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豪徳寺ありさの事情

 

 衿香の頼みごと。

 それは親衛隊の情報網を使って、睦月の所在を随時明らかにすることだった。

 親衛隊員はどこにでもいる。

 その情報を点と点で結べば、睦月がどこにいて、どこに向かっているのか一目瞭然だ。

 普段、親衛隊員はその情報を元に睦月を追いかけているのだが、衿香はそれを逃げるために使うのだと言った。

 ありさは全ての情報が衿香に流れるように携帯を操作しながら、衿香の本意を考える。

 

 睦月は学園の全女子生徒が憧れる存在だ。

 優しく、穏やかで、華やかで、美しい生徒会長。

 もちろん他の生徒会メンバーや各委員長、各部長に熱を上げる生徒もいるにはいる。

 でも睦月を嫌う生徒など、学園中どこにもいないだろうと思っていた。

 衿香はその完璧な生徒会長のお気に入りの生徒だ。

 先輩たちに聞いても、睦月があれほど頻繁に親しげに一人の女子生徒に声をかけるのは珍しいと言う。

 ありさからすれば、衿香は成功者だ。

 それなのに衿香は睦月は攻略対象外だと断言した。


 睦月さまの何が不満だと言うんだろう。

 ありさは衿香を見て蕩けそうな微笑みを浮かべる睦月の顔を思い浮かべる。

 あの笑顔が自分に向けられるのだったら。

 ありさは何でもするだろう。

 ありさの望みを叶えてくれる、あの微笑みが手に入るのだったら。



 ありさの実家は大地主だった。

 借地代だけで贅沢に暮らしていける、そういう家だった。

 ありさは正妻の子供ではない。

 父が使用人だった母に産ませた子供だ。

 母の妊娠を知った正妻は怒り狂い中絶を迫った。

 だが当時健在だった、祖父母のとりなしで産むことが許された。

 父はただ正妻の怒りに怯え、部屋で震えていたらしい。

 産むことを許された母だったが、許されたのはそれだけだった。

 ありさを産むと同時に母は屋敷を追い出され、消息は不明だ。

 怒りに震える正妻とそれに震える父がありさを愛するはずもなく、ありさは当時離れで暮らしていた祖父母に育てられることになった。

 それは幸せな毎日だった。

 豪徳寺家令嬢としては扱われなかったが、祖父母はありさに限りない愛情を注いでくれた。

 祖父母と共に、祖父母が愛した先祖代々の庭の手入れをするのが、ありさの何よりの楽しみだった。

 祖父母が相次いで亡くなった後も、ありさは離れで暮らし、その庭の手入れを続けていた。

 庭の草や、木を触っていると、背後で祖父母の優しい気配を感じられる気がして、孤独な屋敷の暮らしにも耐えられた。

 その生活が一変したのがこの春。

 存在すら認めてもらえなかったありさが、豪徳寺家長女として学園に入学する事になったのだ。

 

「このままではこの屋敷も人手に渡ってしまうのだよ」


 父は涙ながらにそう言った。

 ありさは息を呑んだ。

 この屋敷が、庭が、人手に渡ってしまう?


 父の話では叔父が婿入りした製薬会社の経営が上手くいかず、父は叔父に言われるまま所有する土地を売り、金を渡していたらしい。

 今では屋敷とその周囲の土地しか豪徳寺家には残されておらず、このままでは近い将来、屋敷を手放すしかなくなるのだと言う。


「どうすればいいのです」


 ありさが問うと、父は目頭を押さえながら言った。


「貴島総合病院を知っているだろう。この春、貴島の息子がさやかと同じ大学に入学するらしい。さやかが貴島の息子と結婚することになれば、製薬会社は息を吹き返すにちがいない」


 さやかというのはありさの従姉妹で製薬会社の一人娘だ。

 ありさとちがい、生粋のお嬢様で、蝶よ花よと育てられたさやかは、気は強いが美しさにおいては誰にも負けない。

 貴島総合病院は全国に分院を持つ、民間としては国内最大の規模を誇る病院だ。

 さやかと貴島家の三男が結婚すれば、会社の未来は約束されたも同然だ。


「それで、どうして私が学園に?」


 ありさが進学するのは高等部だ。

 貴島の息子が大学に進学するなら入れちがいになる。


「この縁談には大きな問題がある。貴島の息子には婚約者がいるんだ」

「は?」

「いや、婚約者と言っても、公に婚約披露したわけではない。大した家柄でもない娘で、世間では若気の至りだともっぱらの噂でな。さやかとの婚約を持ちかければ、向こうも考え直すにちがいない。だが、その存在が厄介なのには変わりない。その娘が学園の三年に在籍しているのだよ。お前には娘に身の程を考えるよう説得してもらいたいのだ」

「……」

「その娘には気の毒だが、身分違いの縁談は、きっと本人にとっても苦しいものになるはずだ。今ならその娘も傷がつかずに済む」

「私などの説得が、効果あるでしょうか……」

「何を言う。お前は豪徳寺家の長女なのだぞ。学園と言えども、お前以上の家系の者はいる訳がない。自信を持ちなさい」

「ちょう、じょ」

「豪徳寺家の長女として、この屋敷を守れるのはお前だけだ。お前を可愛がってくれた祖父母のためにも、がんばってくれないか」


 そうやって学園に来て数ヵ月後。

 そんな中、突然豪徳寺家の長男である兄が入院した。

 それからしばらくして従姉妹のさやかも同じく入院した。

 貴島家の三男との縁談は絶望的な状況に陥ったらしい。

 雅の説得に当たっていたありさには新たな指示が出された。

 実家の危機を救える人物を探せ、と。

 つまりはありさ自身が結婚相手を探せという事。

 豪徳寺家の明暗はありさに託されたのだ。

 

 きっと睦月さまなら何とかしてくれる。

 睦月さまと貴島家の三男の方とは仲が良いという噂だし、何より睦月さまのお力があれば、豪徳寺家は何とかなるはずだ。

 衿香が何を思って睦月の事を避けるのか知らないが、強大なライバルがリタイアした今、最大のチャンス到来だ。

 愛する庭と祖父母の笑顔を胸に、ありさは闘志を燃やすのだった。

 



  

  

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