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綾人の決意

 兄が会社を継ぐ。

 それは衿香にとっては青天の霹靂だった。

 綾人は幼い頃から自由人だった。

 神田家の長男でありながら、社交を嫌い、家を嫌い、外に飛び出していった。

 自然と周囲は衿香に期待を寄せた。

 お人形のように見栄えもよく、聞きわけもよい、小淑女の見本のような衿香を誰もが褒めたたえた。

 父でさえ、神田には衿香がいるから安心だねと、いつも口にしていた。


「ふ~ん。それはまた、どういう風の吹きまわしかな?」


 父が面白そうに綾人の顔を見た。


「思いつきじゃない。ずっと考えていた事だ」

「へ~、そうなんだ。今のビジネスはどうする気?」

「あれは大学で試験的に行っているものだ。あとを継いでくれる者がいれば任せればいいし、いなくてもそれで生計を立てている者がいる訳でもないから問題ない。神田が本格的にビジネスにすると言うなら、経営権を譲渡してもいい」

「あ~そ~。ふ~ん」


 父は考えの全く読めない顔でにやにやと笑っている。


「で?何か条件あるんでしょ?」


 父の言葉に綾人の顔に緊張が走った。


「……衿香を自由にしてやってほしい」


 は?

 衿香は心の中で盛大に聞き返した。

 私を、自由に?

 なにから?


「具体的にはどういう事かな?」

「社交の禁止と学園からの転校」

「お兄さま!?」


 我慢しきれずに衿香は叫んだ。

 何を言っているんだろうか、この兄は。


「まあまあ。衿香の意見もあとで聞くから。今は綾人の意見を聞こう」


 父の声に衿香は黙らざるをえなくなる。


「理由は?」

「衿香は、俺の身代わりとして、幼い頃から、普通の子供の生活を犠牲にして、神田のためだけに生きてきた。俺の身勝手のせいで、衿香は色んなものを諦めてきたはずだ。もういいだろう?親父。衿香を自由にしてやっても。衿香は充分神田の娘としての責任を果たしたはずだ」

「ふーん。自覚はあったんだねえ。でも衿香は幾つになっても神田の娘だよ?その責任は一生ついて回るものだ」

「自由を知らずに、自由を求めることすら知らずに、衿香は一生生きていかなければならないと言うのか?」

「自由、ねえ」

「衿香が成人するまでの時間でもいい。自分で考え、決断できるだけの力を身につける時間を、衿香に与えてやってくれないか」

「そんなに僕は衿香のことを束縛してるつもりはないんだけど、ねえ。衿香?」


 父が衿香に話を振ったが、綾人は衿香が答える隙を与えなかった。


「生まれてずっとその状態だったんだ。束縛されていることすら衿香は感じないだろう。だからこそそれが問題だと言っているんだ」

「問題かあ」

「万が一、親父が突然死んで、神田が無くなったら、衿香はどうする?今まで自分だった物が、自分を構成していた世界が無くなったら、衿香はどうやって生きていく?」

「僕をそんな簡単に殺さないでほしいけど。まあ、確かに、死は予告なしに訪れるものだからね」


 うーんと父は腕組みをして天を仰いだ。

 父が何を言うのか、衿香は息を呑んで見守った。


「いいよ。その条件呑むよ」


 何でもない事のようにさらりと父が言った。

 綾人が肩の力を抜き、衿香の顔が強張った。

 父は二人の様子を全く気に留めることなく言葉を続ける。


「でも、こっちの条件も呑んでもらうよ?」


 父はニンマリと笑った。


「神田に入る、とはなかなか言ってくれるよね?まずはその姿勢から改めてもらおうか」

「……」

「神田に入社したら、お前はただの新入社員。神田での発言力も一切ない状態からのスタートだ。上司の言葉に一切の反抗は許されない。だがその半面、嫌でもお前は後継者として扱われる。衿香が代わりにこなしてくれていたお前の大嫌いな社交も、連日のように出席しなくてはならなくなる。それも拒否は一切許されない。ちゃんと覚悟出来てるの?」


 父の言葉を噛みしめるように、綾人は歯を食いしばった。


「自由気ままに暮らしてきたお前に、衿香の代わりが出来るのか?」


 父の問いに綾人は深く息を吐いた。


「できる」

「社長命令には絶対服従だよ?」

「分かった」


 ふーん、と言って父は衿香に視線を移した。


「って事だから。転校の手続きには一週間くらいかかるかな。その間、どうする?一旦学園に戻る?家にいてもいいけど」


 父の目が決定事項だと衿香に伝えていた。

 


 

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