26話
娼館を出た足でそのまま商会に向かう。日はまだ沈んでおり辺は静寂に満ちている。街灯の明かりもこの時間は点いていないのか道を照らすのは月明かりだけだ。
商会に着くともう準備は出来ているのか大きめの馬車が止まっている。横にはジョエルさんと側に仕えているメイド服を着た女性がいた。
「お待たせしましたか?」
社交辞令を口にするとジョエルさんは「今準備出来たところです」と返してくれた。やはり異世界でも通用する口上はあるらしい。
護衛の姿が見当たらないので確認するとギルドでの待ち合わせとなっているようだ。
ここから領都までは約50km歩きだと余裕を見て2日は取るが馬車なので1日で確実に着ける。護衛は絶対に必要なのがこの世界。スラムが無いのはならず者を街に野放しにしないで外に放逐しているからだ。しかしどうしても出来ていくらしく、そのためか盗賊が多くなる。この領のようにスラムができずらいシステムを導入しているところは殆どなく、身入りの良いダンジョンの品を狙う盗賊が多く流れてきている。その為、護衛はいくら領軍が巡回していると言っても付けなくてはならない。
御者はメイドさんであるレイリさんが務めるようでジョエルさんと二人で馬車に乗り込む。中は結構広く0.75坪...一般住宅のユニットバスぐらいの大きさだった。荷物は足元のボックスや屋根、後部荷台に載せることができかなり便利になっている。
ギルドまでの間しばらく乗っていると、あまりガッツンガッツンしないことを疑問に思い、ジョエルさんに聞いてみる。
「この馬車は乗り心地がいいですねぇ」
「かなり金をかけましたからね。歳を取ると馬車での移動は辛くなりますから。」
「他のものとはどう違うんですか?」
「刻印魔法はご存知でしょうか?付与魔法の派生となる魔法なのですが、ミスリルなどの魔導媒体に刻印を施し、魔石を燃料にする魔道具です。その応用で風魔法で少しだけ車体部分を浮かせているのですよ。」
はからずも刻印魔法は存在したが、俺が作ったものよりも明らかに変換効率が良さげである。
少し自信を無くしたが、これからまた学べばいいかと思ったぐらいでギルドに到着した。
扉が開かれると...
元気な四人の冒険者の声が外から聞こえてくる。
「「「「本日は宜しくお願いします。」」」」
まぁ予想はしていたがアルドー率いる「銀龍の盾」のパーティである。パーティ名は最近知ったのだが何故銀龍かと言うとアルドーの盾がそれだからだ。安直すぎると思う。
まぁ他のパーティ名も対して変わらないものらしい。
「アルドー達はクランの事で残った方がいいんじゃないのか?」
この期間でだいぶ砕けた口調で話すようになった。相手もそれなりに信頼してくれているはず...
「ヴェリレさんにこんな時だからこそ、依頼を受けてクランに貢献してくれと皆頼まれてしまって...」
「俺達は今回の護衛依頼達成で晴れてCランクに昇格出来るんだ!だから今回はよろしく頼む!」
まぁ何を頼むかは知らないが、ギルド内に呼ばれカルロスさんから事情を聞く。採点は基本はジュエルさんがしてくれるらしく俺には関係ないようだ。まぁそうだろう俺も一応冒険者だし。
御者台にカラムとケビン、室内にアンジュとアルドーに分かれて乗る。
.....初めての人との旅だなぁ.....
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西門から出発して早二時間何事も無く順調な旅路である。馬車の中では魔法の話や魔道具の話などをジョエルさんと延々と行なっていた。
「アルドー達は何も喋らないけど大丈夫か?」
少し心配になって話しかけてみる。
「だ、大丈夫だ気にしないでくれ。」
ガチガチだった。
ジョエルさんは何も口出しはしないようだが面白そうに見ている。結構Sなんですねジョエルさん。
「あのな~、そんなガチガチにしてて、逆に護衛が務まるのか心配になるぞ?試験なのは分るけどもうちょい肩の力抜いて仕事に当たらないと...今回の依頼だって成功させたいのはわかるけど多分戦力として考えられてないだろうしな。」
「え!?どう言うことですか!?」
「まぁそれが分からなければCランクは無理かな~」
そう言ってアルドーに笑いかける。本当に盗賊に襲われればどの人数に襲われるかにより変化はするだろうが、まず魔物としか戦った事のないDランク冒険者パーティでは相手にならない。いいようにあしらわれるだけだろう。この前の戦闘を見ていてもそれは顕著であった。俺にしても魔物とばかり戦っていたのだから一緒のはずなのだが、あのダンジョンの小さなオーガにいいようにあしらわれてからは対人戦も意識した練習をずっとしてきた。実際は魔法は魔物、刀や拳は人にわけている。まぁ相手するレベルによっても変化はするが...
