ゲッパのシリル
この国には、希少な鳥がいる。
かの鳥の名はゲッパ鳥。
太古から人々はその美しい鳴き声に、励まされ、癒やされ、生きてきた。
しかし、その声に焦がれ、ゲッパ鳥を追い求めてはいけない。
どんな楽器でも奏でることのできない、その優美な鳴き声とは裏腹に、ゲッパ鳥の姿かたちの醜さに言葉を失った者は数知れず―――。
人々は言う、ゲッパ鳥の鳴き声につられて森に行ってはいけない。
一目姿を見てしまえば、二度とかの声を美しいとは思えなくなってしまう・・・と。
ゲッパ鳥は確かにこの国で今日も美しい鳴き声を、響かせている。
しかし、誰もその姿を見たことはなく、図鑑にさえもかの鳥の外見に関して載ってはいない。国の人々は美しい鳴き声を、癒やしを・・・失いたくはないのである。
*********
「あなたって、ゲッパ鳥のようね・・・」
幼少の頃・・・。
ある茶会の席で、とある令嬢にそう嘲笑われた。
今思えば、私のような者が“歌い手”としてだったとしても―――高級な紅茶に有名パティシエが作ったお菓子が出るような、キラキラ、ウフフフ・・・な席に呼ばれること自体が可笑しかったのだ。
あの茶会は、私にぴったりなあだ名を考え付いたとはしゃいだ令嬢が仕組んだ・・・素敵なあだ名のお披露目会だったのである。
それからは有りがたいことに、かの有名な鳥が私のあだ名となった。
はっきり言って、私の特徴そのままのあだ名だ。そのまま過ぎて、私はちっとも笑えなかったが、どうやら周りは違ったらしい。
お茶会のあとからは、私を見ればそのあだ名を呟き、クスクスと笑う声が響くようになった。そして、笑いの発作がおさまると、聞えよがしに「みっともないお顔」「声が可愛らしいから、余計に憐れね」なんて囁き合うのだ。暇人どもめ・・・。
しかし、貴族社会の――特に女性は、容姿の良し悪しが大切であることは事実だ。
他にも大切なことは多々あれど、いつの世も女性は美醜に敏感である。
私みたいに、超ド貧乏貴族(正確には違うけれど)で・・・みすぼらしく、醜い人間がいることが許せない・・・らしい。
でも、まあ・・・そんなことで引き籠るような可愛らしい性格はしていないし、よよよっと、泣き崩れている暇もないのだ。なにせ、貧乏だから。
でも、それから私はどんな会にも呼ばれることが無くなっていき・・・自然と歌を歌うことも無くなった。
歌い手として幼いながらそれなりにお金を稼いでいたのに、ゲッパ鳥のあだ名で呼ばれるようになってからは、歌うと嘲笑の波が起こり、歌を聴いてもらうどころじゃなくなってしまったのが原因である。
あのあだ名をつけた令嬢はそこまでは考えていなかったとは思うが、我が家の家計はそれにより・・・より逼迫した状態に追い込まれてしまった。
そんな茶会から数か月がたち、より厳しい節制を求められた我が家は普通の平民よりも貧しい暮らしをしていた。
その日も私はこの顔面を大いに利用し、一生懸命値切りに値切って、手に入れた超格安の戦利品を手に、大通りを歩いていた。いつもと違ったのはそんな私を目がけて駆け寄ってくる少年がいたことである。
思えば、あそこで全力で逃げていたら・・・そう。朝市が終わったばかりでまだまだ人通りが多い道のど真ん中で、キラキラと輝かんばかりの美少年に話しかけられたのが運のつき――。
少年は大層立派な服を着こなしていた。その時点ですでに悪目立ちしているというのに、この町の有名人であるこの私に向かってくる。
いくつもの目が興味深々の野次馬根性丸出しで、少年と私を目で追っているのが分かった。
ああ、またか。
どうせどこかのぼんぼんが噂の、顔面不細工で声だけは滑稽なほどに美しいと嘲笑われるゲッパのシリルを見に来たのだろう。くそ、暇人め。
こんなことになるならば、見物料でもとってやればいいかもしれない・・・。なんて、思っていると少年が私をじろじろと遠慮なく見てきた。一体なんなんだろう・・・私の観察日記でもつけるかのような勢いに、私の歩みも止まってしまう。
「お前が、ゲッパ鳥のあだ名がついたシリルか?」
「いやいや、いきなりかっ!あんた誰よ?初対面にしてストレートに失礼ね。泣かすわよ、クソガキ」
「折角可愛い声なのに、シリルは口が悪いんだな・・・。面白い!!気に入った!!!俺の名前はレオン、よろしく頼む!」
にっこり笑った少年――レオンに、「あら、可愛い」なんて野次馬の中から囁き声が聞こえる。
どこが可愛いのか・・・。私には生意気で無礼な小僧にしか見えない。
「今の会話の中で、私が気に入られる要素0だったわよね?それどころかお互いにマイナスなはずよね・・・?面白いって何、よろしくって何?私は今の現状、全く面白くないんだけど・・・」
「いいや、俺はお前が気に入った!絶対に仲良くなりたい!顔も噂より全然可愛いじゃないか」
「――――っ」
「「「「「えぇぇぇえええ!!!!!!」」」」
呆気にとられて声が出なかった私を差し置いて、野次馬たちが少年の言葉に反応した。皆、口をあんぐりと開けてレオンの顔を見ては、私の顔面を凝視し、凝視し、凝視し・・・・・力なく首を振る。あんたたち・・・野次馬なら野次馬らしくおとなしくしていろ!!!!!なんでそんなに一糸乱れぬ動きができるんだ?コントか?そうなのか!?
