鬼ごっこ開始
「ではみなさん、これより交流会イベント、鬼ごっこを開始します。逃げるのは1年生全員と生徒会役員。追うのは上級生全員です。まず、開始後1年生は逃げてください。30分後に鬼が動きます。皆さん、くれぐれも怪我のないようにお願いしますね。」
にこやかに壇上で挨拶する睦月。
それを衿香たち1年生は緊張の面持ちで見上げている。
「それでは、皆さん、逃げてください。」
睦月の号令で1年生が一斉に動く。
衿香も周りの同級生と目配せをして、ホールを後にした。
衿香は広大な敷地で隠れやすい場所を10か所探し、それぞれに振り分けた。
それから運動能力の高そうな者を集め、見張りとして散らした。
衿香も見張りとして裏庭の木の上に陣取っている。
運動神経のあまり良くない衿香に、千世は一緒に隠れようと言い、他の子もそうしたらと勧めてくれたのだが、危険な役目を人に振って平気でいられるほど神経が太くない。
ここはいわゆる通路的な場所で隠れられるスペースが少ないから、見つかりにくいと思うんだけど。
衿香は連絡用の端末を操る。
それぞれ配置についたと連絡が入った。
そろそろ時間だ。
ホールの方から放たれる人の気配に衿香はごくりと唾を飲み込んだ。
ばたばたと大きな足音をたてて、数人の男子生徒が足元を走り抜けた。
それを怒涛の勢いで追いかける生徒たち。
こわ。
衿香は体をすくめた。
見つけられる恐怖に心臓がきゅっと縮むような気がする。
が、すぐに気を取り直して、端末を操る。
『A地点より東方向に男子鬼5名通過。』
時計を見ると、そろそろ1時間が経過していた。
あと30分。
何組かは捕まったようだが、半数以上は持ちこたえている。
みんな、がんばって。
男子生徒は次々見つかっていった。
それに対して女子生徒は半数が残っている。
誰か指示を出してるな。
ひらりひらりと屋上を飛び回りながら、睦月は女子生徒の動きを観察する。
数人のグループになった少女たちが見えないはずの鬼から上手く逃げている。
見張りがいるはずだな。
それにしても統率のとれた動きをしている。
まだ入学して日が浅いというのに、1学年とは言え女子全体を束ねた者がいるという事か。
花嫁候補というものは総じてプライドが高い。
それぞれが蝶よ花よとちやほやされるのに慣れているので、自意識が過剰なのだ。
学園で過ごすうちに気の合う仲間でグループを作ったりするが、特に入学したての今はほぼ全員が自分の事を女王様だと思っているはずだ。
その女子生徒たちを思い通りに動かす者。
あ、あそこに見張り。
あれ、あの子。
睦月は木の上に潜む少女に見覚えがあった。
少女の持つ端末にはかなりの情報が寄せられているのが見える。
受けて送ってまた受ける。
ふーん。この子が指示を出してるのか。
気配を殺して衿香の潜む木の上に飛び移る。
さわり、と葉っぱが音を立て、一瞬衿香の動きが止まる。
きょろきょろと辺りを見回した彼女は、また端末の操作に集中した。
なんだろう。見られているような・・・。
衿香は端末を操作しながらも、首の後ろがちりちりするような違和感を感じていた。
でもここは木の上なのだ。
下から登ってこない限り、衿香に近づける者はいない。
衿香は気付いていなかった。
この学園の生徒が、人以上の能力を持っていることに。