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どきどき夏祭り1

久しぶりの更新です。

楽しんでいただけるとうれしいです(*^_^*)

 

 どうしてこんな事になっているんだろう。

 昼間は猛威をふるった太陽もすっかり姿を消し、ほんの少しひんやりとした夜風が頬を撫でる。

 薄闇の中、慣れない下駄でも難なく歩けるのは、繋がれた手のおかげだろうか。

 不意に繋いだ手の持ち主が衿香を振り返る。


「大丈夫?もっとゆっくり歩く?」


 大丈夫と答えたのに、睦月は微笑んで歩く速度を緩めてくれた。




 学園で出雲という男と会ってから数日たった、ある日の夕方。

 何をするでもなくぼんやりしていた衿香の前に、黒地に鮮やかな花々の咲く浴衣が広げられた。

 それを広げた佐和という住み込みの家政婦は、温和な笑みが似合う初老のふくよかな女性だ。


「なに?今日は何か予定あった?」

「はいはい。早くお支度なさってください。今日は神社の夏祭りですよ」

「夏祭り?」


 衿香は首をかしげる。

 確かに毎年、近所の神社で盛大に夏祭りが行われる。

 だが、衿香が祭りに足を運んだ事はない。

 幼い頃、行きたいとダダをこねた事は何回かあったと思う。

 が、危険だの一言で父にも兄にも一蹴されたはずだ。

   

「お祭りなんて、一度も行かせてもらえた事なかったのに。一体誰の差し金?お父さま?お兄さま?」

「綾人さまからの言いつけです」 

「お兄さまが?」


 衿香は顔をしかめた。

 この年で、兄と夏祭り?

 それがどんなに行きたいと切望していた場所であろうが、兄とならば話は別だ。


「私、今日は疲れていて……「私、ふわふわの小さいカステラが大好物なのです」……!!」


 衿香の言葉はにっこりと微笑む佐和によって遮られた。

 衿香が生まれるよりずっと前からこの家にいたという佐和は、この家の影の実力者だ。

 父でさえ、彼女には敵わない。

 ましてや赤ん坊の頃から面倒を見てもらっている衿香に拒否権などなかった。

 

 「……わかった。カステラね」


 佐和に手際よく浴衣を着せられ、魔法のように髪を結い上げられる。

 最後に髪に留められたかんざしが、しゃらりと涼しげな音を立てた。


「さあ、お時間です」


 佐和に浴衣と共布のきんちゃく袋を渡され、衿香は玄関に向かった。




 衿香の家の玄関ホールは広い。

 一般家庭のリビングルーム数個分の広さがあり、軽いパーティーならここで開く事が出来るようにしつらえられている。

 趣味良く配置されたテーブルセットの一つに、彼らは座っていた。


「雅先輩!……睦月先輩たちも。どうしたんですか?」


 衿香は彼らの姿に目を丸くする。

 そこには普段着の生徒会のメンバーと、浴衣姿の雅、そして同じく浴衣姿の晴可の姿があった。

 

「久しぶり、衿香ちゃん。約束覚えてた?」

「約束?」


 椅子から立ち上がり、柔らかい笑みを浮かべた睦月の言葉に、衿香は首をかしげる。


「説明に来るって、言ったよね?」

「ああ……」


 衿香の脳裏に数日前に目撃した出来事が甦る。

 それと同時に浮かんだのは出雲の不敵な顔。


「来るなら夏祭りに連れて行ってほしいと、お兄さんに言われたんだ」

「は?」

「なんや元気ないって、心配してたで?綾人さん」


 衿香は睦月の後ろでへらりと笑う晴可に視線を移す。

 まったく、この繋がりは厄介なことこの上ない。


「それに俺らも便乗しよかって事になった訳」

「ごめんね。神田さん。勝手に押しかけて」


 思わず眉間にしわを寄せた衿香だったが、浴衣姿も艶やかな雅に困った顔で謝られては、いつまでもへそを曲げてはいられない。

 それにこんな事でもなければ、一生夏祭りなど行けないかも知れないのだから。


「それにしても相変わらず天使ちゃんは驚異的な可愛さだね。浴衣姿はまた格別だわ」

「敦志先輩。お久しぶりです」

「えりりん~。今日も超絶可愛いね~。でも浴衣姿はヤバくない~?」

「夏目くんも相変わらずね」


 甘ったるい賞賛の言葉も、衿香にとっては軽い挨拶にしか聞こえない。

 ばっさばっさと無情に切り捨てていく衿香は、一人信也の姿が見当たらないのに気がついた。


「あら?信也先輩は?」

「ああ、信也は先に行ってる。じゃあ、僕たちもそろそろ行こうか。敦志」

「は~い」


 睦月の声を合図に、敦志がひらひらと手を振りながら玄関を出ていった。

 後に続こうとする衿香の腕を睦月が掴む。


「?」

「衿香ちゃんはもう少し待って」


 なぜか睦月は衿香の腕を持ったまま、動こうとしない。

 敦志が出ていってから三分ほどたっただろうか。

 ようやく睦月は衿香の腕を離して、その背をそっと押した。


「じゃ、行こうか」

「夏目くんは?」


 なぜかその場に佇んだまま手を振る夏目を振り返りながら衿香が尋ねるが、睦月は足を止めずに外に出る。


「うん。すぐに来るから」

「みんなで行くんじゃないんですか?」

「ん?僕と二人じゃだめ?」


 薄暗がりの中、睦月がふ、と衿香の顔に視線を移す。

 その少し困ったような甘い微笑みに、衿香はどう答えていいか目を泳がせる。


「いえ、ダメという訳ではなくて、どうしてみんなで行かないのかなと思っただけで……」

「念のためにね。それより聞きたい事があるんじゃない?」


 睦月の問いに衿香は言葉を探す。


「いいんですか?聞いても」

「きっと巻きこんじゃうだろうから、事情は知ってる方がいいと思うんだ。まずは学園の成り立ちから話そうか」


 まだ暑さの残るアスファルトの上を衿香の下駄が軽やかな音を立てる。

 睦月はゆっくりと話し始めた。

 

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