今回はレイリさんが同行していればほぼ問題ないだろう。あの人はかなりの手練だ俺から見てもゾッとするくらいにすきがない、いくらステータスで上回っていても武器次第で殺されるだろう。俺も精進が足りてないな。娼館のせいでは断じてない。
「銀龍の盾」のメンバーや親しくしているクランメンバーには、俺はそれなりに強い事は明かしてある。生活の上でも、ギルドでのいきなりのランクアップでも隠すのが面倒だからだ。上限が何処に設定されているかは分からないが、俺の持っていた品が異常だった。そのためか高ランク冒険者の親に鍛えられたと誤解してくれている。
そんな事を話していると御者台の方から敵影を発見したことが知らされる。
ケビンとアルドーは直ぐに身体強化で走っている馬車から飛び降り、アンジュは前方にある御者台への通用口を使って外に出る。
敵は盗賊10人で全員馬に乗り槍を構えており、馬車を一気に抜きさり通りを妨げられる。多分馬すら欲しいのだろう。普通なら馬を殺すのが定石だ。
中央に陣取った多少豪華な装備をつけた男が声をあげた。
「すぐに馬車から降りてこい!おとなしくしてれば命だけは助けてやる。」
まわりの盗賊は下卑た笑い顔をしながらレイリさんとアンジュを見ている。ゆっくりと前方の包囲を完成させようとしているのを感じていたら、後ろからも来ているのがわかる。
...あぁ全く抵抗出来ないようにしたいのね...ここに止めたのも横の森に潜ませた伏兵と挟撃するためか...
前方の包囲が完成しきる前にカラムが魔法を発動させた。
「ファイアブラスト!」
放たれた魔法はかなり強力に見える。カラムのMPが3分の1はなくなっていたのが何よりもの証拠だ。
盗賊達も気力系でなんとか耐えていたが馬が暴れ半分は落馬していた。
...案外弱いぞ盗賊...そんな事を考えながらジョエルさんとニコニコしながら状況を見ている。
後ろから来ていた10人程の気配はいつの間にか無くなっていた。まぁレイリさんが動いたみたいだから当たり前か。「銀龍の盾」のメンバーは前に気を取られすぎていて後ろに気がついていないようだ。
いつまで経ってもこない後方の襲撃に痺れを切らしたのだろう、リーダー格の男がこちらに向かって来ている。
直ぐにアルドーが間に入る。
「邪魔だぁ~糞ガキぃー」
男が振り下ろしてきたロングソードを難なく防ぐと、反対にショートソードを相手の腿に刺そうと試みる。
「フッ!」
「チッッ!」
相手の男もそれを察知したのだろう足を引いてよけた。
前方奥ではケビンが二人相手に大立ち回りしているが攻めきれていないようだ。体の所々に傷を負いながらも懸命に戦っている。それをアンジェが回復でサポートしカラムがファイアボールで援護射撃している。
盗賊のレベルは高くて35、平均30前後と言ったところだ。正直これだけ抑えられるだけでも大金星だろう。
そうこうしている内に前線が支えられなくなりケビンが後退し始めている。アルドーも押されてきているのと気力の消費が激し過ぎる。魔物との戦闘ならとっくに終わっているはず、その為ペース配分が狂っているのだろう。
「レイリさん馬車を空いている右方向に進めて逃走してください!ここはケビンと私で引き止めます。」
もう限界だったのだろう、逃げれるものだけ逃すとの選択肢を取ることにしたみたいである。
...悪くない選択肢だなぁ、相手は馬もないし。回復役と攻撃魔法の砲台を逃がして次の街までの繋ぎに考えたかな?...多分元から考えていたのだろう。最初から仲間の誰かを切り捨てる戦い方を...
