兄妹
「本当にすまないと思う。母にも、神田氏にも、きみにも」
深く頭を下げる義隆に衿香は慌てて言う。
「あなたが謝ることではありません」
「いや、父が自分本位な行動を取らなければ、母は何の問題もなく神田氏と結婚し健やかな家庭を築いただろう。衿香は幼くして社交に出る必要もなく、母の愛を充分に受けることが出来たはずだ」
義隆の言葉に一瞬、衿香の記憶がフラッシュバックする。
もし、母が父と普通に結婚していたら。
衿香は大人だけに囲まれた幼少時代を過ごさなくても良かったかも知れない。
普通に幼稚園に通い、同年齢の友達と過ごし、小学校で友達から浮くこともなく。
普通の小学生として生活できていれば、衿香が陽介に依存することもなく、あの忌まわしい事件も起こらなかったのではないだろうか。
だが、今更『もし』を連呼してみても現実は何一つ変わらない。
ましてや産まれたばかりの義隆に、何が出来た訳でもないのだ。
「出雲のおじい様に罪があると言うなら、私の母にも罪はあります。そしてあなたが私に謝ると言うなら、私もあなたに謝らなければなりません」
衿香は義隆の目をまっすぐ見つめた。
「あなたから母を奪ってしまって、ごめんなさい」
衿香が犠牲者だと言うなら、義隆も同じく犠牲者だ。
ぺこりと頭を下げようとする衿香を、義隆が慌てて押しとどめる。
義隆と衿香、二人の顔に同時に微笑みが浮かぶ。
「神田氏が社交の場に綾人くんを連れてきた時、私は直感した。彼は私の弟だと。それは孤独だった私の希望の光だった。決して公に出来ることではない。それでも私に血を分けた肉親が存在するという事実がどれほどの喜びを私に与えたか。そしてその数年後、赤ん坊の衿香を見た時には妹まで出来たのかと」
「俺が産まれた時より喜んでたって、母さんがブチブチ言ってたぜ」
「義騎が可愛くなかったわけじゃないんだよ?義騎が母さんのお腹に宿った時の喜びはどれほど大きかったことか。私の血を分けた存在がどれほど愛おしいものか。だが母さんのお腹の中で大きくなるのを見ていたお前とちがって、衿香は予告もなしに私の目の前に現れたんだ。そんなサプライズに喜ばない訳がないじゃないか?」
苦々しく笑う出雲と対照的に晴れやかな笑みを浮かべる義隆。
衿香の心に温かくて、わずかにくすぐったいような感情が満ち溢れる。
衿香が存在しているだけで、幸せになってくれる人がいる。
それはなんと幸せなことなのだろうか。
「衿香、生まれてきてくれて、本当にありがとう」
そう照れもせず口にする義隆に、衿香は頷くことしかできなかった。




