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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの精霊
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その3

どげしと風香に踏みつけられ、半ば水に沈みこんだおっさんカピバラは意外な力強さで復活を果たした。

「何さらすんじゃーっ」

「こっちの台詞だ、このボケナスが」

 あやうく自分の足も水に突っ込みそうになった風香は、腕を組んで仁王立ちの様相で相手をにらみつけた。


カピバラ・バーサス・風香――はたから見れば動物虐待の様相だが、相手は黒塗りサングラスをつけた不良カピバラなので動物愛護団体も生ぬるく見守ってくれるだろう。いや、それ以前に「動物(せいれい)と本気で喧嘩をするのはやめなさい」と諌められてしまうかもしれないが。


「満月の晩に指輪を破壊すると封印が解かれるソウデスネ」

「はぁ? 何の話だよ」

「とぼけんな。

今、ドーン大叔父さんからしっかりと聞いてきたんだからね。

それに、そもそもあたしのことをヴィストだと思い込んでいるクリストファーがもってくる話じゃないでしょ。風香って名前すら知らないのに。

はじめっからおかしいと思ってたんだよ」


もちろん、はじめっからおかしいなどと思ってはいなかった。

怪しげな自称クリストファーの精霊というカピバラの話しを完全まるまる信じてしまった風香だが、そこはちょっとばかり自分のうっかりを隠すように修正しておく。

 少しばかり擁護するのであれば、風香は確かにおかしいとは思ってはいなかったが怪しいとは思っていた。

 

風香のそんな剣幕を前に、サングラスをかけたおっさんくさいカピバラは「はぁー?」とあからさまに馬鹿にした声を吐き出してくる。

「お前は精霊を判ってないな。

俺様は偉大なる精霊様だぞ。お前の名前くらい知っていて当たり前だと思わないのか? 満月の晩に指輪の封印が解かれる? 魔法使いでもないドーンの台詞を信じるのかよ?」


 心底あきれた、という様子のカピバラに風香の勢いは途端に失速した。

 

そう言われてしまうと、確かにドーンは「私は魔法使いではないから、確たることは言えない」とも言っていた。

ドーンは魔法使いとしての素養がない為、おそらく魔法使いとして必要な知識なども学んでいないだろう。

 つまり、ドーンからの進言は間違っている可能性がある。


「精霊は嘘なんざつかねぇよ。

ま、それも明日の晩になればわかるさ」

 言い捨てて、ぱっとカピバラはその姿を消した。

残された洗い桶の中には波紋がつーっと広がり、やがてぴたりととまる様をじっと見つめながら、風香はぺたりとその場で座り込んでしまった。


 カピバラの言葉を信じるべきか、ドーンの言葉を信じるべきか。

精霊は嘘なんてつかない。


もちろん――胡散臭いカピバラを信じるかヒョウモントカゲモドキのようなドーンを信じるべきかといわれれば、一応身内でもあり、現在この生活を保護していくれているドーンを信じるべきで……いや、まて。ヒョウモントカゲモドキとカピバラならカピバラのほうが好きだ。

 いやいやまて、そういう話ではない。

混乱をきたした風香のシナプスは接続を拒否している。


「あれー……」

起毛の絨毯の上に押し付けられた自分の手。

左手の薬指に収まっている銀色の呪いの指輪を見つめ、風香はぐぐぐっと眉を潜めた。

「封じられている精霊って、そもそも出てこられるの? 封じられているってことは、普通なら出てこられないってことなんじゃない?

そうすると、やっぱりあれはクリストファーの精霊なのかな」

 自分の中に沈殿していく疑問を一つづつ口にしていけば、信じるべきはやっぱり精霊の言葉のような気がしてくる。


「そもそも、アレがこの指輪に封じられている精霊なら……もっと早い段階でうろうろしていてもおかしくない訳だし」


――魔法使いであるクリストファーに尋ねる。


もちろん、それが一番確実だ。

こんなところでぐるぐると回答のでない問題で頭を悩ませているより、よほど建設的。それいがいで風香にできることといえば……

「そっか、精霊の本を読めば何かっ――って、読めないんだってばっ」


 馬鹿、風香、馬鹿。

馬鹿すぎるっ。

もちろん日本語ならばこんな問題にぶち当たることなど無いのだが、ここは宇宙人の惑星だ。まさに未知との遭遇、知らんわボケの世界。

「本は読めない。

けど相手はクリストファー」


 カピバラを信じるのであれば、この提言はクリストファーからなのだから会いに行くことに何の問題もない。

 心優しい――らしい――クリストファー大先生は、それこそ優しく手を差し伸べて、この風香の頭の中でうだうだとしている疑問をすべて払拭してくれることだろう。


 ついでに祖父ちゃんの借金のことも忘れて欲しい。

 祖父ちゃんの借金はあくまでも祖父ちゃんの借金だが、だからといって直径の孫である自分がそれを踏み倒すのは人間的にどうなのだろう。できればしたくないのだ。

 本当は優しいというその今のところミジンコ程も見かけていない優しさを、遺憾なく発揮して是非とも借金のことは忘れて欲しい。

ぱぱぱーっと。

綺麗さっぱり水洗トイレに流すつもりで。


 借金は返って来ないつもりで貸せ!

そういう教育を受けていた風香だが、ふと気付いたらこれは祖父ちゃんから教え込まれたありがたい家訓ではなかったであろうかと思い出す。


「風、お金を貸す時はあげるつもりで貸すんだよ。

返ってくるとは思わないこと。それでもどうしてもという時は、失って惜しくない金額、相手が大事な人である時だけ貸すんだ。そして決してうらんではいけないよ」


……それってつまり、もともとクリストファーからした借金、返す気なんぞないっつーことでは……ない、よね?


祖父ちゃん……?

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