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まおーとゆうちゃ  作者: 佐倉硯
だいにしょう
6/11

ろくっ!

魔界の朝は早い。


人間界とは異なる太陽と月を所持しているこの世界は、太陽の目覚めが人間界に比べて早くなる。二つの世界にはタイムラグが発生し、双方の世界を行き来するのは非常に困難を極める。魔界の時は早く進み、人間界の時がそれを追う。魔界から人間界への移動は案外簡単なものなのだが、人間界から魔界へ向かうというのは次元を逆に超えてこなければならないので難しい。


人間が魔界へ向かえば魔界の時間に支配され、たちまち人は老いてしまう。


まぁ、実際のところ出入口となっている次元空間では魔界側にケルベロスが番犬として存在するので、まずそこを超えなければ無理な話なのだが。魔界と言えば薄暗く奇妙な光景が広がっているのを想像されるだろうが、それはほんの一部だけで意外と人間界に近い形をしている。夜行性の魔族がいることは否めないが、魔族は人間と等しく日中に行動する。


それでこそ城の外には商店が立ち並ぶ城下町が広がっているし、家族という概念がない魔族達はそれぞれの種族に分かれて生活をしている。城下町に暮らすのは戦闘力が低い者や争いごとを好まない種族が大半を占めているのは事実だ。


魔界にだって通貨は存在するし、商業だって盛んに行われ、人間達の暮らしとほとんど差異はない。

あくまでそれは魔王が暮らす城下町に留まってしまうのだが。


ゆうちゃが訪れて初めて迎えた朝も、相変わらずの賑わいを見せていた。


「魔王様」


ふと、声をかけられた魔王は手に持っていた資料から顔を上げ声の主を確認した。深い礼から顔を上げ、ようやく確認できた表情は穏やかなもので。フリルをあしらった白いメイド帽で後頭部を覆っていて、そのメイド帽とは正反対の色を持った、漆黒の艶やかな髪を大きな紺色リボンで結びあげ、大きなお団子をしているのが印象的だ。

白い襟がついた、スカートの丈が長いリボンと同じ色をしたメイド服。長袖の先にはまた折り返しの白い袖があり、そのメイド服の上には何の飾り気もない白いエプロンが存在する。黒いタイツに美しく細い足を隠し、牛の皮でできたブーツを履きこなすその人型の雌。


魔界では珍しい黄金色の瞳を持ち、けれどそれに美しさよりも鋭さを感じられるのは気のせいではない。


メイドが多く存在する城内において、このような格好をしているメイドは、唯一彼女だけだ。他のメイドは質素な服を身につけているだけで、これほど高級な生地に袖を通すことすら出来ないだろう。ではなぜ目の前にいる彼女はこれほどまでに上質なメイド服を着ているのか。


一言で説明しよう。


メイド長である彼女の趣味だ。


今となっては見慣れてしまったものの、当初その姿を見た魔王は絶句した。明らかに人間の衣装を身にまとったメイドを見て、呆れや怒りをあっさりと通り越したのだ。


『その衣装、一体どうやって手に入れた?』


絶句した魔王がようやく開口一番に尋ねると、メイドはニッコリと笑ってあっけらかんと答える。


『通販です』


メイドの言葉に魔王は再度絶句したが、その言葉の意味を推理した途端、盛大なため息が漏れた。


――側近に買いに行かせたんだろうなぁ。というのはある意味明確で。


魔界に人間界の商業と流通する術はない。ネットワークなど存在しない互いの世界で、しかも敵同士の二つの世界が何かを共有することはありえないのだ。ゆえに考えられる方法としては自己で入手するか、魔族の誰かに入手してもらうかである。


そしてもう一つ――彼女はそんな面倒なことは絶対にしない。


断じてなのでもう一度言う。絶対に、だ。


側近とメイドを比較すれば、側近の身分が遥かに高いことはお分かりいただけるはずだ。彼をこき使えるのは魔王だけという暗黙の了解があるにも関わらず、彼女はメイドの立場でアッサリとそれを覆した。ただ、魔王はその状況を把握した上で、このメスならやりかねないと諦めた。


