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どきどき夏祭り2

 

 神社が近くなるに従い、浴衣に身を包んだ男女や家族連れが増えてきた。

 参道に繋がる道には屋台が連なり、威勢の良い呼び込みの声が聞こえる。

 睦月の話す内容に気をとられ、足元がおろそかになり、つまづきかけたのを機に繋がれた手はそのままに、衿香たちは人波に流されるように歩いていく。


「という訳なんだけど」


 一通り説明を終え、睦月が衿香の顔を覗き見る。


「つまり合併によって、人間である女子が危険に晒されるかも知れない状況にあるという事ですか?」

「……うん。けど、気にするの、そこ?」

「え?」


 衿香が不思議そうな目で睦月を見上げる。


「いや。僕たちが人じゃないってとこには反応しないのかなって」

「そこですか?」


 衿香は軽く笑った。


「何かあるとは思っていましたから」

「……」

「だって、おかしいでしょう?完全に外の世界と隔絶した学園の生徒がほぼ全員イケメンだなんて。アイドル養成学校だって言われれば納得できたかも知れないけれど、高校で女子生徒を花嫁候補として受け入れている以上、それはあり得ないし。血のせいだって言われれば納得です」

 

 ふふふと笑う衿香に、睦月は微妙な視線を向ける。


「……怖くない?」

「確かに、人間離れした動きを見た時は驚きました。考えてみれば交流会の時も、睦月先輩は木の上から降ってきたんですよね~。だから怖いと言うより、驚いたと言うのが正直な感想です」

「そっか」

「それに、酷い人は力を持っていようが持っていまいが酷い事をしますから」

「うん。そうだね」


 衿香の言葉に、知らず知らず入っていた睦月の肩の力が抜ける。

 彼女ならば頭から拒絶する事はないとは確信していたが、それでもこの告白に睦月は緊張していた。

 人外という変えようのない事実を受け入れてもらえなければ、衿香との関係は今ここで終わってしまう。

 衿香の心を永遠に失ってしまう事になるのだから。


 朗らかに笑っていた衿香の顔がふ、とほんの少し曇る。


「でも、あの出雲という人は」

「出雲?」

「あの人はよく分かりません。怖い人なのか、そうじゃないのか」


 衿香の言葉に睦月はしばらく考え込む。


「衿香ちゃん、前も聞いたけど、出雲の事ほんとに知らない?」

「あの日、初めて会いました。でも向こうは私の事を知ってたみたいです」

「そう。学院の情報はなかなか伝わってこないんだけど、出雲の悪い噂はあまり聞かない。久しぶりの純血の会長だから崇拝されているらしいね」

「純血」


 衿香は忘れようとしてもなぜか忘れられない、出雲の不敵な顔を思い浮かべる。

 

「学院が別れた当時は純血は珍しくなかった。でも限られた中での婚姻を繰り返す事により、血は限りなく濃くなり、女子の出生率どころか、ここ数年男子でさえ生まれていないと聞く。純血の女子が生まれにくくなった頃から人間と婚姻を結ぶ数も増えていると聞くし、今や純血主義とは言え学院には数えるほどの純血しか存在しない。どんなに純血を守ろうとしても、肝心の純血の女子がいない今、純血は彼らの代で確実に終わる」

「だから学園の人外の女子を狙ってるの?」

 

 衿香の質問に睦月はゆるく首を振る。


「確かに学園には人外の女子が存在する。稀にだけど両親ともに人外を持つ女子もいる事はいる。彼女たちは純血の花嫁と呼ばれてるんだけど、数代さかのぼれば人間の血が入ってるから、厳密に言えばもう純血とは言えない。学園には本当の意味での純血の女子はいないんだ」

「じゃあ、なぜ合併話が出たんですか?」

「学院の生徒の数が減りすぎて学校経営が不可能になったからだよ。今は高等部でも一学年三十人を切ってるらしいから。小学部なんてもっと酷い事になってるだろう。そんな中でどんな教育ができると思う?かと言って、いくら数が減ったからと言っても彼らを普通の学校に入れる訳にはいかない。人外として、どういう風に能力故の本能を制御するか、教える場所は必要だ。純血という思想を取り除けば、元々彼らも僕らも一つの学校だったんだから、合併話が出ても不思議じゃない」

「問題は彼らが学園をどう思っているか、ですね」

「そう。彼らの中の選民意識がどこまでのものか。こちらのやり方に従ってもらえれば問題ないんだけど」

「思想というものは、特に先祖代々受け継がれてきたものは、なかなか変えられませんからね」

「そうだね。だから合併には慎重にならざるを得ない。新学期に両校合同の行事を予定しているのも、彼らがどういう行動に出るか、見極めるためでもあるんだ。僕たち学園の意向に従えないような輩は、学園に受け入れる事は絶対出来ないからね」

「そうですね。……あの、それからちょっとお聞きしてもいいですか?」

「ん?なに?」

「もしかして、今日みんなバラバラに行動しているのは、私を守るためなんですか?」


 少し困ったような表情を浮かべる衿香に、睦月は笑みを返す。


「出雲は君に興味を持っていたようだったから。僕はあんまり腕力には自信ないし、どうしても話をしていると警戒が薄れちゃうしね」


 先日の出雲とのやり取りを見る限り、どこがどう自信がないのか、衿香には分からない。

 まだ納得できないような衿香の顔を見て、睦月は自分のシャツの衿を引っぱる。


「これもそう。晴可は浴衣着てただろ?あれは自信の表れ。晴可は、僕たちの中でも段違いの能力を持つ、先祖がえりっていうやつでね。どんな格好をしていようが、どんなハンデを持っていようが、大事な人を守れる力を持っているんだ。けど、僕はちがう。ごく普通の力しか持っていないから、大事な人を守るためにはなりふり構ってられないんだ」


 大事な人。

 そう言った睦月の目は限りなく優しく衿香を見つめていた。

 どきりと衿香の胸が不意に大きな音を立てた。

 今まで意識していなかったのに、包まれるように繋がれた手の大きさと熱が気になって仕方ない。

 なにこれ。

 衿香は慌てて目を逸らせた。

 手を握られる、目を合わせる、それ以上の事が睦月との間にあったはずなのに。

 こんな風に心臓がうるさく騒ぐ事はなかった。 

 繋いだ手から、その音が伝わってしまうのではないだろうか。

 動揺を隠すように衿香は辺りに視線を彷徨わせた。


 

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