「ははは。この町の人は面白いなぁ」
あっけらかんと笑っているが・・・原因は、あんたなんだけどね・・・。
「はぁ・・・。あんたは目をお医者さんに診てもらった方がいいわね。ああ、あるいは頭の中が本格的に危ないのかもしれないから、なるべく早めに行った方がいいわ。それじゃ!」
「まぁ、そう慌てるな。―――そのカゴの中身は何だ?重そうだな・・・よし分かった。俺が持とう!」
そう言って、ぐいっと買い物カゴを奪われる。私よりも細くて体も小さいからと思って油断した。
「わわっ!勝手に持たないで!!ちょ・・・!どこにいくつもりよ!!」
「どこって・・・。あ。シリルの家はどこだ?」
「なに普通に家まで来ようとしてるのよ、あんたバカなの!?」
「バカじゃない、レオンだ。家の場所を言いたくないなら、俺の家に来ればいい。シリルなら歓迎する」
「行かないわよ!何で私があんたの家に行かなきゃならないの・・・。はぁ・・・、私は本当に忙しいの!これからご飯も作らなきゃいけないし、内職だって・・・「ぐぐぐぅううう」
「「―――――――」」
え・・・。
「なに?お腹減ってんの?」
「あぁ・・・。そういえば3日ほど食べてないな・・・」
お腹をさすりながら笑って言う。さらりと言うなっ!
「はぁ?3日も!!・・・何でよ?あんた、見た所良いところのボンボンでしょうが」
「ボンボン?ああ、確かに5日前からは公爵家に世話になってるな」
「こ、こ、公爵家!!!・・・5日前?何が何だか・・・」
思っていたよりももっともっと、大きな家名が出てきて私は一瞬気が遠くなりかけた。
5日前から世話になっているということも意味がわからない・・・。面倒な匂いがプンプンする!
何とか逃げる算段をしなければ・・・!そう、あるかどうか分からない私の第六感が言っている。
「ぐぐぐぅうううううう」
「・・・」
「ご飯食べないのはダイエットとかじゃ・・・」
「ない」
そりゃそうだ。下手したら私よりも細い腕をしているのだ。ダイエットなんて必要ない。
育ちざかりの男の子がこんなにお腹を減らしているなんて、本当はあってはならないことだ。
しかも何故か、公爵家でお世話になっているのにも関わらず3日もごはんを食べれない状況・・・。
「――もう、面倒だわ!!!」
私のいきなりの大声にレオンだけじゃなく、野次馬たちもびっくりした様子で体をビクっとさせる。
そんな反応に構わず、私はレオンの手をぎゅっと握った。
「レオン、あんた荷物持ちしてくれるんでしょ?私の家に行くわよ」
「え・・・?」
「ほらっ、ぐずぐずしない!私の家は貧乏なのよ?貧乏暇なしなの!」
分かった?と問う私をじぃっとレオンは見つめた後、私とつないだ手にギュッと力を入れた。
「分かった!でも、シリル・・・それって胸を張っていうことか?」
「開き直りも大事よ」
そう言って、にやりと笑った私に小さな声でレオンは「ありがとう」と言った。
それはきっと耳をダンボにしていた野次馬たちにも聞こえなかったに違いない。
そうやって我が家に連れてくる形となったわけだが、レオンは案外と上手にお兄ちゃん役をこなすから、弟や妹にはすぐ懐かれて大人気になった。レオンは私と同じ年だったが、気分的にはもう一人弟が出来た感覚である。両親も細かいことは気にしない質なので(もう少し気にしてほしいくらいだ)ニコニコと子供がじゃれ合うのを見守り、レオンのことは私のお友達だという認識だ。
「うまい!!!」
「にいちゃん、にいちゃん!シリルねえちゃんのりょおり、うめーだろ!」
「ほふがほごごふまいふぅぅん!!!!」
「いや、汚いって。飲み込んでから喋りなさいよ」
「ほーはな!!!」
「だから――」
「ん、んぐ!おかわりぃ!!!」
「あっ!にいちゃん、ずるい!!ねえちゃん、ぼくも!!」
「わたしもぉ!!」
「はいはい」
我が家に溶け込みすぎだ・・・。恐るべしレオン。
そうやって食事した後は、私や弟妹たちとどろどろになるまで遊んだ。レオンは上等な服を構わず汚そうとしたので、着替えさせた。この服のボタン1つにどんな価値があるのか分かっているのか、いないのか・・・とにかく、こういうことには頓着しないらしい。
そしてあっという間に夕方になった。弟妹たちはもちろん、私もレオンは泊まっていくだろうと思っていたのだが、あっさりと「じゃ、帰る!」と言って弟や妹たちをビービー泣かせた。
「い゛がないでぇえ゛ーーー」
「ま、まだ、あ゛ぞぶぼん・・・んわぁああああ」
「ごめんな。そろそろ帰らないと・・・・・」
困ったように・・・それ以上に嬉しそうに泣いて別れを惜しむ弟妹達を見ているレオンは、自分が帰ると言った瞬間に見せた苦々しい表情を自覚していないのだろう。
