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飛梅

作者: 揚羽



「私が居なくとも春を忘れるでないぞ」


貴方はそう仰って遠い地へと旅立って行きました。




あの日から世界は灰色に濁りました。



朝を告げる一番鶏の声は(しわが)れた老婆の叫びに聞こえ、冬の夜の凍てつく空気が次の春を喜び緩く(なまめ)かしく匂うようになるのが(いと)わしく思えて仕方が無いのです。



そう思えば思うほど私の心を嘲うように。


冷たく冴え渡った空気が少しずつ綻びを感じるようになり、貴方の居ない春がやって参ります。

そしてそれがどれだけ厭わしく思えども、我が身は春を歓び、綻ぶのです。


それがどれ程の悲しみか、貴方はご存知でしょうか。





墨を含む筆先をひたむきに見詰める眼差しが、ふと逸れ、私を見付けて目を細める(さま)は心を揺らしました。


歌を詠む唇が綻ぶ私を見て、上弦の月のように弧を描く(さま)を見ると愛しさがいや増しました。


そして時折庭に降り私の肌をなぞる指先の感触は、春の言祝(ことはぎ)よりも甘美を覚えたのです。



その何もかもが今は遠く。

はらりと落ちる花弁が私の心を語ります。



誰も代わりにはなりませぬ。

貴方が居ないこの世になど未練は無いのです。







風よ


嘆くばかりで動けない私をせいぜい笑ってその身を震わせればよい。


その身に我が香をのせて踊り狂えばよい。




狂いよがり

嵐となり



我が身を背の君の元へ運んでたもれ。





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