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欲しいもの

 まだまだ話し足りないと言う義隆に、時間がないと出雲が一喝した。

 その一言で黙る義隆。

 どうもこの親子は息子である出雲義騎の発言力の方が大きいらしい。


「じゃあまたいつでもおいで。待っているから」


 優しく微笑む義隆に礼を言い、衿香が元いた部屋に戻ると、そこには白衣を着た卯月の姿があった。

 傍らに置かれたステンレス製のワゴンの上には見覚えのある注射器と採血の道具。

 その注射器の大きさに衿香の顔色が一気に悪くなった。


「どうする?衿香が嫌なら無理強いはしないが」


 衿香の肩を支えるように立っている出雲が耳元で囁いた。

 正直怖い。


「血を提供すれば、私が狙われることはなくなるんですよね?」


 衿香が問えば出雲は頷く。


「危険が格段に減ることは保障しよう」


 出雲の答えに衿香は頷いた。


「分かりました」


 黙ったまま二人の問答を聞いていた卯月の口元がゆっくりと弧を描いた。

 その不気味な笑顔に思わず衿香の足が一歩下がる。


「大丈夫だ。卯月は人外化研究の第一人者だ。多少学者肌で変な奴だが、衿香に危害を加えることは絶対にない」

「絶対に?」

「そうだ。卯月も血族だからな」

「?」

「これは特殊なことで口外はしてほしくないんだが、お前の血には出雲の血以外に卯月と貴島の血が混じっている。これは俺の祖父が先祖がえりだったために、人外化に出雲の血だけを使うのは危険だと判断されたからだ。人外というのは血族同士の絆が強い。同じ血を持つものを無意識のうちに守ろうとする。そのいい例が貴島晴可だ。奴はお前に貴島の血が入っていることを知らない。だが伴侶がいるにも係わらず、本能的にお前を守ろうとしていた。卯月も俺もそうだ。お前を傷つけることは絶対にしない。安心していい」


 不安に瞳を揺らしながらも頷く衿香の頭を優しく撫でて、出雲は微笑む。


「そろそろいいだろうか」


 いつの間にか注射器を手にした卯月が衿香を手招きした。


「時間がない」


 そう言葉少なに告げる卯月に出雲も頷く。

 出雲に優しく背中を押され、衿香は覚悟を決めた。

 

 



 目を閉じて自分にもたれかかる衿香の血の気のない頬を出雲が優しく撫でた。


「大丈夫か?」


 その問いに僅かに頷くが、それだけで頭の中がぐらぐら揺れた。

 一体どのくらいの量の血液を採られたのだろうか。

 体がだるくて仕方ない。

 そういえば今日もお昼抜きだったし、このところ忙しくてしっかり食べてなかったなあ。

 そこまで考えて衿香は重いまぶたを無理矢理開けた。


「戻らないと……」


 午後は調理器具の搬入に立ち会う予定だったのに。

 何の引き継ぎもせずに衿香がいなくなれば、みんなに迷惑をかけてしまう。

 体を起こそうとする衿香の肩を出雲がぐっと押し戻す。


「学校には連絡しておいた。心配せずに迎えが来るまで休んでろ」

「迎え?」

「ああ。じきに来るだろう」


 迎えとは誰のことだろう。

 学校から誰かが来てくれるのだろうか。

 それとも家から?

 疑問は溢れてくるが、口を開くのも億劫なくらい体全体が重い。

 髪を撫でる出雲の大きな手が心地よくて、衿香が思わず意識を手放しそうになった時。


 どおおおおおおおおおん。


 大きな音と共に床が揺れた。


「な!?」


 眠りに落ちかけていた衿香は一気に覚醒する。

 隣に座る出雲を見上げるが、彼は衿香の肩に手を回したまま悠然とドアを見ている。

 そうしている間にも、音と振動が鳴り止むことはない。

 それどころか段々とこちらに近づいてくるようだ。

 半分寝ぼけている状態の衿香は思わず隣の出雲にしがみついた。

 そんな衿香に出雲は大丈夫というふうに微笑みかける。

 次の瞬間。


 ばあああああああああん!


 大音響と共に目の前のドアが吹っ飛んだ。


「あ」


 バラバラになったドアの残骸の向こう、白煙の中に立っていたのは久しぶりに目にする睦月だった。

 



 なぜこんなにボロボロなんだろう。

 呆然と睦月を見つめながら一番に衿香の頭に浮かんだのはこれだった。

 ドアの向こう、息を切らして立つ睦月の制服は薄汚れ、所々裂け目が出来ている。

 髪は乱れ、頬には無数の小さな切り傷、口元にも血を拭ったような跡があった。

 その顔にいつもの余裕は感じられない。

 怒りと焦燥に彩られた恐ろしいほど真剣な瞳が衿香にまっすぐ注がれていた。


「迎えが来た」


 不意に衿香の耳元で出雲が低く囁いた。

 迎え?

 睦月先輩が?

 じゃあ先輩がこんなにボロボロなのは、私を迎えに来るために?


 その時、自分の胸に湧き上がった感情の名前を衿香は知らない。

 ただ、何かを睦月に伝えたかった。

 霞がかかったような頭のまま、衿香はふらりと立ち上がった。

 立った途端耳鳴りが衿香を襲う。

 足がふらつくのを何とか踏ん張って堪えた。

 霞む目を凝らして睦月を見ると、険しかった表情がふと力を失った。

 何かを呟いているようだが、耳鳴りが酷くて衿香の耳には届かない。

 一歩、一歩。

 衿香は睦月に向かって足を踏み出した。

 徐々に近付いてくる睦月の顔が揺れる。

 もう少し。

 あと一歩。

 必死で足を動かす衿香の視界が暗くなった。

 頬に感じる人の温もり。

 これだ。

 私の欲しかったものは、これだ。

 衿香は抱きついた両手にぎゅっと力を込めた。


 


 

 


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