を変えて抱きついてくる。
「…大丈夫。タカは護る…大丈夫…」
そう頰を擦り付けながらユキが言ってくるが、何と言うかとてもヤバい体勢なので慌ててしまう。それでもガッチリとくっついてくるユキに、仕方ないと思い好きにさせた。そこからは愚息と一生懸命に闘いながらの風呂になってしまったが…
風呂から上がってもユキはご機嫌なのだろう、手を繋いだままブンブン振ってくる。ただ、セリアとミレイを見つけると二人の方に走っていった。
アランとアンネに明日からの予定や不足の事態への対応などを話し合い、寝ることにする。ユキもその頃には戻って来て一緒に布団に入った。
「明日もよろしくな」
「……」
…コクッ…っと頷くだけだが何となくユキの気持ちが伝わって来る。
『タカ臭いといつ言われるのか…もしかしたらミレイ達に…「今日お風呂でタカ興奮してたキモい」とか言ってたり…』
愚息とのバトルが悟られているのではないかとヒヤヒヤしながら眠りに落ちた。




