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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの弟
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その1

 ぼぉっと天井を眺めた。

細かい彫刻を施したパネルをつなぎ合わせた天井は、どこかの美術館とかを思わせる。

人の気配が室内でしているのは、先ほど控えめなノックの音と共に誰かが――見なくてもそれがこの屋敷で働いている使用人の一人であることは判っている――入り込み、枕辺のチェストに湯桶を置き、カーテンを丁寧に纏め上げているからだ。


 小気味の良い絹づれの音を耳にしながら、引きかぶっているキルトからもぞりと左手を引き出して五本の指を広げてみる。

今は何の変哲もないただの指。


 昨日までは薬指に祖父ちゃんの形見である銀の指輪がはまっていた指。

眠る前に左指から指輪を引き抜いたのは、軽い期待を込めてのことだった。

小峰風香が祖父の残した「M69星雲へと行く指輪」を指にはめたことにより、この見知らぬ祖父ちゃんの国へとたどり着いてしまったのであれば、逆に指輪を引き抜くことによって風香の本来居る場である、地球の日本に戻れるのではないかという期待があった。


 だが、するりと抜けた指輪も、そして世界も変化することは無かった。

 ためしにもう一度指輪をはめこんでさえみたが、指輪はぴかっとひかったり熱をもったり、ましてやうんともすんとも言うことは無かった。

 ぐったりと脱力した風香は、祖父の忌々しい指輪を乱暴に外し、八つ当たりで思い切り壁に投げつけて不貞寝したのだ。


 目覚めれば少しだけ後悔が滲んだ。

確かに祖父ちゃんは椎茸に埋もれて死ねばいいと今も思っているが――それどころか祖父ちゃんは死んでいるが――指輪に罪は無い。

 あくまでも悪いのは全て祖父ちゃんだ。

「指輪をはめればM69星雲に行ってしまうから気をつけろ」と一言忠告してくれればいいものを。いや、言ったとしても信じていなかったのだから、おそらく指輪をはめたことだろうけれど。

だが一言あれば一瞬くらいは躊躇したし、もう少し優しい気持ちになったことだろう。

 とりあえず祖父ちゃんは祖母ちゃんから往復ビンタでもくらえ。

 もぞもぞと身を起こすと、可愛らしい濃紺の衣装に白いエプロンをつけたメイドさんが窓辺のカーテンをひとつ纏め上げ、にっこりと微笑んで頭を下げた。


「――」


は?


 その唇からこぼれた言葉に、風香は瞳を瞬いた。

いつもであれば、メイドさんはにっこりと微笑んで「おはようございます」と礼儀正しく言ってくれるというのに、本日のメイドさんはまったく耳に馴染まぬ言葉を口にしたのだ。

 英語? フランス語? いや、ドイツ? まさかのメソポタミア公用語?

とにかく日本語では無い言葉。

「え、なに?」

 咄嗟に風香が素でそう返すと、メイドさんも一瞬キョトンとした瞳をし、軽く眉を潜める。

それから口を開き、またしても「――」早口に何事かを言うのだけれど、生憎とまったく理解できない。

 二人して言葉を幾度も応酬させたが、意思の疎通を図ることができずに風香は混乱した。

挙句――混乱する風香をメイドさんは残して去ったのだ。

 

 いったい今のは何だったのだろうか?

風香はなんだか嫌な気持ちになりつつ、とりあえずもぞもぞと寝台から這い出て、置かれている湯桶でばしゃばしゃと顔を洗っていたのだが、突然ノックのひとつもなく扉が開いた。

「フーカ」

 怒鳴るように名前を呼ばれ、顔を洗っている最中であった風香は、思わず「ぶほっ」とおかしな噴出をしてしまった。

 いくら大叔父といえども、女性の部屋に無遠慮に入ってくるのはいただけない。

何といっても、今の格好ときたらこちらに来た時のTシャツにリアル熊さんのバックプリント下着だけという有様なのだ。

 風香はわたわたと慌てながらおかれているタオルを引っつかみ、顔をぬぐいつつ不平の声をあげた。

「ドーン大叔父さんっ、せめてノックしてもらわないと」

「――」

 しかし、その後ドーンが口にした言葉は、先ほどメイドが話していた言葉と同じものだった。


 何を言っているのか理解できない。

ただ、時々「フーカ」という音が混じっているので――ドーンが喋っているのは風香に対してだと理解できるし、だがその内容はまったく理解できない。

 何より、その風香だって、いつもと発音が違う気がする。

 風香は混乱と恐怖にじりじりと後退しつつ、ハっと気づいた。


――もともと言葉は違かったのではないか?


 突然言葉が通じなくなったのではなく、もともと言葉は違うものを喋っていたのではないか?

 そもそも風香が突然このM69星雲(便宜上)にたどり着いた時だって、言葉が通じるのかと焦ったものだ。

 なんといっても相手の外見的特徴と日本人とでは大幅に違うのだし、暮らしてみれば明らかに世界自体が違う。言葉が通じると思うほうが間違っている。

 風香は何故突然言葉が通じなくなったのかと頭をぐるぐると回転させ、ドーンが困惑しながら何事かを言っているのを無視し、やがて「指輪だっ」と叫んだ。


 昨日まで通じていた会話が今日通じない。

昨日の自分と今日の自分で何が違うかといえば、祖父ちゃんの呪いの――ではなく、祖父ちゃんの残した「M69星雲に行く指輪」だ。

 ドーンが何故か上着を脱ぎながら何事か言い続けているのを無視し、風香は突然身をくるりと翻し、昨夜壁に叩きつけた指輪へと突進した。


「うわっ、棚の後ろかっ」

腰辺りまでの棚、掃除の為にか拳ひとつ分程の隙間が作られているそこに落ちたようで、風香は棚に左手を掛けて身を乗り出すようにし隙間に手を突っ込んだ。

「フーカっ」

 ドーンの焦ったような声が聞こえてくるが、すでに回答を導きだした風香は「ちょっとまってて」と通じないことを承知で返答を返す。

背後から近づいたドーンは不機嫌丸出しで足音も高く風香に近づくと、脱いだばかりの上着を風香の突き出た腰にばさりと掛けた。


 ぐぐぐっと必死に手を伸ばして、ぷるぷると小刻みに震える指先が硬質な指輪に触れた途端――

「何をしているんだっ。それに、どうしておまえはそんな格好なんだっ。

そんなっ、あ、あられもないっ」

 というドーンの言葉が耳に飛び込み、風香はおかしな格好のまま硬直した。

左手は棚の淵を掴み、上半身は腰の高さの棚に乗り上げ――もう片方の手は棚の裏手に手を突っ込み――そして、先ほども言ったように自分の格好ときたらTシャツに下着だけ。

 背後には叔祖父。

おそらく突き出た尻に、ドーンが掛けた彼の上着。

リアルなツキノワグマのイラストの上にドーンの――



「うっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



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