その4
なんだかうやむやのうちにカピバラが仲間に加わった――
某ゲーム系の音楽が脳内で流れるが如く。
というか仲間というか、もう愛玩動物だ。
一人用のソファにぐったりとしている風香の足元で、口も能力も自由を取り戻したカピバラはでろんっとうつ伏せで伸びている。まったく何にも役にたちそうにない、ただの足マットっぽい。
それのふわふわの毛を素足の先でなでていると、クリストファーを見送って来たドーンは顔をしかめた。
「はしたないことをするな」
「――はしたないって、何がです?」
「素足をさらすなと言っているのだ」
「……」
疲れた様子でどさりと反対側の一人掛けソファに座るドーンは、不機嫌を隠そうとしない。素足をさらすなと言われても、今着用しているのは祖父ちゃんのズボンのリメイク品。出ているのは本当に足先だけだ。
ひょいっとカピバラの毛に埋もれている足先を引っこ抜き、相手によく見せるように足首をくるりと回してみせた。
「風香っ」
「――スミマセン」
そんなに怒らなくてもいいではありませんか。
肩をすくめてカピバラの横に置かれている室内用の柔らかな靴に足を突っ込むと、ドーンは目と目の間を嘆息交じりにもみ込んだ。
「お前の母親はお前をいったいどのように教育したのだ。このままでは結婚もできないぞ」
「だから、うちのママはちゃんと教育してくれていました」
ドーンが言う教育とは、すなわちきっと淑女教育というものであって風香が受けていた教育とはまた違うことは容易く風香にも想像ができる。だがいちいちそれを訂正してやる程風香は親切ではない。
「ドーン大叔父さんに結婚の心配をされるいわれはありません」
「心配するのは当然だ。私はこの家の当主だ――勿論、お前が魔法使いになればその座はお前のものになる。そうすれば、必然的に跡取りが必要になる。その跡取りを産み落とすのはお前にとって重要な事柄だ」
さも当然のように言われるが、風香は唇を尖らせて自分の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「だーかーらー。
魔法使いになったら日本に帰るんですったら。帰っちゃう人間が跡取りになったら大変でしょうが」
「だったら、帰る前に結婚して跡取りを残してもらわなければ」
ぎゃあっ。
お話になりません。
「だが、先に言っておく」
「なんですか」
「クリストファーは駄目だ」
きっぱりと言い切られた言葉に、ひくりと風香の口元が痙攣した。クリストファーとの結婚など当然考えていない。何故なら――言葉にするのもはばかられるような侮辱を受けた為だ。ほんの二時間前に。
鳥頭の風香だとて、ハクショクレグフォンよりは記憶力はもっている。
「アレは魔法使いだから。重税がかせられる」
「は?」
しかし、ドーンの口から出てきたのはまったく思ってもいないものだった。
「魔法使いは稀少だ。魔法使いと魔法使いの婚姻は歓迎される。その子が魔法使いである可能性は高いからだが、そのかわり税金が高い。それを回避する為にわざわざ内縁関係のみで子供だけ作るものもいるくらいだが――一番いいのは、魔法使いの家系で能力が低く魔法使い認定をされていないものとの婚姻だ」
「うわー、猫のかけあわせかよ」
風香はぼそりと呟いた。
結婚についての話とは到底思われない。
耳折れスコティッシュ・フォールドをつくるには、耳折れ同士を掛け合わせはしないし、スコティッシュ・フォールド同士を掛け合わせもしない。スコティッシュ・フォールドとまったく違う猫をかけあわせるのだ。それでも産まれる猫が百パーセント耳折れとして産まれることはない。
耳が折れているか折れていないかはスコティッシュ・フォールドのプリーダーにとって重大な問題で、勿論値段は格段に違う。耳の折れていない猫はスコティッシュ・フォールドを名乗ろうとも外見上はただの三毛猫やらさび柄にしか見えない。その為、値段は十分の一になることもしばしば。
だからといって猫には勿論関係が無い。
胸糞悪い話である。
猫は猫――それだけでよいのに。
「と、に、か、く!
血縁として身内としてあたしの結婚が気になるのは十分わかりますが、あたしは好きな相手と結婚しますから」
「風香っ」
「最悪エリスと結婚してやるっ」
勢いのままに突きつけたが、勿論当然それはイヤだ。
風香は足元のカピバラを――すでに愛玩動物――をがしっとつかみ、思い切り振りかぶってドーンに投げつけた。
――魔法使いの結婚。
この世界ではどうやらそう単純ではないらしい。
いや、逆にもっとも単純なのかもしれない。




