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幕開け

 夏休みが終わり、学園に生徒が戻ってきた。

 衿香も始業式前日には寮に戻り、夕食の席では千世や美雨と楽しく近況報告などをしあった。

 二人は所属するバレーボール部の合宿に参加し、楽しい夏休みを過ごしたらしい。

 衿香も新聞部の密着取材の話などをしたが、夏祭りの話は胸の内にとどめておいた。


「それにしても、学院との合併話がここまで本格的になってくるとはね」


 食後のお茶を飲みながら、美雨がつぶやいた。

 正式な発表は明日の始業式の席で行われる予定だが、すでに一部の生徒の耳には今年度の球技大会に学院の生徒が参加することが伝わっていた。


「気のせいかもしれないけど、何となく空気がピリピリしてない?」


 千世もお茶のカップを両手で包んで、不安そうな目を辺りに彷徨わせた。

 確かに、男子も女子も、普通に談笑しているように見えるが、どこか浮足立って見えるのは気のせいだろうか。

 まあ、あの人たちがあれだから。

 衿香はちらりと窓際のテーブルに視線を飛ばした。

 そこは、一般生徒の使用が禁じられた一角。

 生徒会役員専用のテーブルだ。

 衿香たちが食事を済ませた頃にぞろぞろと連れだってやってきた彼らは、一見、いつも通りの華やかな顔ぶれだ。

 睦月はまぶしい笑顔を浮かべているし、信也は穏やかに微笑んでいる。

 敦志は相変わらずチャラチャラした雰囲気で、雅はいつも通り無表情だ。

 だが、その体にまとう空気感が全然ちがうのだ。

 彼らは普段から気安く話しかけられる存在ではない。

 が、今、不用意に近付いたらすっぱり切られてしまうような、そんな空気が彼らの周りに漂っている。

 衿香は夏休みに見た、出雲の顔を思い浮かべてため息をつく。

 傲慢なほどの自信に満ち満ちた出雲を筆頭に、純血主義を掲げる学院の生徒が参加する球技大会の調整は、考えるだけで憂鬱になってしまうものだ。


「そろそろ行きましょうか」


 生徒会役員たちの登場で、テーブルも満席状態だ。

 衿香はカップをトレイに置いて、美雨と千世に声をかけた。


「ええ。あ……」


 頷いて視線を上げた美雨が固まる。

 その視線の先にはこちらのテーブルに歩み寄る睦月の姿があった。


「やあ、久しぶりだね。ちょっと時間いいかな?」


 キラキラオーラを背負った睦月は、衿香たちの返事も待たずにするりと空いている椅子に座る。

 周りのテーブルの空気がざわりと動いた。


「もう聞いてるかも知れないけど、今年の球技大会に学院の生徒も参加することに決定した」


 睦月はテーブルに肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せて、衿香の顔を覗きこむ。

 一瞬、夏祭りの夜の、二人しか知らない出来事が衿香の脳裏を掠める。

 どきん、と大きく鳴った胸の音が、隣に座る美雨たちに聞こえなかっただろうか。

 必死で無表情を装う衿香の気持ちを知ってか知らずか、睦月は衿香の顔から視線を外さない。


「で、衿香ちゃん。しばらくの間、学院の生徒が生徒会室に出入りする事になるから、新聞部の生徒会の取材はしばらく中止ね」

「……はい」


 緊張して声が裏返りそうになるのを必死でコントロールする。

 それにふっと笑みを返して、睦月は美羽と千世に視線を移す。

 

「それと、校内であっても、一人で行動するのは控えて。それは衿香ちゃんだけじゃなくて君たちもね」


 睦月の視線をまともに受けた二人は、無言で首を縦に振った。



「……なんか、迫力あったね、会長」


 食堂を出ていく睦月の後姿を呆然と見送りながら、美雨がぽつりとつぶやく。

 こくこくと頷く千世。


「あの視線をまともに受け止めるなんて、さすがは衿香ちゃん」

「そうね。っていうか、あれ、なに?視線が熱すぎるんですけど?」


 黙ったままの衿香に、美雨が鋭い視線をとばした。


「で、衿香?会長とどうなってるの?」

「ふぇ?」


 いきなりの直球に衿香は変な声を上げた。


「ななななにが?なになに?」


 珍しく焦る衿香を見て、美雨と千世は無言で視線を交す。


「分かりやすい子ね」

「衿香ちゃん。可愛い」

「まあ、いいわ。部屋に戻ってゆっくり話しましょう」

「そうね。ここは人が多いから」

「いや、私、ちょっと用が……」


 慌てて椅子を引く衿香だったが、二人の動きはそれ以上に素早かった。

 するりと両側から腕を絡められる。


「女子会の始まりね」


 引きつる衿香に、美雨がにっこりと微笑んだ。


 

 

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