堪らず、私はレオンを引き留めようとして・・・やめた。だから、かわりに・・・。
「レオン、また来なさいよ?今度も荷物持ち、してもらわなきゃ!」
「――ああ。絶対にまたシリルに会いに来るよ」
そう言って、笑ったレオンの顔はさっきまでの表情とは全然違って、私はほっとしていた。
・・・レオンに気を取られていた私は、いきなり静かになった弟妹達には全く気が付かなかった。
「・・・・・・なんかあまい・・・」
「グレルにいちゃん、しぃぃぃーーーー」
それから約束通りレオンは家に遊びに来るようになった。
「シリル、ご飯が食べたい!!」
「さっき食べたばっかりでしょーが!!」
「シリルの飯が旨いから仕方ない!」
「仕方なくないわよ・・・。夕食までが、ま、ん!」
「シリル、今日も顔面の調子がいいな!!ドキッとしたぞ!!」
「レオンのくせに私に嫌味なんて、百万年早いわよ!全く、言われなくても今日も最高に不細工よ!」
「嫌味じゃないのに。シリルの頑固者・・・・・!!」
「何?なんか言った??」
「・・・。なんでもない」
「シリル、怪我をしたんだ。みてくれ」
「え!?どこよ??――って、こんなかすり傷、ツバでもつけときなさいよ」
「でも、痛いんだ!ひりひりする」
「もうっ!仕方ないわね。そこに座って」
「シリル――・・・!」
「グレル~。レオンに傷薬塗ってあげて~!!」
「・・・・・」
「どんまい。レオンにいちゃん」
「・・・・・」
「シリル、町へ行こう!祭りだ!!」
「行かない。祭りのときは稼ぎ時なの」
「稼ぐ?何かするのか?」
「歌うのよ」
「よし!俺も手伝おう!!」
「あっ!こら!!また勝手に――――!!」
「シリル、なんで歌を歌うとき顔を隠すんだ?」
「ゲッパ鳥だからよ」
「――凄く綺麗なのに・・・・・」
「そう?歌は少し自信があるのよね」
「そうじゃなくて・・・」
「え?私の歌は気に入らない?」
「好きだよ!!凄く・・・。あの、だから、その」
「レオン?顔が真っ赤よ?」
「皆の前で歌、歌うときは顔を隠してもいいけど・・・お、俺の前では、顔は隠さないでいいから・・・!」
「ああ、そりゃ勿論。今更隠したりしないわよ」
「誰にも、見せるなよ・・・」
「見せないわよ。商売にならなくなっちゃう」
「・・・・・。そういうことじゃない」
「?」
「シリル、明日は何をしようか?」
「明日も来るの?暇ね、レオン」
「俺が来たら迷惑か?」
「ちょっと・・・。そんな顔しないでよ。レオンが来ないと寂しいと思うわ」
「!!」
「グレルもシィラもレイズもユーリもロットも―――」
「――――シリルも?」
「そりゃ、レオン・・・。あんたって騒がしいからね。いないと変な感じよ・・・」
「そうか!良かった・・・」
「何が良かったの?」
「はぁ・・・本当に鈍いな」
「それ、最近弟や妹たちにも言われるわ。どうしてかしら?」
「・・・・・」
「レオン、今度誕生日パーティーするんだって?」
「え?」
「いつもレオンの後ろについてくる人に聞いたの!!」
「シリル!あいつと喋ったのか?」
「たまに喋るわよ?」
「えぇーー?あいつ、無口だろ?何を喋るんだよ?」
「特売品について!」
「シリルはシリルだった・・・」
「どうしたのよ?特売品情報は大事よ?今日だって・・・あ。内緒だったわ」
「一体なに?」
「なんでもなーい!」
「あの男と内緒話か?」
「なに怒ってるのよ?」
「別に・・・。怒ってはいないだろっ」
「はいはい。じゃあ拗ねないの」
「・・・・・」
「兄ちゃん、不憫だ・・・」
「かわいしょう・・・・・」
「がんばれ、レオンにいちゃん・・・!!」
「・・・ありがとな・・・」
「「「「「「「レオン(兄ちゃん)誕生日おめでとう!!!!!」」」」」」
「おわっ!!―――これって・・・」
いきなり降ってきた色とりどりの紙吹雪に、レオンは目を丸くする
「わーい!お誕生日おめでと~」
「兄ちゃんおめでとぉ!!」
「ほら!でっっっかいケーキもあるよ!」
「ケーキ、あたしたちもつくったの!イチゴのせたのよ、すごい??」
「おれ、おれ!あじみした!!」
「あ!おれも!!」
「ちょっとぉ!それはつまみぐいでしょ」
「ていうか、ケーキはサプライズだったはずでしょ?すぐ喋っちゃうんだもんなぁ・・・」
レオン兄ちゃん、兄ちゃん!と騒がしい弟妹たちの様子に、私は苦笑し、レオンは・・・・。
「え・・・。泣いてるの?レオン??」
「な、泣いてない!!」
「・・・・・」
紛れもなく目がうるうると潤んでいて今にも零れそうだけど?