多分――否、絶対の確率でこのメイドはドSだ。


側近は愚か時々魔王さえもそのサドスティックを披露する相手に選ぶほど、彼女のドSぶりは魔界でも有名。恐れを知らないはずはないのだが、果敢に挑んでくるその言動に、魔王も翻弄されることがしばしばある。


側近=通販呼ばわりしている時点で、神経の図太さは証明されただろう。泣く泣くメイド服を人間界で手に入れてきた側近の姿が目に浮かぶ。それでも許されてしまうのは、彼女がメイド長を名乗る者であるから――つまり、それなりにベテランなのだ。メイドとしての品格は他のメイドと比べられないほど突起しており、雑務を卒なくこなすことに置いては右に出る者はいない。


だからこそ彼女にゆうちゃの世話役を命じたのだ。


「なんだい?」


礼儀正しいメイドの一礼を見届けた後、魔王はそう言いながら書類に視線を落とした。そっけない魔王の態度はいつものことらしく、メイドは慣れた様子で微笑みながら用件を口にする。


「勇者様がお目覚めになられました」


たったそれだけの報告だったのだが、魔王は再び顔を上げると喜びに満ちた笑みを浮かべた。


それにはさすがのメイドも驚きを隠せなかった。途端、すぐにいつもの無表情に戻った魔王はメイドの反応に疑問を抱き徐々に眉間にシワを寄せて首をひねる。


「どうかした?」

「あ、いえ……」


予想外だった表情を見せられ戸惑いつつそう答えながら、メイドは即座に理解した。


その表情は無意識ですか……。


執務中にどんな報告をしても書類から顔を上げるどころか、返事一つしないからこそ反応は新鮮そのもので。メイドの心中を察しない魔王は口元に笑みを浮かべながら、見るからに嬉々とした様子でメイドに告げた。


「では食の間に食事の用意を。ゆうちゃと朝食を取りたいんだ」

「はい、かしこまりました。すぐに料理長に命じます」

「頼んだよ」


用件を告げた魔王は再び書類に視線を落とすも、ふと違和感を得て動きを止めた。いつもならば用件を聞いたメイドは即座に動きを見せて、執務の邪魔にならないよう静かに退室する。けれどメイドの気配がいつまでも執務室の中に留まっているのを感じ、魔王は不思議そうな表情をしながら視線を向けると、やはりそこにはメイドの姿があった。


「……どうしたんだい? 食事の準備は?」

「ええ、致します。致しますが……」


と、語尾を濁したメイドの不審な様子に魔王はますます疑問めいて凝視した。相変わらず無表情に直立不動し、まっすぐに魔王を見つめているメイドだが、その瞳が戸惑いに揺れたのを察する。

まだ何か言い残したことがあるらしいと悟った魔王は、首をひねりながら再度問いただした。


「どうかしたのかい?」


魔王の質問にメイドは大きくため息を吐いて、それからすぐに持ち直すとはっきりとした口調で事実を告げ始めた。


「申し上げます魔王様」

「うん?」

「先ほど、勇者様がお目覚めになられたと報告させていただきましたが」

「うん……え? 起きてないのか?」

「いえ、報告を虚偽する理由がございません」

「では何だ?」

「お目覚めになられたのは事実なのですが……」

「……何? はっきり言ったらどうだ?」

「……はい。勇者様がお目覚めになられてから、一時間が経過致しますが、未だにベッドの中からお出にならないのです」

「ベッドの中から出てこない?」


その報告を聞いて、魔王はますます分からないといった様子で眉間にシワを寄せる。目が覚めてからすでに一時間も経過しているのに、ベッドの中から出てこないというのは一体どういうことか。


「体調が思わしくないのかい?」

「……それに近いような近くないような」

「っ!? どこか痛がっているのかいっ!? まさかっ、昨日あげたお菓子が体に合わなかったとかっ!?」

「簡潔に申し上げますと、おねしょをされたらしいのです」


それをさっさと言えばいいものを、メイドはズルズルと結論を延ばしておきながら、実にアッサリとそれを口に出した。


「…………はぁ?」

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