手駒のつぶやき
父の目を見た時、衿香は確信した。
父はこうなることが分かっていた。
いや、こうなるように、衿香を学園に入学させたのだ。
兄には負い目があったはずだ。
社交を肩代わりさせている事に加え、自分の親友が幼い衿香の心に傷を負わせたこと。
父はそこを利用した。
男嫌いを公言している衿香を、共学である全寮制の学園に放り込み、花婿探しをさせる。
衿香が嫌でも抵抗しないのを承知の上でだ。
あの夏祭りの夜の電話も、わざとではなかったのだろうか。
疲れている衿香を断れない社交に出席させる。
妙に怒っていた晴可の印象が強くて、あの時の兄の様子は覚えていないが、晴可のことだ。
なぜ衿香を黙って行かせるのか、兄に詰めよったのだはないだろうか。
衿香の知らない場面でも、父は何かを仕掛けていた可能性がある。
そうやって父は少しずつ兄の良心に負荷をかけた。
今、それが実を結んだのだ。
父は兄を手に入れた。
絶対服従という、条件までつけて。
神田の後継者を手に入れたのだ。
上機嫌で笑う父に、衿香は何も言えなかった。
ただ、やはり自分は駒なのだ、という現実を噛みしめていた。
駒には何を言う資格もない。
ゲームを進める存在の思うがままに動くだけ。
全ての思いを呑みこんで、衿香は目を伏せた。
一瞬、別れ際の睦月の微笑みが頭をよぎる。
それでも自分に何が出来るのか。
例え転校の手続きが整うまでの間、学園に戻ったとしても、睦月に何をどう伝えればよいのか、衿香には分からなかった。
「お父様のご都合の良いように」
「そう?じゃあ、ママの具合もあまり良くないし、しばらく家にいてもらおうかな。寮には人をやって荷物を引き上げさせるから」
「はい」
心が頭がジーンと痺れたようで、何も感じない。
「衿香。今まで済まなかった。これからは会社の事は考えず、自分のやりたい事をやってくれ」
兄の言葉が空虚な胸を通り抜けていく。
何を今更と、責めることが出来れば楽なのに。
ふざけないで、と。
私の今までしてきたことを否定するの?と。
だが衿香は何も言う事が出来なかった。
兄はきっと本心から衿香を心配して決断したのだ。
大事なものを手放す覚悟を決めて。
その代償の大きさを知っているからこそ、衿香には何も言うことが出来なかったのだ。
「はい。ありがとうございます」
自分がそう答えるのを、衿香は他人事のような感覚で聞いていた。