もう、仕方ないなぁ・・・。
「ほらほら!レオンが折角来てくれたのよ?今日の主役に必要なモノがあるでしょう?」
「あ!そっか」
「ほんとだ!!」
私に急かされて、バタバタとユーリとロットがかけて行き、何かを手に持って戻って来る。
「はい!兄ちゃんコレ被って!」
「これもきるんだよ?」
「え?あ、ああ」
レオンは言われるがままに紙でできた手作りであろう王冠を被り、ド派手なマントを羽織らされる。
その姿に、ユーリとロットは満足げに笑い合い、両側からレオンの手を握ると“しゅやくのおせき”とクレヨンで書かれたカードがたてかけてある席にレオンを誘導し座らせる。
「さあ、皆も座って!」
私の声掛けに急いで、弟妹達が席に着く。
広間の隅に居たお母様に合図を送ると、広間が暗闇に包まれる。
そんな中、くすくすと堪えきれないとばかりに笑っている弟妹達は、大好きなレオン兄ちゃんへのサプライズの成功を確信し、笑いが止まらないらしい。この暗闇とクスクス笑いに戸惑い、きっとキョロキョロとしているだろう、レオンが私には容易に想像できてしまう。
オロオロしているであろうレオンとお腹が空いているであろう弟妹たちのためにもこの重たいケーキを早く持っていかなければいけないだろう。柄にもなくドキドキと高鳴る胸に、無意識にニンマリ上がる口元―――私も相当浮かれているみたいだ!
「お待たせしました・・・!」
「「「「「「「うわぁああああ~!!!」」」」」」」
「!!!」
「これって・・・」
巨大なバースデーケーキには、「お誕生日おめでとう、レオン!いつもありがとう!大好き!!」と、チョコレートで書かれている。
「皆で作ってくれたのか?」
一斉に頷く、シリル、グレル、シィラ、レイズ、ユーリ、ロット。
「俺、こんなに、こんなに嬉しい誕生日は初めてだ・・・・・。ありがとう」
そうやって少し俯いたレオンの頬に堪えきれなかった涙が一筋伝ったのを私は、なんだか切ない気持ちで見ていた。先日あった公爵家の誕生日パーティーとは比べるまでもないだろうに、こんなに喜んでいるレオン―――。
ああ、いけない!今日はレオンの誕生日会なのよ!しんみりしてどうするのよ、私!!
「さあ、ろうそくの明かりを消す前に、歌を歌わなきゃ!!」
私の声に、皆の視線が私に集まる。
「僭越ながら・・・私が歌わせていただきます」
「シリル・・・」
「うわぁ!ねえちゃんのうただ!」
「やったーーー!!!」
「シリルねえちゃんのおうたすきぃいい!!!」
「にいちゃん、よかったね」
「グレル、しぃぃぃ・・・!!」
届けばいい。
レオンが生まれてきてくれたこと、出会えたことに・・・・・
ここに居る全員が感謝しているって、伝えたい。
レオンに分かってほしい・・・皆、レオンが大好きなの。
一人じゃないって、気づいてほしい。
だからこそ、澄んだ高音を、腹の底から響くような低音を・・・そして、音はメロディを紡ぎ、心に言の葉が届くように・・・どこまでも届くように歌い上げる。
私はこれしかできない。
そして、私にはそれができるから・・・レオン、どうか笑って。
「シリル――。ありがとう」
「・・・どういたしまして」
ようやく見れたレオンの笑顔に私の胸がドキッと、音をたてた。
久しぶりに歌ったからかな?サプライズはやっぱりドキドキするのね。
「・・・・・。あまい」
「うん。あまいねぇ」
「ケーキ、たべれるかな?」
「たべれるよ・・・たぶん」
「だから、しぃぃぃいいい!」
それから、段々とレオンはこの家に来なくなった。
そのかわり、貴族のパーティーや社交場に積極的に参加しているという噂を耳にした。
弟妹達は寂しがっていたし、時には泣き叫んで大変だったが、私はいつかこんな日がくるだろうと分かっていた。
レオンと私は、住む世界が初めから違ったのだから・・・・・。
皮肉にも、会えない日々に思い知らされたレオンへの恋心は、風化することなく、ただただ重みを増していった。それは、誰にも知られることのない・・・私のたった一つの秘密。
あれから8年後。
「見ろよ、ゲッパのシリルだ!」
「あの子、お見合いするんだって・・・!あの顔で!!」
「絶対破談だな・・・」
「そりゃあ、あれだけ醜ければなぁ」
「シリルを見た瞬間、相手はどうなるかな・・・」
「凄い俊足で逃げ出すに一票・・・!」
「即、卒倒に二票!」
はい、はい。
噂の当人である私に全部聞こえているんだけど・・・、皆さん内緒話のやり方、知っているのかな??ええ、分かっていますよ。私なんかに気を遣う必要がないということよね・・・。私は暇じゃないので、私を見てワーワー喋る人たちに、一々反応はしていられないし、自分の顔面に関しての様々な評価は20年言われ続ければ、聞き飽きてしまったので、容易に流せる。むしろ、マンネリ化してしまった悪口に新たな革命が起きないか気になる所まで開き直っている。
いやはや・・・それにしても凄い。
私が歩く道々での皆さんの話題が、ほとんど私のお見合いで起こるだろう喜劇についてだ!お耳が早いことで・・・。
この手の噂はいっそ感心するほど伝わるのが早い。
