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朝の廊下

 特にぼんやり歩いていた訳ではない。

 ごく普通に廊下を歩いていたはずだ。

 確かに少し寝不足気味だった。

 ゆうべは衿香たちの部屋に美雨が来て、消灯時間ぎりぎりまで話をしていた。

 美雨によれば千世は新聞部兼バレー部の進藤と合宿中にいい雰囲気になったそうだ。

 夏休みのエピソードを披露されて頬を染める千世はとても愛らしかった。

 美雨自身には何もないと言い張っていたが、どうなのだろう。

 あの必死さがかえって怪しいような気がするんだけど。

 衿香は夏祭りに生徒会の人たちと行った事を告白させられてしまった。

 生徒会の人たち、と強調したにも関わらず、なぜか二人は睦月さまと~とうっとりとつぶやいていた。

 何か大きな誤解をされたような気がするんだけど。

 衿香が否定すればするほど、なぜか二人は微笑みを深くし、最終的には黙らざるを得なかった。

 どうやったら誤解が解けるんだろう。

 そんな事を考えながら歩いていると、左肩に衝撃を感じ衿香の手から鞄が吹っ飛んだ。


「あら、ごめんなさい。でもぼんやりしてる方も悪いんじゃないかしら」


 一瞬、状況を掴みかねて固まる衿香に、斜め後ろから棘のある声がかけられた。

 振り向いた衿香の視線の先に、腕組みをして衿香を睨みつける女子生徒の姿があった。

 腰までありそうな長い黒髪、色白の顔に切れ長の目、平安時代のお姫様みたいな女の子。

 どうやら衿香はこの生徒とぶつかったらしい。

 そう判断した衿香は態勢を整えて、彼女に向き直った。


「ごめんなさい。確かにぼんやりしてたわ」


 素直に頭を下げ、鞄を拾い上げようとする衿香に、相手は綺麗な顔を一瞬、歪ませる。


「……いい気にならないでくれるかしら。親衛隊にも入っていないくせに、睦月さまに近づくなんて」


 相手の言葉に衿香は鞄を拾い上げようとした手を止め、首をかしげる。

 親衛隊に入っていないのは事実だ。

 けれど、衿香から睦月に近づこうとしたことはない。

 断じて、ない。


「何か勘違いしてるようだけど?」


 衿香の言葉に彼女はふんと鼻を鳴らした。


「ここは実家の権力なんか関係ないってご存知?。最終的に判断されるのは本人の素養。睦月さまが誰を選ばれるのか楽しみだわ」


 言いたい事だけ言うと、彼女は長い黒髪をなびかせて歩き去った。


「……誰?」


 衿香の口から思わず小さな疑問が漏れた。

 直後、衿香は即座に後悔することになった。

 その小さなつぶやきが耳に届いたのか、彼女が鬼のような形相で戻ってきたのだ。


「睦月さまの親衛隊に所属している豪徳寺ありさですわ!!今年度の新入生で、一番格式のある家柄で、一番容姿に優れていて、一番成績のいいのは私です!!」

「あ、そうでしたの?豪徳寺さん。よろしくね。私は……」

「知ってますわ!!神田衿香!!あ~~~~!!なんで私は知ってるのに、私の事知らないのよ!?無礼だわ!!非常識だわ!!やっぱり許せない!!」


 暑苦しい。

 非常に暑苦しい人物に遭遇してしまった。

 衿香の眉間にしわが寄る。


「とにかく、私の事を認識したのなら、くれぐれも私に敬意を払うようにね!それから、睦月さまに軽々しく話しかけないように!!」

「……」


 衿香がどう答えようか考えていると。


「いい加減にしたら?」


 突然背後から冷たい空気が流れてきて、衿香はびくりと肩を震わせた。

 ありさの恐怖を帯びた視線が衿香の背後に向けられている。

 そおっと衿香が振り向くのと同時に、肩に大きな手が添えられた。


「夏目くん」


 衿香は息を呑んですぐ後ろに立つ夏目の顔を仰ぎ見た。

 これ、夏目くん?

 衿香は目を見開いて夏目の顔を凝視する。

 それは衿香の知っている夏目の顔ではなかった。

 いつも笑みを含んでいる猫のような目は一ミリも笑っていない。

 冷たい、氷より冷たい空気がすうっと衿香の肌を撫でた。 


「ふ、ふん」


 夏目の纏う空気に完全にひるんだありさが、慌てて廊下を回れ右して走り去っていく。


「ごめんね、えりりん。遅くなっちゃった。はい、鞄」


 ふ、と夏目の目が柔らかくなる。

 と同時に周りの空気も柔らかくなり、自然に衿香の肩から力が抜けた。


「ありがとう」

 

 衿香が鞄を受け取ると、夏目の手がさりげなく衿香の背に添えられた。

 その手に促されるように衿香は夏目と並んで廊下を歩き出した。



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