その4
「でも、よくドーン叔祖父さんやヘレン曾祖母ちゃんはあたしの言うことを信じてくれましたね」
今のドーンの説明を聞いたところで、確かにエリスが納得できようはずはない。むしろ言い出した人間の額に触れて「いい病院紹介しようか?」の類だろう。
一年前に失踪した男に孫って、なんじゃそりゃ、だ。
だというのに、この屋敷の家人は誰一人としてこの馬鹿げた話を茶化したり鼻を鳴らすことも、恐ろしい程すんなりと信じてくれた。
そして、突然現れた得体の知れない風香をヴィストの孫として屋敷に迎えてくれたのだ。
どう考えても門前払いの案件だろうに。
場合によっては隔離病棟。
「風香も私達が血縁であると判っているだろう?」
「判る、というか――ドーン叔祖父さんは若い頃の祖父ちゃんの写真に面差しがそっくりだし、髪の色も瞳の色も」
若い頃の祖父ちゃんの写真は、ずばり結婚式。
モノクロの写真にはこの世の春真っ盛りの祖父ちゃんと、その隣には死んだ魚の目をしたタエ祖母ちゃんが白無垢で写りこんでいる「うわー」な一品だ。
風香がドーンやヘレンを親戚だと認識した事柄をどう伝えようかと言葉を捜していると、ドーンは怪訝気な顔をし、白手に包まれた手を心持あげ、中指の先端をつまむようにしてその白手を引き抜き、すっとむき出しになったごつい手の平を突き出した。
「?」
「重ねてみるといい」
おずおずといわれた通りに手を重ねると、風化の手はドーンの指先、第二関節の辺りまでしか沿わない。
あまりにも大きさの違う手に気恥ずかしさすら感じていると、ドーンは風香の気持ちなど気づかぬ様子でその手を握りこんだ。
「私や母さんは素養が少なく、魔法使いとしては名を連ねていない。だが、それでも自分達の血族はすぐに判る――波動のようなものを感じるだろう?」
当然のように言われたものの、風香は眉を寄せて触れ合う手に意識を集中させた。途端、ばちりと静電気のようなものが走り、風香はびくっとその手を引き抜いた。
ドーンまでも一瞬驚きをみせたものの、すぐに冷静さを取り戻し、どこか自嘲めいた笑みを浮かべてみせる。
「さすがヴィストの孫だな。私よりもずっと素養がある」
「今の……」
小さなぴりぴりという痛みをもつ自分の手を握りこみ、困惑に眉を潜めた風香に、ドーンは一瞬妬みのような感情を覚え視線を逸らした。
「ヴィストは魔法のことは言わなかったのか?」
「言ってましたけど――」
――御祖父ちゃんは天才魔法使いなんだよ。
と、胡散臭さ丸出しのに阿呆くさい台詞であれば、一山いくらの二束三文で売れる程に聞かされ続けた。
風香は頭の中でげしげしと祖父を蹴倒し、その口の中に串刺しにされた椎茸を押し付けた。
椎茸だけのバーベキューを存分に楽しめ、ジジイ。
「だが、素養があるのであればよかった。この先どうしたら良いかと思案していたのだ。集中力を高め、詠唱を学び、魔方陣や魔道具を駆使すれば自分の国に帰ることもできるだろう」
さらりとドーンに言われた言葉に、風香は顔をあげた。
学びって、え?
「それって……」
「なんだ?」
その言い方、なんだかちょっとおかしくはないだろうか。
風香は引っかかった単語を舌の上でなぞりあげ、そしておそるおそると問いかけた。
「その言い方だと、まさか自力で帰れってコト……じゃ、ないですよね? だってここは魔法のある国なんですよね? 誰かに頼めば帰れるんですよね?」
――人生に嫌気がさしたら遊びにいけばいい。
祖父ちゃんはそう言っていた。
つまり、コレは遊びに来ているだけなのだと思っていたからこそ、半ば開き直ってここでこうして暢気に茶をすすっていたというのに。
ひきつる風香を無表情で見下ろし、ドーンは哀れむかのように淡々と言った。
「今までにヴィストのように自分の体を飛ばすことができた人間もいなくはなかったそうだが、生憎と他人の体を飛ばすことができるものは聞いたこともない」
瞬間、血の気が一息にうせた。
頭の中ににまにまとした顔のジジイが踊る。
祖父ちゃんの糞馬鹿野郎!
椎茸だけじゃ足りない。
ピーマン!
いや、もうハバネロだ。
粉々にして口や鼻から流し込む。
もう何度でも死ねっ。
そして地獄に落ちるがいい。
祖母ちゃんのトコなんぞ行かせるか、ド阿呆っ。
「それから、風香」
風香が今にも失神しそうになっている現状で、ドーンはそっと苦笑を零した。
「その叔祖父というのはやめて欲しい。なんだか突然年をとった気持ちになる」
しかし風香はそれどころでは無かった。
魔法使いの祖父を持つ風香は、これから自ら魔法使いを目指さなければならないのだ。
へたりとその場に座り込み、風香は魂の抜け殻のように呟いた。
「ここ、ウォシュレットないのに……」
――天才魔法使いの孫、小峰風香の魔法使いへの道の幕開けであった。