1話
目の前にいた爺さんが消え、森が現れた。ただ、普通の森ではない。かなりの巨木が立ち並び足元は苔が生えているようなジメジメした感じだ。空を見上げれば晴れているのだろうが、木に覆い尽くされた空にチラチラと見える太陽は心許なく思えた。
「さて、どうしますかね」
とりあえず水の確保が重要である。今の自分の位置は下手な場所では無いはずなので、リュック脇からナイフを取り出し木に目印を付けながら進む。
「全てが二分の一とか言ってたな」
さっき程から体の重さを感じる。全盛期の体にしてもらってなければ確実にへばっているはずだ。
「しっかし、全盛期でこれとかどんだけキツい環境なんだよ」
多分自分の思う全盛期の身体であれば15-16歳あたり。今と身長も体重も大きくは変わらない。
「あの時、ベンチで100kgぐらいだから今は50kg。1.5km5分半の体力だから同じペースで750mか。ん〜平均ちょい下ぐらいか?」
中学時代、がむしゃらに鍛えて身体が出来上がっていた。高校でもトレーニングルームで頻度は少ないが筋トレやランニングをしていた。その時が再現されていたのは今の状況にとっていい方向に傾いている。
ナイフを片手に持ち木に痕を付けながら森の中を進む。日の当たらない森の中は所々草が生えているだけで意外と進みやすかった。
「お!泉だ!とりあえず飲み水は確保出来そうだな!」
しばらく歩くと開けた場所に泉があった。近づき湖面を眺めると透き通っており、山の中の綺麗な湧き水といった感じだった。
「水の流れもあるみたいだしそこまで汚くないだろうけど…とりあえずここに簡易テントでもはるか」
今が何時かもわからない。食料も限られている。水が確保できたならまずまずだ。今日中に見つからない事も最悪あっただろう。
「まずは幸先いいな。そういえば「異世界ガイドブック」が入ってるはず…」
テントの設営も終わったので中身を確認してみる。
「ん?ないぞ…冊子や本らしいものが…あの爺さんの入れ忘れか?」
リュックをひっくり返してみたがそんなモノは無かった。
「マジかー。んーもしかして取り出せなくなるとか言ってたのはこの事か?」
爺さんが魔法を覚えなきゃ取り出せないとか後から詳しく言ってたのが思い出される。
「結構やばいな。ま、考えても仕方ない。若くもなったし時間もある。ゆっくり考えればいいか。」
そういいながら胸ポケットからタバコを取り出し吸う。その時、腕に付いている時計が目に入った。
登山用品と一緒に購入した某メーカーのタフなやつである。
「あっちとは時間が違うはずだけど、ソーラーだし使えるな。今は8時か…時間感覚だけはなんとかなりそうだな。」
タバコを吸いながら辺りを見回すと、泉を中心として数十m開けた場所が出来ている。空気は澄んでいて田舎の空気というよりは山の上と言った感じだろうか、登山にはもってこいの天気もあいまって気持ちがいい。高く囲うように立つ大木はまるで天然の監獄のようで、出ることの出来ない場所に飛ばされたのではないかと思ってしまう。そう思ったからだろうか、泉が砂漠のオアシスならぬ監獄のオアシスに思えた。
振り返って泉に流れ込んでいる水の出処を見ると、少し離れた場所にある洞窟から出ているようだった。洞窟が使用可能なら居住スペースにと思い、確認に赴く。
「やっぱ湿った感じがするな。住むのは止した方がよさそうだな。」
洞窟自体はいい作りのをしており、高さ幅共に3m程だった。泉へ流れ込んでいる水と、人が歩く場所が完全にわかれていて進むのも楽である。
折角なので奥へと足を進める。懐中電灯で足元を照らしながら歩いていると白骨化した死体に出会った。
「ん?あぁーマジか、最悪」
まぁ肉が付いてるより白骨化してた方が幾分ましかな。とりあえず外にでも出すか。
白骨化した死体は服を着ていたので人だとわかった。着ていた服で骨を包んで持って行く事にする。
外に出ると服で纏めた骨を広げ手を合わせた。
「どこの誰かは知らんけどお疲れさんでした」
そう言って手を合わせていると気づく。
「なんでスーツ着てるんだ?」
洞窟では暗くてあまり見えなかったが、外に持ち出すと良く分かる。
まさかな…
そう思いながら頭蓋骨を手に取り歯を確認する。
「…大当たりだねぇ…」
その歯には銀歯があった。