どきそき夏祭り3
睦月の熱い視線に耐えられず、視線を彷徨わせた先。
浴衣を着た小学生くらいの男の子たちがそれを取り囲んで楽しげに笑っていた。
あれはなに?
衿香の胸がさっきとはちがう意味でドキドキと高鳴る。
無意識なのか、そうでないのか、衿香の意識から先程の胸の高鳴りは綺麗さっぱり消去されていた。
どうしよう。
今更こんな事を聞くのは恥ずかしい。
でも、聞きたい。
あれは、なに?
衿香は思い切って口を開いた。
「あの、あの、睦月先輩」
それまで比較的冷静に話をしていた衿香が、急にもじもじしだした。
無意識なのか、繋いだ小さな手がきゅっと睦月の手を握りしめる。
衿香のうっすら赤く染まった目元から睦月は目が離せなかった。
何を言うんだろう。
思わず胸がどきりと音を立てる。
なのに彼女はこう言った。
「あの、そこでぷかぷか浮いている風船のような物は何なんでしょう?」
「……」
睦月は絶句した。
「……」
余りに想像外の言葉だった。
「……」
その沈黙をどう受け取ったのか、衿香は更に恥ずかしそうに頬を染めた。
「あの、私、こういう所へ来たのは初めてで」
「……あ、ああ。そうだったんだ。あれはヨーヨー釣りだよ。近くに行ってみる?」
やっとの事で絞り出した睦月の言葉に、衿香はぱあっと顔を輝かせてこくこくと頷いた。
衿香の視線の先、色鮮やかな水風船を浮かべた露店では、小学生たちが数人ヨーヨー釣りに興じていた。
一人の男の子の持ったコヨリがぷつんと切れ、あと少しで水面から離れようとしていた水風船がぽちゃんと落ちた。
わあっと悔しそうな顔をする男の子に、それをはやし立てる友達。
賑やかな様子を衿香は興味津々で眺めていた。
「やってみる?」
「え?」
衿香が答える前に、睦月は店のお兄さんに小銭を渡しコヨリを一つ受け取った。
「はい。この先の金具にあのゴムのわっかを引っ掛けて釣り上げるんだよ」
衿香は渡されたコヨリを見て目を見張った。
「こ、これ……、紙じゃないですか!?」
「うん、そうだね」
「水につけたら溶けちゃいますよ!?」
驚愕の表情を浮かべる衿香に、睦月はにこにこ笑い返す。
「大丈夫。慎重にすれば子供でも釣れるよ?」
丁度その時、ヨーヨー釣りに挑戦していた子供の一人が見事狙っていた水風船を釣り上げた。
友達が拍手喝さいでそれを讃える。
まだ半信半疑の衿香の背を睦月が押して、水風船を浮かべた台の前に二人でしゃがみこむ。
「どれにする?」
コヨリを手に困った顔の衿香に、睦月が尋ねる。
しばらく水面を漂う色とりどりの水風船を見ていた衿香は、おずおずと手前に浮かぶ黄色い水風船を指差した。
そろりそろりと慎重にコヨリを水に近付ける衿香の横顔は緊張感に溢れている。
衿香の前に座る露店のお兄さんを始め、衿香の容姿につい足を止めた通りすがりの祭り客も、思わず息を止めてそれを見守った。
ぱしゃん。
「「「あ~~~~」」」
あまりに慎重になりすぎて、時間をかけすぎたからだろうか。
黄色い水風船はあと少しの所で水の中に落ちてしまった。
「難しいですね~」
緊張に強張っていた衿香が、は~と力を抜きにっこり無邪気な笑顔を見せると、別の意味でそれを見守っていた連中は息を止めて固まった。
「初めてなら仕方ないよ」
「そうですね~」
長居は無用と、睦月が衿香の手を引く。
立ちあがった二人に、露店のお兄さんはハッと我に返る。
「お嬢ちゃん、好きなの一つ持ってっていいよ」
その言葉に衿香は目を見開いて、露店のお兄さんを見つめた。
「え?だって、私、釣れませんでしたよ?」
衿香に真正面から見詰められた露店のお兄さんは、日に焼けた顔を更に赤黒く染め固まった。
「あ……、いいんだよ。コヨリが切れるまでいくつでも釣る事が出来るけど、一つも釣れなかったらプレゼントしてくれるんだって」
「そうなんですか、でも、」
絶句したままのお兄さんの代わりに睦月が説明するが、衿香はまだ納得ができないといった顔でお兄さんを見つめる。
お兄さんは無言でこくこくと頷いた。
「これでいいの?」
睦月がさっと黄色い水風船を手ですくう。
頷く衿香の左手の中指に、ゴムの先をひっかけた。
「さ、行こう。まだまだ沢山の店があるよ」
睦月が衿香の手を引いて彼女を促す。
ようやく衿香は本当にこれで良いのだと納得して、露店のお兄さんに丁寧に頭を下げる。
「はい。あの、ありがとうございました」
露店のお兄さんは壊れた人形のように首を振り続けていた。
二人の立ち去った後、コヨリを求める小学生の声にお兄さんの意識が回復するのは、もう少し先の事である。




