蛍星の感傷
携帯電話の着信音とともに緑色のランプが点滅した。
5ヵ月ほど前に付き合い始めた彼女から〝今度はどこへ行こうか?〟とメールが届いた。彼女とは休みになる度にデートに出かけた。近場のショッピングモール、ボーリング場、ゲームセンター、映画館に遊園地。動物園や水族館にも行って、ときには数時間かけて遠くへドライブをしに行ったこともある。そこは朝から晩まで、ずっと波の音と潮の匂いがする町だった。一日いると、頭の中にまで波が打ち寄せてくるような気分になって、町を離れたあとも鼻先に残る潮の匂いが忘れられず、彼女と二人「また来たいね」と、胸の奥が少し弾むような気持ちになった。
彼女とならばどこへ行っても楽しい。一緒にいるだけで安心できる。そんな彼女と一緒に次に行く場所を悩んでいる時間はたまらなく幸せだった。
ぼくはまだ、返事を出していない。
きっと、誰でも信じていると思う。いつまでも当たり前の日々が続くことを。でもそんなことはなくて、それも突拍子もないくらい唐突に終わりを告げるんだ。感情の整理なんて間に合うはずもない。だからどんな顔をしていいのか、本当に分からなくなるんだ。
彼女からのメールが届いた直後のことだ。彼女は交通事故で亡くなった。ぼくがそれを知ったのは数時間後のことだった。搬送先の病院に急いで向かったけれど、すでに彼女は死を迎えていて、頭が真っ白になったぼくは何もすることができず、泣き崩れている両親の傍でただ立ち尽くしていた。
彼女が亡くなってから1週間が経った。ぼくは未だに信じられずにいた。もしかしたらどっきりで、本当は生きているんじゃないかと思ってしまう。いいや、思わずにはいられなかった。着信音が鳴る度に、緑色のランプが点滅する度に、彼女からのメールなのではないかと期待してしまう。けれどそんなことはなくて、ぼくはベッドに携帯電話を放り投げた。暗い部屋の中で点滅して光る緑色を見ていると、涙が出て心が痛かった。
〝今度はどこへ行こうか?〟という最後のメールがぼくと彼女を繋げている。その繋がりが唯一の救いのようにも感じた。たぶん、返事をしてしまったら繋がりが断たれてしまうような感じがして怖かった。それでもぼくは彼女から届いたメールを眺めながら、何度も何度も考えてしまう。
なんて返事を出そうかと。
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