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魔法使いの孫【連載版】  作者: たまさ。
魔法使いの孫
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その1

 夏の暑い日、祖父ちゃんは八十一歳という年齢で天寿を全うした。

妻を亡くした寡夫にしては長生きしたほうだろう。

身長が高く、青い目をして濃いブラウンの髪。そのふさふさの髪は禿げることはなかったが、晩年には綺麗に真っ白になっていた。

母さん曰く「若い時は信じられないくらいハンサムだったのよ。外国人の子ってたまには虐められたものだけれど、まぁ、あの外見だけは自慢の父だった。風ちゃんは御祖父ちゃんにそっくりで良かったわね」な祖父は、誰もが認める――電波な人だった。


 どれくらい電波か簡単に説明する前に、もっと祖父ちゃんがちょっとアレなことを示す上で判りやすい単語もある。

終戦直後の混乱期にうちの祖母ちゃんに一目ぼれした祖父ちゃんは、当時では名前すら認知されていなかったであろう【ストーカー】になった。

現代であれば、おそらく警察の人に怒られてしまうくらいには真面目なストーカーだ。


 そして現代であれば、祖母ちゃんにも祖父ちゃんから逃れる為の法律が幾つもあったことだろう。接近禁止とか――いや、あまり意味は無かったであろうけれど。

祖父ちゃんは無駄に勤勉だったし、こと祖母ちゃんに関してだけは行動力がはんぱなかったそうだから。


 毎朝毎朝もんぺ姿の祖母ちゃんを追いまわし、戦後すぐの混乱期。他人様の白い目も、国際結婚などものともせずに、最終的には祖母ちゃんではなくて曾祖父ちゃんを説き伏せて、判りやすく言えば祖母ちゃんを金で買った。

 そう言うと祖父ちゃんは「結納って素晴らしい制度だと思うね」などと言い張っていたが、祖母ちゃんは黙秘権を貫いて風香が七つの頃に死んだ。


「頼むからあの世にまでおいかけてくるな」


 それが祖母ちゃんの遺言だ。

祖父ちゃんは、その言葉がなければ一緒の棺桶で燃やして欲しかったと常々言っていたので、祖母ちゃんはきっと祖父ちゃんなら自殺でもしでかして追いかけてくるのではないかと、全てお見通しだったに違いない。


「可哀想な祖母ちゃん……」

 今頃は祖父ちゃんが祖母ちゃんめがけて一直線だろう。

新幹線より早いリニア、更には音速すら超えて。

年老いて尚近所のババ共に大人気だった祖父ちゃんは、ちっとも脇目を振らずに祖母ちゃん一筋だった。


母さんは「色々問題はあったけれど、おしどり夫婦って素敵よね」と言うが、そのおしどりは実は毎年相手を変えているので使い方間違ってるよ、とは風香は言わずにおいた。

 おしどりにはおしどりの苦労とか色々とあるに違いない。

さて、そんな祖母ちゃん限定ストーカーな祖父ちゃんは先ほど説明した通り、電波な人でもあった。



「祖父ちゃんは魔法使いだったんだよ」

と、子供の頃に言われ続けた風香は、思い切り祖父ちゃんに洗脳されていた。

「祖父ちゃんは実はこの星の人間じゃないんだ」


 にんまりと笑った祖父ちゃんは「M69星雲からやってきた魔法使いで、うっかり穴に落ちて転がりこんだらウサギの罠にはまって、気づいたら日本の山の中だった」らしいが、色々と有名どころのお話がごちゃ混ぜになっていることに気づいたのは小学生になってからだった。


 昔のヒーローとまか不思議の国が混在していると気づくのに時間がかかったのは、純粋だったからだと大目に見て欲しい。


 それまでは心から信じていた。

祖父ちゃんはなんといっても外面と顔面だけはぴか一の祖父ちゃんだった。

 洋画のヒーローの言葉を疑うなんて誰にもできないだろう。

「HAHAHA、嘘じゃないさ」

爽やか、渋いイケメン俳優――ただし悪党は、どちらかといえば好かれてしまうのだ。

そしてその孫といえば、信じて信じて、幾度も騙された。

鬼籍に入った祖父ちゃんには――さすがにもう二度と騙されることもないだろうけど。


 祖父ちゃんは悪意の無い嘘を撒き散らし、平和で楽しく孫である風香――つまり、たった一人の孫娘を騙しまくって、祖母との約束通り天寿を全うして死んだ。

 できれば地獄に行っていて欲しいけれど、祖父ちゃんは腹立たしい程要領はいいので、地獄への扉をひらりとかわし、祖母ちゃんのいる天国に滑り込んでいることだろう。

それこそ賄賂と愛想のよさをフルに使って。


 そして最後に残ったのが。

「M69星雲に行く指輪かー」

 風香は、祖父ちゃんが鎖に通して首からぶら下げていた指輪を親指と人差し指で挟み込み、物悲しい気持ちで眺めまわした。

 秋口も終わりに近づき、冷たい風が身に染みてくる。

四十九日に墓を磨き上げた孫娘は、しんみりと呟きながら、残された指輪を眺めた。


 何の変哲もない指輪だ。

黒ずんだりしていないからきっとプラチナだろう。

綺麗な円ではなくて、ちょっとだけゆがんでいる。

石のひとつも無い、極シンプルな指輪。

内側には本来であれば名前が記されているのだろうが、この指輪の内側には何か模様が刻まれていた。


「風、おまえが人生に嫌気がさしたら、M69星雲に遊びに行っておいで」と最期にくれた指輪。

 最後の最期まで孫を騙くらかして逝った祖父ちゃんは――是非とも祖母ちゃんの居る場ではなく、




地獄に逝くといい。




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