私が“ネタ”になりやすい容姿をしていて、現にソレ絡みの小さな事件が起きるのが日常茶飯事だからなのも原因なのだろうけれど・・・それを差し引いたとしても人々はこういう話が好きなようだ。お蔭様で私はこの町では知らぬものがいないほどの有名人である・・・とても迷惑だ。私は地味に生きたい・・・地味に・・・!顔面がそれを許してはくれないが・・・。
きっとついさっき出会った旅人に「うわっ!妖怪!!」と、真昼間から悲鳴を上げられたことも数時間後にはこの町の人々に知れ渡ることになるだろう。ふふ、誰かそっとしておいて下さい。
お見合いの待ち合わせの場所へ向かいながら、私は嘆息した。
別に私は、嫁き遅れであることに関してはなんとも思っていない。
むしろこの顔面だ。性格だって可愛げがない。レオンへの想いを抱えて・・・一生独り身だろうと覚悟はしていた。
しかし、そんな私に突然・・・本当に突然、公爵家の使いの方がお見合い話を持ってきた。
断固として断る私に、公爵家の面子がつぶれる!!と執事服に身を包んだ上品な男性に髪を振り乱し、凄い形相と勢いで頼みこまれた時の私の心情は筆舌しがたい。
なぜ迷惑にも、公爵家が私の婚姻を急かすのか?という私の当然の疑問に、その執事服の男は息を乱しながら、私のような者が少しでも次期公爵様と関わりがあったという事実が問題なのだと言った。
早くどこへなりとも嫁いで欲しいのだと、言われてしまった。
次期公爵となるあいつとはもう5年以上も会っていないのに、私が恋心を募らせているなんてことも誰にも言っていないのに・・・ただの片思いも迷惑だということなのかもしれない。
ゲッパのシリルなんて呼ばれている女にずっと想われるなんておぞましいと、感じる人の方が多いだろう。ただ、レオンはきっと私が想いを伝えても、真摯に答えてくれるとは思う。きちんと、言葉を選んで断ってくれるだろう・・・・・。
そんなことをつらつらと考えていると、その男は「どうか、どうか!公爵家の面子のためです!これを断るとレオンハルト様にもご迷惑が掛かるのです!」と私の肩を痛いくらいに掴んで言った。
「レオンの・・・」
結局私は断ることができず、今日という日が来てしまったのである。
初めて足を踏み入れた町で一番の高級店。
座ったことも無いような上等な椅子に案内され、貸切状態になった静かな店内で私は一応しおらしく待った。
待って、待って、待ち合わせ時間を過ぎても、公爵家の面子・・・というか、あいつが困る顔(もう、5年以上会っていないから、実際とは大分幼いであろう)が頭をよぎってしまい、逃げ出すことも出来ず待ち続けた・・・。
バタバタという忙しない足音と言い争う声が聞こえる。
「―――さま!お待ちください!!旦那様がお許しになりません――!!」
「知るか!!俺に無断でこんなことをするなんて―――必ず報復してやる・・・っ!!!」
何を言っているかは聞き取れないが、誰かが物凄く怒っている・・・低く唸るような声が、扉の隙間から漏れ聞こえた。
扉を注意深く見ていると、パッと突然開いた。
すらりと背の高い均整のとれた体躯に、どこかの誰かと同じ髪の色・・・ああ、瞳の色も同じ吸い込まれそうな深いブルー・・・。
「シリル!!!」
「え?」
誰?じゃない――レオンだ・・・。レオン!!!
「シリル!!やっと会えた・・・!!」
にっこりと笑って現れたのはキラキラ美少年から成長し、白皙の美青年となったレオン・・・もとい、次期公爵様だ・・・。私は突然の事態にうまく回らない頭で考える。考えてやっとのことで絞り出した声でどうでも良いことを聞いた。
「私のお見合い相手の方は・・・?」
「今、目の前にいるだろう?」
「は?」
「俺が見合い相手だ!不服でもあるか?」
そう言って得意げに笑ったレオンに一瞬本気で信じそうになる。しかし、開けっ放しになっている扉の外で苦虫を噛み潰したような顔をして私を睨んでいる、あの執事服を纏った男を見て、一度期待に膨らんだ胸がシュルシュルとあっという間にしぼんでいく。
それは、そうだ。私みたいな女がレオン――次期公爵となる方のお見合い相手であるはずがない。何を馬鹿な期待をしてしまったんだろう。
「・・・・・。冗談はやめて下さい。どうせ私が相手だからお相手の方は逃げ出したんでしょう?」
全く。私を悲しませないために下手なフォローをしてくれるのは有りがたいが無理やりすぎる。
しかし、いくら私が公爵家の邪魔になるからといって、突然こんな席を用意し、お見合い相手まで巻き込むとは・・・。相手はきっとお見合い相手が“私”だということを今日はじめて知ったに違いない。
私が言うのも何だが可哀想だ・・・。
「もう来るはずのない相手を待つ“お見合い”から解放させて頂いてもよろしいですか?」
半日以上座っていると、さすがに体が強張るし、その他諸々に疲れた。
出来るならレオンともっと話したかったが、あの執事服の男が今にも噛みついてきそうな顔で私を見ている。どうやらこうやって会話することさえ許されることではないらしい・・・。
「待て・・・。シリル、5年振りだろ?もっと話そう、もっと声を聴きたい・・・。顔を見たい・・・。ずっと会いたかったんだ!!」
―――レオン。
私も会いたかった、話したかった・・・・・私に前みたいに笑いかけて欲しかった・・・!
