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夏目の告白

「夏目くん、背、伸びた?」

「え?そっかな~。でもえりりんと夏祭りで最後に会ってから、一週間くらいしか経ってないんじゃない?」


 まだ人の少ない朝の廊下を肩を並べて歩きながら、衿香と夏目はぽつぽつと言葉を交す。


「そうか。いくらなんでもそんなに急に伸びないか。でもさっきはなんだか雰囲気もちがったし、急に大きくなったように思ったから」

 

 衿香の言葉に夏目は苦く笑う。


「怖かった?ごめん。つい、本気出ちゃった~」


 本気。

 時折、睦月もそういう空気を出す事があるけれど。

 あまりに普段へらへらしているから、さっきの夏目の表情は衿香にとって衝撃的だった。


「僕さ~本気になろうと思って」

「え?」


 衿香は思わず隣を歩く夏目の顔を仰ぎ見る。

 飄々とした表情の夏目は、夏休み前と何も変わらない。

 けれど、何かがちがう。

 その表情の下にあるものを探るように、衿香は夏目の顔を見た。


「夏祭りの時にね、思ったんだ。僕ってまだまだなんだって」

「夏祭り?何かあった?」


 首をかしげる衿香に夏目はへらりと笑う。


「僕にとってはね。……僕ってさ~、人外としては生まれつき能力が高いんだ。ま、晴可先輩には敵わないけど、睦月先輩以上の力は持ってると思う。でもさ、強すぎる力って、いいことばっかりじゃないんだよね~。頼りにされる半面、恐れられていつの間にか一人になってたり。だから僕は小さい頃から適当に力を抜いて生きてきた。その方が生きやすかったから」


 廊下を歩きながら夏目は淡々と話し続ける。


「でもさ~、大切なものを守るのには適当じゃダメだって、思った。今の僕にはないものが睦月先輩にはある。今の僕では力では勝てても、やっぱり睦月先輩には敵わない。だから、本気になろうと思う」

「睦月先輩?」

「うん。えりりんの高校時代の恋人には間に合わないかも知れないけど、僕がえりりんの最後の恋の相手になれるように」

「え?なんて?」


 あまりに夏目がさらりと言ったので、呆けた返事をする衿香に、彼は何でもない事のように軽く笑う。


「ま、えりりんが睦月先輩の伴侶なら、どうしようもないけどなあ」

「伴侶?」

「うん。あれ?聞いたことない?伴侶っていうのは人外にとって唯一の恋人の事。晴可先輩の伴侶が雅先輩」

「唯一って?」

「言葉通り、ただ一人の存在。人外が伴侶に出会う確率ってものすごく低くてね。ほとんどの人外が伴侶に出会うことなく、一生を過ごすんだ。けど、もし伴侶に出会ってしまったら、伴侶以外の異性には全く心が動かなくなってしまうんだって。異常なほどの執着心を持ってしまうらしい。だから、もし伴侶と生き別れる事になってしまうような事があれば、その人外は生きていられない」

「生きていられない?」

「伴侶に出会う確率が低いから、事例は少ないけど、三十年余り前にそういう事件が実際にあったらしいよ。伴侶を失った純血の人外が狂気に陥り、自ら命を絶った。その時かなりの人外が巻きこまれて命を落としたんだって」

「……なんだか、怖いわね、伴侶って」


 衿香は雅に執着する晴可の顔を思い浮かべてつぶやく。

 唯一無二の存在。

 得られたと同時に喪失の恐怖を抱き続けなければならない愛。

 それは、無上の喜びと共に無上の恐怖を運んでくるもの。

 それを得られたものはそれを幸せだと感じるのだろうか。


「僕も、えりりんが僕の伴侶だったらうれしいけど、やっぱり誰の伴侶でもあってほしくないな~。僕自身が伴侶には会いたくない。互いに運命に縛りつけられるような愛は、どこか不幸なんじゃないかな」

「そうね」

「まあ、そこが僕のまだまだなところなんだろうけどね~」


 夏目がへらりと笑ってそう言ったところで二人は教室に着き、彼はひらひらと手を振りながら自分の席に歩いていった。

 自分の席に着いた夏目は早速、隣の席の男子と楽しそうに話し始める。

 その様子は衿香の知っている夏目だ。

 見るともなくその様子を眺めながら衿香は考える。

 けれどさっきは。


 えりりんの最後の恋の相手。


 その後に出てきた伴侶という言葉に、何となくそのままになってしまったが、夏目ははっきりとそう言った。

 それが言葉通りの意味だとしたら。

 すごい事を言われたのだと気付き、ほんのり衿香の頬が赤く染まる。


「おはよう。衿香。あれ?熱ある?」


 教室に入ってきた美雨に指摘され、衿香は慌てて何でもないと手を振った。


「ふうん。衿香は秘密主義だからなあ。そうだ!朝から豪徳寺ありさに絡まれてたんだって?」

「絡まれてたっていうか、ちょっと話をしてただけよ」

「そうなの?ならいいんだけど。彼女、睦月先輩を狙ってるみたいだから、昨日の食堂での二人を見て牽制をかけたんじゃない?」

「そうね。なんだか知らないけど家柄がいいって事と、親衛隊でもないのに睦月先輩に話しかけるなって事を力説してたわ」

「やっぱり~。あまり表だって話せる事ではないんだけど、彼女の実家、かなり経済的に苦しいんですって」

「そうなの」


 この頃何かと忙しくて社交界の情報集めを怠っていた衿香には初耳の話だった。

 

「で、目をつけたのが貴島総合病院」

「貴島?」

「そう。豪徳寺家が大株主であり親戚でもある製薬会社がかなり危ない状況になっているみたいで、その起死回生の手段として貴島家との縁組を狙ってたんだそうよ」


 貴島家の縁談と言うと、貴島晴可が標的だったんだろうか。

 いや、パーティーの時にお会いした妙齢のお姉さまもいたっけ。

 衿香が首をかしげて聞いていると、美雨は声をひそめた。


「そうよ。三年の雅先輩の婚約者に製薬会社令嬢が猛アタックをかけたって訳。でも、見事に玉砕。振られた彼女は傷心のあまり入院中って話よ」

「入院中……」


 それは穏やかな話ではない。

 雅しか眼中にない晴可が、猛アタックをかける女に何をしたのか。

 想像するだけで恐ろしい話だ。

 ぶるりと体を震わせる衿香に気付かず美雨は話を続ける。


「で、登場したのが従姉妹である豪徳寺ありさ。彼女、最近まで正式に豪徳寺の娘として認められていなかったみたいなんだけど、そんな状況じゃない?だから一族の期待を一身に浴びて、お家の立て直しに必死なのよ」

「家の立て直しに……」


 美雨の言葉が衿香の心をちくりと刺す。

 それは衿香も同じだ。

 家のために、神田のために、衿香はここに来ているのだから。


「睦月先輩は貴島さんとも仲がいいっていうから、きっとその縁を頼ろうって事じゃないかしら」


 尚も続く美雨の話に相槌を打ちながら、夏目の言葉にどこか浮かれていた心がさあっと冷えていくのを衿香は感じていた。


 


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