嵐の予感
「ちょっと、神田さん。このカメラ、どうも調子がおかしいわよ。取り替えてちょうだい」
夏休みの密着取材の新聞も発行を終え、衿香は本格的にありさにカメラの取り扱い方を教えていた。
一応一眼レフのカメラだが、昔のように難しいものではない。
撮りたい被写体に向けて、シャッターを切るだけなのだが。
衿香はありさの差し出したカメラの画像を点検しながらため息をつく。
どうやったらこんな写真が撮れるんだろう。
ブレていたり、肝心の被写体がピンボケだったり、怪しげな光が入っていたり。
静止画を撮ってこれでは、球技大会の写真を撮らせたらどんなことになるんだろう。
呆れるを通り越して、首を傾げ不思議がる衿香に、ありさは不服そうに唇を尖らせる。
「神田さんの教え方が悪いんじゃないのかしら」
「教え方って……」
あくまでも高飛車なありさを前に、衿香は考え込む。
撮りたい対象を画面の中心に捉え、シャッターを半押しする。
それ以上教える事があるのだろうか。
「まあ、数を撮るしかないわね。まずは、園芸部の花壇に行ってみましょうか」
秋といってもまだまだ日差しは強いが、吹く風は夏とはちがって爽やかだ。
園芸部の花壇にも秋の花がちらほらと咲き始めている。
衿香とありさはそれぞれ好きな花をカメラに撮り始めた。
基本、人を撮るのが好きな衿香だが、花を接写で撮るのも好きだ。
目で見るのとはちがう、花びらの質感や繊細さがカメラを通すと見えてくる。
ありさも花は好きらしく、文句も言わずに黙々とシャッターを切っていた。
「あら、あれは」
衿香がコスモスの花に神経を集中していると、突然ありさが声を上げた。
「ちょっと、神田さん、あれ、睦月さまじゃない?隣にいるのは誰ですの?」
「え?」
ありさの声に顔を上げると、花壇の向こう、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩く男女の姿が見えた。
一人はありさの言う通り、睦月だ。
睦月の姿を見るのは始業式での壇上の挨拶以来だ。
その隣を歩くのは。
誰だろう。
背中で揺れるふわふわの柔らかそうな髪。
顔はここからでははっきりとは見えないが、なんとなく整っていそうな雰囲気だ。
「睦月さまと隣同士で歩くなんて、神田さん以来の暴挙だわ!」
ありさが悔しそうに叫んだ。
暴挙かどうかはさておいて、睦月が女子生徒と肩を並べて歩く光景を目にするのは初めての事だ。
もちろん、親衛隊長や雅は近くにいる事も多いが、それとはちがう親密な空気が二人の間に流れているように見えるのは睦月の柔らかい表情のせいだろうか。
衿香の胸がなぜかざわめいた。
「あっ!行ってしまうわ!ちょっと、神田さん!あれが誰か確かめに行くわよ!」
ぐいぐい腕を引っぱられて衿香は我に返った。
「いや、別に確かめなくても……」
動こうとしない衿香に苛立った視線を送り、ありさはあっさりと手を離した。
「いいわ!私一人でも行くから!その代わり、情報は渡さないわよ!」
「あ、ちょっと」
衿香が引きとめるのも聞かず、ありさは花壇を飛び出していった。
誰なんだろう。
呆然と立ち尽くす衿香の問いに答えてくれる者は誰もいなかった。