5年振りだもの、きっとお互いに知らないこと、変わったことがあるでしょう?一杯報告したいこともあるの・・・。
でも、レオン・・・あなたはもう私の手の届かない人。
貴族社会ではすでに将来有望と周囲に期待され、貴族の美しい令嬢たちからは熱い視線を一身に受けているという。レオンの優秀な側近殿から話は聞いている。ただ、側近殿は親切でこのような情報を私に教えてくれるわけではない。暗に、今と昔は違うということ、私と次期公爵様とでは交友関係を持つことさえ不釣り合いだということ、私が見るに堪えない醜い顔面だということ・・・まぁ、最後の話は図らずとも、側近殿がお仲間さんにグチグチと話しているのを聞いてしまっただけだけれど。
私だって、次期公爵様と認められるようになった今のレオンを、私がそばに居ることで、マイナスにするなんてことはしたくない。
だから・・・。
「ありがとうございます。でも、どうか私のことはお気になさらず・・・。私の事などより次期公爵様には今大切なことがあるはずです・・・。どうぞそちらを優先なさってください」
もう私なんて放っておいてもいいのよ。ちゃんと次期公爵様らしく頑張ってね。応援してるから・・・。
目を伏せている私からはレオンの顔が見えない。
バタンッッッ!!!
「え・・・」
どうやら、レオンが物凄い勢いであの扉を閉めらしい。
その勢いのまま私の元に歩み寄ってきたかと思うと、唐突にギュッと抱きしめられる。
「シリル、シリル、シリル―――!!!」
「え!なに、ちょっと・・・・!!」
耳元で名前を呼ばれ、顔が熱くなる。
5年前の記憶の中の声よりも低くて甘い声で私を呼ぶ。
私の背丈よりも頭一つ分以上高くて手足が長いから、私は容易にすっぽりと胸のなかにおさまってしまう。会えなかったこの5年で更に逞しくなった体が、きつく私を抱きしめている。
私・・・
こんなレオンは知らない。
何が何だか・・・。どうしてこんなことに・・・!?
混乱して、腕の中から逃げ出そうとする私を、レオンはもっときつく抱きしめて拘束する。
「5年も待ったんだ・・・。ようやく、ようやく手に入れることができる。シリル、俺から離れるなんてできないよ。俺が許さない・・・!!」
「ちょっと待って、レオン。落ち着いてよ・・・」
私が〝レオン〟と口にすると、少しだけ腕の力を緩めてくれた。
「――――ああ。ようやく、シリルの気持ち悪い敬語がなくなった・・・」
「・・・・・気持ち悪い?私、これでもレオンのためを思って・・・・!」
「誰がそんな気遣いをしろと言ったんだ?俺はシリルに余所余所しい態度を取られるのは嫌だ」
「嫌だって・・・。そんな子供みたいなこと言ってられないでしょ?今と昔じゃ何もかも違うのよ?」
「そんなことはない。少なくとも俺は、シリルみたいにあからさまに人を避けたり、可笑しな敬語を使ったり・・・急に畏まって余所余所しくなったりしていない!」
「それは―――――」
「それに!俺は次期公爵様という名前じゃない―――」
いつもは白い顔を怒気で赤く染めて訴えるレオンを見て私は、ただただ驚く。
レオンがこんなに怒るところなんて見たことが無かったし、正直私の言動についてここまで怒るなんて思ってもみなかったのだ。
だが、私にも事情がある。
レオンの側近様には上記のとおり、会えばいつだって丁寧に小言を言われるし・・・。私とレオンが旧知の仲だということを、どこから嗅ぎつけたか知らないが御令嬢の方々まで私の家にまで訪ねてきて、厭味辛みを言って嵐のように去っていくのは日常になったし・・・。
それもこれも、レオンが正式に次期公爵になると発表されてからで・・・・・。いや、本当におめでたいことなのだから私も嬉しい。ただ、私のような醜く貧しい没落貴族の嫁き遅れが例え・・・5年も会っていなくとも・・・いつまでもレオンのそばをウロチョロとするのは、周囲には目障りで堪らないのだということは、十分に理解できた。
誰だって美しいものの傍に汚いものは置きたくない。当然の心理だと思う。
しかし、厄介な問題はそれ以外にもある。レオンに対して態度を改めたのは何よりも・・・弟妹たちにまで悪影響を及ぼし始めたからで・・・。私があまりにも図太いものだから、攻撃対象を変えて間接的にダメージを与える作戦にしたらしいのだ。小賢しい・・・人を貶めることに対して柔軟な動きをみせるその脳みその使い道を私は憂う。能無し貴族共めっ!!――――とまぁ、さすがの私も高位貴族サマサマにそんなことを面と向かって言うことも出来ず、弟妹たちが謂れのない攻撃を受けるのも耐えられない。だからこそ、気持ち悪い・・・らしい敬語を使い、忍者のように隠れ潜み・・・この数年レオンに出くわすことのないように気を張っていたというのに・・・・・。