アルドーの声に反応したのだろう、盗賊たちは相手の状況が不利だと思い一斉に此方に走り出した。
「「マズイ!」」
アルドーとケビンの声が重なる。
「逃がさねーぞー」
「やらせろー」
雄叫びを上げながら5人が一斉にかかってきた。
....スポポポポポン....
....ブシュュュュゥ....
....ドサッドサッドサッ....
五本の血の噴水がほぼ同時に上がり。残っていた盗賊も「銀龍の盾」のメンバーもボー然としている。
「ほら、レイリさんが五人始末してくれたんだから。残りの奴さっさと始末しないと。」
そう言いながらわりかし近くにいた奴の首を後ろからかっ切った。
...やっぱ何も感じ無いな...
試しにと思い殺してみたがやはり心にくるものはなかった。
...いいか悪いかはわからんが...それなりに教示をもって殺しはしないとな...そうしなければ魔物とかわらんな。
そんな事を考えながら馬車に戻っていると、掃討がが終わった「銀龍の盾」もこちらに向かってきた。
「さあ出発しましょう」
そう笑顔で言ってくるジョエルさんは少し怖く見えた。
結局その後は盗賊に会わず、ゴブとグリーンウルフ数匹に襲われただけで領都に到着した。夕方直前の時間であり、結構早く付くことが出来たようだ。
「では、私たちは一度ギルドに向かいます。」
そう言って向かおうとするアルドー達にジョエルさんが手紙を渡していた。多分試験結果だろう。ギルドに提出するように託けているようだ。
「では私たちも宿に向いましょう。」
ルドルヴェル領、領都ルドルヴェルは大きな運河の横に面しており、半径5kmを頑丈な城壁に囲まれ中は元々丘だったのだろう中央が盛り上がった街である。城壁自体はウィンリィ程では無いものの戦争するには十分であり、街の中の区画割りや街並みがウィンリィそっくりであった。
「ウィンリィそっくりの街並みですね。」
「それは逆ですよ、こちらを真似て作ったのがあちらですから。元々はここがウインリィの街の役割を担っていたんですが、300年前に大きく開拓することができウィンリィの街が作られました。」
あの距離を開拓した人達は途方もない努力をしたのだなと関心させられる。また、確かに多く森が点在していたのはそう言うことかと納得も行った。
宿は綺麗では無いが趣のある外観で歴史を感じさせた。
「どうですかこの宿は?」
「落ち着いた感じのいい宿ですね。建物自体はかなり古そうなのに綺麗にされていて」
「そうでしょう。これは300年前からの建物でして歴史ある宿なんですよ。私がこの街で泊まるのはここだけと決めています。」
「木造で300年ですか!どうやって保っているか気になりますね...」
「ここら辺は元々トレントの多い森でして、その森を切り開いた時のトレントを加工して作ったからこそです。」
トレントの死んだあとの死骸は良質の建築材であり、魔法で加工すると劣化がほとんどないらしい。その為この街の建物の中には木造でもその当時から残っているものが何軒かあるそうだ。
「明日の予定は決まっていますか?」
「そうですね、オークションの出品登録は勿論なのですが、不動産を少し見たいと思っています。それによっては少し出品する品を変更するかもしれません。」
苦笑いでジョエルさんに顔を向けると、ニコニコした顔をしていた。
「では出品する前に一度拝見させてください。いい商品を見るのが私の楽しみでもありますので。」
「では、明日は不動産関係を先に紹介していただけますか?その後話し合いをしましょう。」
「わかりました。ではこの宿の代金は私持ちなので思う存分羽を伸ばしてください。」
「お心遣い感謝致します。ではまた夕食時にでも。」
ロビーでジョエルさんと別れた後部屋に行ってみると品のある調度品や、魔物の素材だろうかフカフカのベッドなどが置かれた部屋に少し驚いた。風呂も完備しているようで、魔石の付いた蛇口に魔力を流すとお湯が出てきた。
部屋の隅々まで見ていると夕食の時間になったようで、外から6時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「今日は色々勉強になったな。ジョエルさんの意図がいまいち掴めないが悪意は無さそうだ。明日からまた忙しくなるし今日はゆっくり休もう。」
そう思い夕食に出かける。




