真っ直ぐに君の元へ
木田から連絡を受けた睦月の行動は素早かった。
あっという間に授業中の教室を飛び出し、出雲の実家を探し出した。
睦月の心を占めるのは苦い後悔。
こうなることは予測できない事ではなかった。
出雲が衿香に興味を持っていたのは分かっていたのだし、衿香が学園の庇護下から抜け出した時点で何らかの対策を講じる必要があったはずだ。
だが、自分は何もしなかった。
しなかったというより出来なかった。
自分が何かすることにより衿香を傷つけるのではないかという不安が、睦月の行動を邪魔したのだ。
その結果がこれだ。
出雲の実家にたどり着き、睦月の来訪を知っていたかのように待ちうける屈強な男たちを殴り飛ばし、扉を蹴破り、睦月は愛しい人の姿を探しまわった。
どうか、無事で。
ドアの向こうに衿香の気配を感じ取り、逸る気持ちを抑えようともせず睦月はドアを破壊した。
「あ」
それは誰の声だったのか。
衿香の上げたものなのか、それとも自分のものだったのか、分からない。
ただ睦月は目の前の光景に立ちすくむしかなかった。
驚いたような目をしてこちらを見つめる衿香がいるのは出雲の腕の中だった。
瞬間、睦月の中に禍々しい真っ黒な感情が湧きあがる。
それは自分で驚くほどの破壊欲求だった。
あれほど守り抜きたいと思った衿香ごと、全てを、この手で壊してしまいたい。
そうすれば衿香は永遠に誰のものにもならないのだ。
だが。
心を焼き尽くすような真っ黒な炎は瞬間的に消え去った。
そんな事をして何になる。
一瞬でもそんな事を考えた自分が哀れで仕方ない。
「道化だな」
そう自嘲気味につぶやいた時、衿香が立ちあがったのが目に入った。
今更なにを言うのだろう。
ふらりふらりとこちらに歩いてくる衿香を困惑の表情で睦月は見守った。
別れの言葉か?
それとも謝罪か?
どちらにしろ、睦月にとって聞きたくない言葉なのだが。
「衿香ちゃん?」
ふと睦月は衿香の顔色が酷く悪いのに気が付いた。
その瞳は自分を見ているようで、実は焦点が合っていない。
慌てて手を差し伸べるが、衿香はその手をすり抜けるように体ごと睦月に飛び込んできた。
「え?ちょっと?」
気を失ったのかと思えば、背中に回された衿香の手がぎゅっと睦月の服を掴んだ。
「睦月先輩」
睦月の胸に顔を埋めたまま、衿香が声を絞り出した。
「どうしたの?衿香ちゃん?」
「……ごめんなさい」
ああ謝罪か、と睦月の心が暗く沈む。
そう思えば鼻をくすぐる愛おしい人の香りさえ、胸苦しいものに思えてくる。
しばらく息を整えていた衿香が顔を上げた。
その尋常ではない青白さに睦月が息を呑む。
「迎えに来てくれて、うれしかった」
「え?」
「好きです」
「……え?」
空耳か?
聞き返そうとした時、衿香の体からがくんと力が抜けた。
「ちょっ……!」
慌ててその体を支えた睦月の頭の中には疑問符が山のように積み上がっていた。