「ごめんね。レオンがそんなに嫌な思いをしてるなんて気づかなかったわ・・・」
弟妹たちを守りたいという気持ちは勿論ある。
でも、なによりもレオンのためになるとも思って行動していたのだ。
だって、レオンは私たちがいなくても、笑っていた。昔みたいに寂しげな表情をすることも、何かを堪えて歯を食いしばるような所も見なかった。いつも、沢山の人の輪の中心にレオンはいたから・・・。
しかし、こんなに怒ったレオンを前にすれば自分が間違ったのだと気付いた。
私の見えないところでレオンは悲しんでいたのかもしれない・・・私たちのことを、懐かしんでくれていたのかもしれない。そんなことにも気付かず、私は勝手に自分でレオンの幸せを決めつけてた。
「姉弟みたいに育ったのに、いきなり態度を変えるなんて、そりゃ怒るわよね・・・。私とレオンはもう家族みたいなものだもの」
「シリルは本当に・・・鈍い」
「鈍いって・・・そりゃあ、レオンの気持ちにも気づかないで無視したり、隠れたり、居留守使ったりしたのは悪いと思ってるわよ」
「―――。シリルは本当に酷い・・・」
「だから、謝ってるでしょ!これからはそんな事しないわ。ごめんね、レオン」
「・・・・・・。本当にシリルはバカだ」
「なっ!?」
まだ言うか!?と、むっとして顔を上げた私の目の前にレオンの綺麗な顔が、本当にすぐ近くにある。
思わずひるんで、距離を取ろうとした私を、逃がさないとでもいうように一層深く抱き込んだレオンは、私の頬をゆっくりと撫ぜながら、喋り始める。
「直ぐに、俺を頼ってくれれば良かったんだ・・・。あんな馬鹿な奴ら、俺が全部始末してあげる。シリルと俺の邪魔する奴は皆、消す。だから――――もう、俺の事を避けたりしないで。“次期公爵様”なんて絶対に呼ばないで・・・。ずっと、これからも傍で名前で呼んでいてくれ」
「――――本当は隠れたりしたくなかった。今まで通り一緒に過ごせたら良かったのにって、私だって思ってた・・・・」
「シリル――」
何でだろう?レオンに優しく名前を呼ばれただけで、涙があふれてくる。
この5年間、いっぱい、いっぱい悩んだ。
レオンのことばかり考えて過ごす一日が沢山あった・・・。
それでも諦めなければいけないのだと・・・。もう名前を呼ぶことも、呼んでもらうこともないと思っていた・・・。
「レオンはもうすぐ公爵様になるのよ?私みたいなのが居たら、邪魔になる・・・って、いくら鈍い私だってそう思うわよ。だけど・・・・・傍に居てもいいの?」
恐る恐る、窺うようにレオンを見つめる私に、レオンは疲れたようにため息を吐いた。
その反応に、おこがましい事を言ってしまった!困らせた!とショックを受けた私は、傷ついた表情を見せないように急いで俯こうとした所を、レオンに頤を掴まれ顔を上げさせられてしまう。
抗議の声を上げようとするが、音になる前に流れるような仕草で、額に口づけられたことで一気に記憶が吹っ飛んでしまう。意識が、全身が・・・レオンだけに集中する。
「シリル。俺が公爵になるのは欲しいものを手に入れたいから・・・。でも地位がこんなに煩わしいものだなんて思わなかった。俺の唯一のものを遠ざけてしまうなんて、考えもしなかった」
「―――レオンの欲しいものって?唯一って?私でも協力できる?」
思わずそう言っていた。
レオンがそれを、とてもとても欲していると分かったから・・・。何かを欲しいなんて一度も口にしたことが無かったレオンがここまで望むものならば、協力したい。
「シリルしかできないよ」
そう言って、とてもゆっくりレオンの顔が近づいてくる。レオンの深いブルーの瞳に狂おしい程の激情が見える。そのせいか瞳の色がより濃くなっていて、とてもきれい。本当に吸い込まれそう。
都合の良い、夢なのかもしれない・・・でも、レオン私・・・。
本当に、もう少しで唇と唇が合わさる寸前に、私は自然と言ってしまっていた。
ずっと、ずっと秘めていた想いを・・・・・。
誰にも知られることなく抱えていくはずだった想いを・・・。
「レオン、愛してる」
目を見開いたまま、ピタリと動かなくなってしまったレオンを初めて自分からぎゅっと抱きしめてみる。
どうして、今まで私は我慢できたんだろう?この恋を諦められると思っていたんだろう?
こんなにも、こんなにも私はレオンを愛しているのに――――。
レオンに拒絶されないのを良いことに、私はレオンの事を抱きしめたり、頭をなでたり、すり寄ったり・・・やりたいことをやろうとして・・・・・グイッと物凄い力で引き離された。
「シリル――」
真顔になったレオンに見つめられ、私は自分のやってしまった大胆な言動を振り返る。
うわーーーーーー!!!!!絶対に気持ち悪いと思われた!!私なんて破廉恥なの!?
