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晴可の苛立ち

「これから出かけるん?」


 晴可の声に、頭の中で戦闘準備を始めていた衿香は、この部屋にいた彼らの事を思い出す。


「ああ、すみません。どうしても外せない用事ができました。もうすぐ食事を持ってくると思いますから、貴島さんたちはどうぞごゆっくり」


 そう微笑んで、寝室に併設された衣裳部屋に行こうとする衿香の腕を、晴可が掴んだ。

 いつの間に、こんなに近くにいたのだろう。

 衿香は自分の腕を掴む大きな手に、目を瞬かせる。


「ちょっと待ち。衿香ちゃん、疲れてるんやろ?顔色もあんまり良くないで」

「は?」

「どうしても行かないかん用事なんて、ないん違う?」

「貴島さん?」

「百パーセント完璧な社交なんか、できる訳ないやん?今日、評判を落としたとしても、次に挽回したらいいんとちがう?」


 どうやら、自分は心配されているらしいと衿香は気付いた。

 そういえば、寮から帰ってから、出雲の事が頭から離れず、寝不足の日々が続いていた。

 今日の夏祭りも睦月が来ることを知った兄が衿香の気分転換のために計らった事で、おそらく兄と睦月の橋渡しをしたのは晴可なのだろう。


「大丈夫です。確かに今日は予定外の事が続きましたが、これくらいの事は私にとって日常茶飯事です」

「そやけどな?」

「学園では、守られるしかない立場にいるのは理解しています。でも、これは私のテリトリーの話ですから口出し無用でお願いします」

「……」

「お気持ちだけは、ありがたく受け取っておきます」


 まだ何か言いたそうな晴可を部屋に残し、衿香は寝室に入った。

 つい先日新調したドレスに迷わず手を伸ばす。

 ドレスを身につけ、七センチのピンヒールを履き、髪を軽く整える。

 鏡を覗いたついでに、チークとグロスだけ軽くつけておく。

 最後に全身をチェックして、終了。

 十分もかからず、衿香は身支度を整えた。




 優美なアールを描く階段を、正装に身を包んだ衿香がゆっくりと下りてくる。

 汗を流してくると言ってから、随分時間がかかっているとは思っていたが、その予想外の姿に階下にいた全員が目を丸くした。

 いつになく高いヒールを履いているが、危なげない足取りで衿香は一同の前にやってきた。

 にこやかな衿香の後ろに、なぜか仏頂面の晴可がいて、なぜか雅の姿はない。

 首をかしげる睦月の前で衿香はぺこりと頭を下げた。


「睦月先輩、信也先輩、敦志先輩、夏目くん、今日はありがとうございました。本当なら私がおもてなしをしなくてはならないのですが、急用が出来てしまいました。幸い、今日は兄が在宅している事ですし、皆さんゆっくり楽しんでいってください」

「急用って……こんな時間から?」


 睦月の問いに衿香は作りものめいた笑顔を返す。


「夏休みは、私たち学生の社交シーズンでしょう?珍しい事ではありません」


 良いタイミングで迎えの運転手が玄関のドアを開けた。


「では、失礼します」


 軽やかにドレスの裾を揺らして、衿香が家を出ていった。


「ええん?綾人さん」


 最初に口を開いたのは晴可だ。


「珍しいね。晴可が朝霧ちゃん以外の女の子の事を心配するなんて」


 難しい顔で口を開かない綾人に代わり、睦月が口を開く。


「……雅ちゃんの扱いについて、あんだけ口出ししてきた本人が、自分の扱いにはあんまり無頓着なんが気になるだけや」


 晴可は空いていたソファーにドスンと腰掛ける。


「なんであんなに自分の事は後回しなん?なんか悩んでる事あるみたいやったけど、誰もその内容知らんのやろ?人のお悩み相談ばっかしてて、自分の悩みは抱え込んでるん?納得いかんわ」

「それが衿香ちゃんなんだろうけどね」


 答える睦月を晴可はじろりと睨みつけた。


「お前がそんなんでどうするん」

「……衿香ちゃんは朝霧ちゃんとはちがうよ?晴可」

「そんなん分かってる。けど、育ち方や気質はちがっても、根本はおんなじ高校生の女の子やん。なんで最前線で戦わせて、なんも思わへんの?」

「衿香ちゃんは望まないよ。そんな事」

「そんならお前はあの子のために何ができるん?」


 晴可の質問に睦月は衿香が出ていったドアを見やった。


「近くにいること。どんなに手出ししたくても、我慢すること、かな」

「そんなん言ってると、横から掻っ攫われるで」


 晴可の棘のある言葉に、苦笑を返すしかない。

 そんな事、分かっている。

 けれど誓ったのだ。

 彼女の望まないことは、絶対にしないと。

 だから睦月のできることは、ただ衿香の無事と幸運を祈り、見送ること。

 衿香が傷つくと分かっていても、ただ見守ること。

 そして衿香がもし傷ついたなら、彼女の隣にいることだけなのだから。

 

「あ~も~。まだるっこしいっ!!!」

「まあまあ。晴可がいらついても仕方ないって。ほら、食べよ」


 一人いらつく晴可の相手をしながら、ホント僕ってこんなに気が長かったっけとしみじみ考える睦月だった。



  

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