「あ、あの!私、私・・・!!!!!」
「理性が崩壊する前に、結婚をしないと・・・・・」
必死に弁解しようとする私の声と、小さな声でぼそりと何かを呟いたらしいレオンの声が重なり、レオンが何を呟いたのか聞き取れなかった。も、もしや、やっぱり私がぎゅっと抱きしめるのが嫌だった!?私が告白するなんて・・・嫌だった?
今にも泣きそうな私を見て、レオンは目を瞠ったあと、私を安心させるよう昔と同じようににっこりと笑った。
「シリルを愛してる。ずっとずっと、シリルだけが欲しかった」
「え、え?」
「本当に、シリルは鈍い」
「レオ――――」
今度こそ重なった唇は、中々離れてくれず・・・。
そのあとの事は・・・・・あまりに恥ずかしくてこれ以上は言えないわっ!
~翌日~(町の人々)
「なぁなぁ、やっとあの2人婚約したらしい!!」
「おっ?やっとか!!いやはや、無事にくっついて良かったぜ!」
「あの子供だった2人ねぇ・・・。私も年をとるわけだ・・・・」
「2人の出会いから、ずっと見守ってきたもんな・・・」
「――――あんた、ちょっと泣いてないかい?」
「歳をとると涙腺が弱くなるんだよ。ほっといとくれ・・・!」
「ははっ!こんなにめでてぇ報告なんだ!!今夜は皆で宴会だぁあああ!」
「「「「「「いよっしゃ!!!」」」」」」
~翌日~(シリルの弟妹たち)
「おーい!シリル姉ちゃんの婚約のこと、町で大騒ぎになってるよ?」
「いいんじゃない?だって、これもレオン兄ちゃんが広めてるんだよ、きっと」
「ああ。これだけ2人の婚約が喜ばしいと町中で騒ぎになれば、あの狸親父もようやく黙ってくれるもんね」
「シリル姉ちゃんも逃げられなくなるしね・・・」
「その点に関しては、もう随分前から手遅れだったわよ」
「「「「「たしかに」」」」」
「むしろ、何であんなラブラブ光線に気が付かないのか、不思議なほどだったよな?」
「「「「「うん、うん」」」」」
「何回、レオン兄ちゃんを慰めたことか・・・」
「シリルお姉ちゃん、全部無意識でいろいろやらかすから、大変だったわよね・・・」
「これで、ようやく俺らもお役御免ってわけだな!」
「グレル、甘いわね・・・。砂糖よりも甘いわ!!」
「シィラ?なんで?」
「あの2人がこれから何も問題を起こさないなんて絶対にありえない!」
「むしろ、これから糖度アップの・・・際限知らずの痴話げんかに巻き込まれる可能性があるね」
「今から胸焼けしてきた・・・」
「とりあえず、肩を落として泣いているお父様を慰めに行きましょう?」
「全然出番ない上に、娘持ってかれるなんて・・・、考えてみれば親父は一番不憫だな」
「そ、れ、は、しぃいいいい!!!!」
~遠い昔・・・ある日のお茶会~(レオン)
「この歌声は?」
「ん?ああ、素晴らしいだろう?」
「はい・・・。誰が歌っているのですか?」
「確かまだ幼い・・・ちょうどレオン、お前くらいの年ごろの子だ」
「え!?ボクと同じ年で?凄い・・・・・」
「興味があるかね?」
「――はい」
「しかし、姿を見ると残念な気持ちになるぞ?何せあの子はゲッパのシリルと先日あだ名をつけられたくらいに醜い容姿らしいからな。庭には出ずに、ここで歌を聴いているだけにした方が良い。醜い容姿で美しい歌声なんて、見ていても滑稽なだけだ。まさにゲッパ鳥だな!ハッハッハ!!」
「・・・・・・・」
(シリル・・・。ゲッパのシリルか)
~1年後~(とある夫婦)
「ねぇ、レオン」
「うん?」
「もう少し離れて歩かない?」
「どうして?」
「だって、皆見てるわ・・・」
「そうかな?」
(俺のシリルを見る奴は、消す・・・・・)
「――あれ?さっきまでは確かに・・・」
「ねぇシリル、今日のご飯はなに?」
「ん?ああ。さっきね、お肉屋さんの店員さんが良いお肉が入ったからって教えてくれたの!だから今日はステーキにしようと思って!」
「さっき?」
「ええ。ほら、レオンがオーウェン伯爵に呼び止められたときよ」
「くそ!あの野郎・・・。まだ諦めてなかったか・・・」
「レオン?ステーキは嫌?」
「いいや。シリルの作るものは何でも旨い!!」
「またそんなこと言って・・・。たまにはシェフの料理も食べてあげないと可哀そうよ?」
「だって、シリルの料理が一番旨い。それに――――、シリルが料理を作れないときはちゃんとシェフの料理を食べてるから問題ないだろ?」
「――――――!!!!!!」
「あ。気づいた・・・」
「この!バカレオン!!!」
「甘い・・・なぁ」
「甘すぎる・・・」
「しぃぃいいい!!」
読んで下さり、有難うございました!!!